夢見町の史
Let’s どんまい!
August 06
【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/
【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/
【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/
【第4話・海編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/383/
【第5話・無人島編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/384/
【第6話・文化祭編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/385/
【第7話・恋のライバル編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/386/
【第8話・クリスマス編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/387/
【第8.5話・恋のライバル編Ⅱ】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/506/
【第9話・バレンタイン編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/388/
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佐伯が転校してきてからの1年は、なんだかあっという間に過ぎ去ったような気がする。
毎日が目まぐるしく、本当に色々なことがあった。
「もう卒業かあ」
俺の横で、佐伯が缶コーヒーから口を離す。
「1年しかいられなかったけど、あたしこの学園に転校してきてよかった」
やはり恥じらいが邪魔をして、「俺も、お前が転校してきてくれてよかったよ」だなんて本音が言い出せない。
ピロティのベンチには暖かな朝日が降り注いでいて、まるで俺たちの卒業を祝福してくれているかのようだ。
風が優しく吹いて、佐伯の髪を撫でている。
「あ、いたいた!」
反射的に声の方向に視線をやると、近藤がこちらへ小走りで近づいてくる。
その隣にいるのは、さっちゃんだ。
「おう」
片手を挙げて挨拶をする。
近藤はどこかもじもじとしながら、「2人に報告したいことがあるんだ」と照れたように笑った。
「報告?」
「うん」
頷くと近藤は、たどたどしくさっちゃんの手をそっと握る。
さっちゃんが赤らめた顔を伏せた。
「え? もしかして…」
と、佐伯。
近藤が照れ隠しのように「あはは」と、自由なほうの手を後頭部に添える。
「そうなんだ。実は僕たち、付き合うことになったんだ」
「マジでかよ!?」
「本当!?」
俺も佐伯も、勢いよくガバッとベンチから立ち上がる。
「よかったな! 近藤!」
「おめでとう! さっちゃん!」
佐伯がさっちゃんの手を、俺は近藤の手を強く握った。
さっちゃんがゆっくりと顔を上げる。
「優子ちゃんと春樹君にだけは、どうしても報告したくて」
その笑顔が幸せそうで、俺はなんだか嬉しくなった。
近藤はいい奴だから、きっと上手くいくだろう。
「あ、そろそろ卒業式だ。僕ら、先に体育館行ってるよ」
「おう! 俺らもコーヒー飲んだら行くわ!」
歩いてゆく2人の背中を見送る。
「あいつらお似合いだなあ」
なんてことを佐伯に言っていたら、近藤とさっちゃんが同時に振り返って俺たちに大きく手を振った。
「春樹ー!」
「おーう、なんだー!?」
「次は、お前らの番だからなー!」
「いや、え!?」
絶句している俺たちに構わず、近藤たちは逃げるようにして体育館へと向かった。
「そ、そろそろ行くか…?」
「そ、そうね」
俺と佐伯は「えい」と空き缶を放る。
2つの缶が、同時にゴミ箱に納まる。
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体育館では生徒代表の伊集院君が卒業証書を受け取って、教室では安田先生がそれを1人1人に手渡してくれた。
あたしは恩師に深々と頭を下げて、その特別な厚紙を譲り受ける。
「じゃ、あとでグランドでな」
先生が短くウインクをしてくれた。
サッカー部の後輩たちが校庭で送別会をしてくれて、あたしたち卒業生は1人1人と握手をしてゆく。
部員たちは男泣きしている人ばっかりで、あたしも釣られて涙が滲んだ。
マネージャーの美香ちゃんも、あたしと似たような表情だ。
「佐伯先輩、あとでお話しさせてください」
握手をしているとき、彼女は声を潜めた。
「体育館の裏で、待ってますから」
「え? あ、うん」
美香ちゃんから優しげな笑顔を見せてもらったのは初めてで、あたしは少し戸惑った。
「話って、なあに?」
体育館の裏まで行くと、美香ちゃんは後ろで手を組んでいて、こちらを背にしている。
くるっと振り返ったかと思うと、美香ちゃんがペコリと頭を下げる。
「今まで意地悪して、すみませんでした!」
「あ、ううん」
顔を上げた美香ちゃんは、どういった理由からか涙を浮かべている。
精一杯の作り笑いが、なんだか痛々しく見えた。
美香ちゃんが再び後ろに手をやると、あまり顔を見られたくないからだろう。
再び、あたしに背中を見せた。
彼女はそのまま、大空を仰ぐ。
「あたし、春樹先輩に告白したんです」
「…え?」
「バレンタインのとき、チョコと一緒に手紙渡して、気持ちを伝えました」
「あ、うん。そう、だったんだ…」
「でも、春樹先輩、好きな人がいるんですって!」
美香ちゃんがくるっと回って、あたしに笑顔を向ける。
「春樹先輩を不幸にしたら、あたし許しませんからね!」
「美香ちゃん…」
「油断しないでくださいよ? あたし、しつこいですから。佐伯先輩が少しでも春樹先輩を傷つけたら、またすぐにアタックしてやるんだから」
顔は笑っているのに、美香ちゃんの目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちている。
「あたしからはそれだけ。卒業、おめでとうございます!」
ガバッとおじぎをすると、美香ちゃんは走り去る。
見えなくなるまで、あたしはその後姿を見送った。
きっと、あたしは気持ちを託されたのだろう。
あたしは髪を束ねているゴムを、そっと外す。
髪が風に揺られ、さらりと広がった。
「卒業、おめでとうございます、か…」
卒業、しなくっちゃな。
あたしは下唇を軽く噛む。
意地を張ることからは、もう卒業しよう。
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「春樹、ちょっといいかい?」
佐伯はどこかと探していたら、近藤から声をかけられた。
「ああ、なんだ?」
「春樹にプレゼントしたいものがあってね」
「俺に? なんでまた」
すると近藤は「親友だからさ」と俺の肩を叩く。
「ただ、そのプレゼント今はないんだ。3時になったら、あそこまで取りに来てくれないか?」
近藤は旧校舎の向こうを指差している。
そこには丘があって、丘のてっぺんには噂名高い大桜がピンク色に染まっている。
その木の前で口付けを交わした2人は永遠に結ばれるなんて言い伝えがあるけど、実は俺もその伝説を信じている1人だったりする。
何を隠そう、うちの両親も桜ヶ丘学園のOBで、あそこでキスしてやがて結婚をし、今も幸せそうにしているからだ。
それにしても近藤の奴、なんだってあんな場所を指定してきたんだろう。
3時になって、俺は緑の坂を登る。
「あれ?」
思わず声が出た。
頂上に待っているのは、佐伯じゃないか。
佐伯は髪を解いていて、それを手櫛で耳にかけている。
「春樹」
「お前、なんでこんなとこに?」
桜の根元にいる佐伯に、俺は近寄った。
「さっき近藤君から頼まれて」
「近藤に?」
「あとで春樹が来るからこの手紙を渡してくれ、だって。はい」
佐伯から手紙を渡される。
なんだろう?
封を切って中を取り出し、広げる。
すると、そこにはこう書いてあった。
「言っただろ? 次はお前らの番だからなって。親愛なる友より」
手紙の隅には女の子らしい文字で「がんばって!」ともあった。
「なんて書いてあるの?」
「え、いや」
思い詰めたような佐伯の表情に、胸が大きく脈を打つ。
プレゼントって、こういうことか!
「いや、なんでもねえ、ってゆうか…」
ついもじもじと顔を伏せる。
いや、いかんぞ俺!
それだからいつも同じ展開になるんだ!
そんなんじゃ親友から笑われちまうぞ!
俺はごくりと唾を飲み、胸をさする。
よし、言おう!
言うぞ!
俺はゆっくりと顔を上げた。
「あのさ、佐伯、あの…、俺…」
「春樹、あたしね? ずっと前から好きな人がいるの」
断固とした口調で遮られる。
真剣な表情のまま、佐伯は俺の目をじっと見ている。
「その人はね? ぶっきらぼうで、デリカシーがなくて、無神経で。でも、いつもあたしの横にいて、どんな時でも何かあると走って助けに来てくれるの」
佐伯はゆっくりと反転し、俺に背を向けた。
「悔しいけど、あたし、その人のことが大好き」
「佐伯、俺、セリフを思い出したよ」
ん?
と佐伯が振り返った。
「そっから先は、俺が言う」
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春樹の顔にはもう、緊張感が漂ってはいなかった。
いつになく真面目な表情で、でも目の奥が優しい。
1歩足を踏み出して、春樹があたしの前に。
あたしたちは正面からしっかりと向かい合った。
春樹が、ゆっくりと口を開く。
「長いこと、探していたものがあるんだ」
その出だしには聞き覚えがある。
文化祭のときにやった、劇でのラストシーンだ。
「でもそれは自分で探していたことにさえ気づけないもので、俺はそれを見つけ出していても、見つかったことをずっと知らないままでいた」
懐かしくて、記憶が次々と蘇ってくる。
転校初日から春樹とぶつかって、喧嘩したのが出逢いだった。
さっちゃんと仲良くなって、校舎を案内してもらった。
この桜の話も、そのとき聞いたんだっけ。
あのときの大吾郎はまだ子猫で、小さかったなあ。
サッカー部のマネージャーになって、夏には肝試しをして足をくじいた。
夜の海辺で春樹と大はしゃぎなんかもしたっけ。
無人島で1泊なんてハプニングもあった。
伊集院君に謝りに行ったときは、まさか春樹がピロティまで駆けつけてくれるだなんて思ってもみなかった。
クリスマスには雪が降って、あのときの思い出は一生の宝物だ。
バレンタインのときは無駄に緊張して苦労したなあ。
「気づくまで長かったよ」
あたしもよ。
あたしも、なかなか自分の気持ちに気づけなかった。
素直になれなかったんだ。
「でも、お前はそれでも待ってくれていた」
そう、待ってた。
春樹なかなか言い出してくれないから、待ちくたびれたよ。
「俺が、俺の運命と感情に気がつく今日までの間、待たせたな」
おかげで、待つことに慣れちゃった。
「ずっと前から言わなきゃいけなかった言葉を俺はようやく今、口にできるよ」
はい、聞きます。
「ずっと前から、お前のことが好きだった」
あたしもよ。
そして、しばらくの静寂。
さあっと、桜吹雪が舞った。
あたしは劇の台本通りに、春樹の胸に顔を埋め、そっと抱きつく。
春樹の両腕があたしの背中に回った。
あたしは春樹の胸に頬を寄せたまま、ゆっくりと目を閉じる。
「待たせすぎよ、バカ」
暖かい風が吹いて、あたしたちを包み込んだ。
あたしは春樹に身を任せたまま、言う。
「…本番のときよりも全然自然だったね」
「だろ? 演技じゃねえからな」
「でも、ずるいなあ。劇のセリフ、そのまま使っちゃうなんて」
「あの劇、まだ続きがあるんだ」
「ふうん。どんな?」
「高校生だからって理由で本当のラストシーンは端折られたけど、俺たち卒業したから、もう高校生じゃないだろ?」
「あたしは、どうしたらいい?」
「そのまま目をつぶって、主人公に顔を向ける」
「ふふ。ホントずるいんだから」
笑うと、あたしは目を閉じたまま顎を上げ、つま先立ちをする。
そこにあったのは、春だった。
――fin――
番外編へ。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/392/
……主人公たちはいいんですよ「あーもう早くくっつけよこのやろう」て感じだったので。この先も喧嘩しながらもずーっと一緒にいるんだろうからたぶん。