夢見町の史
Let’s どんまい!
2008
March 04
March 04
最後のアダム 1
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そこには壁も天井も存在しないし、地面の広さに果てがない。
旅を続ければ続けるほど、あなたは「つくづく異世界なのだな」と思い知る。
巨人でさえも手を届かせられないであろう位置にたたずんでいる物が太陽で、その下にある形を変えない真っ白な煙が雲。
限りなく広がる草木の床が大地で、さらに遠くに見える波のような影が山。
そして、終わりのない空間が空なのだと、あなたはそれまで全く知らずにいた。
砂漠を通過して森を抜け、あなた達は今、大草原を進んでいる。
「あそこで休憩しましょうか」
案内人が泉を見つけ、それを指で差した。
泉の周囲には、いかにも果実が実っているであろう樹木が生い茂っていて、それを見たラトが歓喜の声を上げる。
「みみ、実ー! 実!」
友のはしゃぎように、あなたは少し笑った。
そして、「実」という言葉から、あなたは初めてこの世界に来た日のことを回想する。
あなたがあの時、どうして気を失ってしまったのかは、未だ自分でも解らない。
あの落下するような感覚は、何だったのか。
どうやってこの世界に来たのか。
あの日、目覚めた瞬間から、あなたにとってはこの現実こそが夢のようだった。
上半身だけを起こすと、見たこともない壮大な景色が周囲を覆っていて、あなたは未知からくる恐怖のせいで、混乱をした。
「お目覚めになられたようですね」
すぐそばから発せられた声に、あなたは鋭く振り返る。
細身の娘がしゃがんでいて、あなたを見つめていた。
物静かな瞳をしているその娘は、白銀の薄い衣を身にまとっていて、足には皮のサンダルを履いている。
髪飾りは銀の鎖で編み込まれていて、同じく銀色をした長い髪が、風になびく。
彼女が身に着けている物のいたるところから、どこか品格を感じさせる細い鎖が伸びていて、それも風に吹かれ、わすかに揺れていた。
彼女はまるで、いつか絵本で見た精霊のようだった。
「ここは、あなたが住んでいた世界とは、全く別の世界です」
敵意を感じさせない娘の口調が、あなたにかすかな安らぎを与える。
彼女の話を聞けば、未知は未知ではなくなり、それで不安や恐怖は拭われるような心地がした。
「ご覧なさい、太陽を」
言われるがままに見上げると、強い光を発している丸い物体こそが太陽なのだと、あなたは初めて理解する。
「この世界には太陽が2つあります」
頭上には大きな太陽があって、視線を下げると小さな太陽もまた、地平線の近くで力強く輝いていた。
本物の太陽は、自分が作った太陽とは比べ物にならないほどに神々しく、眩しくて、あなたは少しばかりの恥を覚える。
「あの2つの太陽のおかげで、この世界には滅多に夜が来ないのです」
夜。
その言葉はあなたに、ラトを連想させた。
「ラトは!? 僕の他に、もう1人、近くにいませんでしたか!?」
「彼なら」
娘は静かにあなたの背後、木が群生している所を手で示す。
「あそこにいますよ」
目を凝らすと、木と木の間で蝶を追いかけ回している親友がうかがえて、あなたは安堵する。
「この世界には、よく人が迷い込んでくるのです」
娘に視線を戻すと、彼女は既に立ち上がっていて、うやうやしく頭を下げている。
「私の名はレビト。あなたを導く者です。この世界に来てしまった者を、元の世界に送り届けることを使命としています」
「お聞きしたいことが、山ほどあります」
あなたはようやく腰を上げ、レビトの前に立つ。
改めて見ると、彼女は、瞳までもが銀色をしていた。
「お答えします。ただそれは、旅を続けながらにしましょう」
「旅、ですか?」
「この世界には、1ヶ所だけ、『夜がくる場所』があるのです。あなた達は、そこに行かねばなりません。私が案内しましょう」
「よよよ、夜が見れる! 夜!」
いつの間にかこちらまで来ていたラトが、飛び跳ねながら両手を叩いた。
あなたには、何もかもが初めてのことだ。
旅も外気も、景色も、異世界も。
この外が、自分達の世界の外ではなくて良かったと、あなたは思う。
もし元の世界の外だったなら、あなたは毒を含んだ空気のせいで死に、砂の中に溶けてしまっていたことだろう。
「夜がくる場所には」
レビトはこの世界の様々なことを知っていた。
「砂時計の塔が建っています。あなた達が元の世界に帰るには、その塔に登らなくてはなりません」
言って、レビトは歩き出す。
あなたは慌てて親友を呼び寄せ、彼女の後に続いた。
旅の最初に、あなたの中で大きかった感情は不安だったが、それは次第に好奇心に取って代わられる。
飛べば、天空を覆い隠すほどに巨大な鳥。
「大地を憎む者」と呼ばれる、大剣で何度も地面を突き刺し続けている鎧。
連なった山脈にぽっかりと開いた巨大な横穴からは、向こう側の光景さえも望めた。
夜のない世界では日数の経過が解りにくかったが、数日に渡って旅を続け、気がつけばあなたは次の景色を楽しみに思っている。
あなた以上に好奇心が強いラトにとっては、さらに胸が躍っているに違いない。
「ねねね、ねえ! れれ、れび、れび、レビト! ここ、この実の他には、どどど、どんな、どんな実がある?」
泉のほとりで座り、黄色い果実の皮を剥き、喉を潤していると、やはりラトが騒ぎ出した。
「せせせ、世界一、おおお、美味しい実、どど、どこ? どれ?」
「そうですね」
案内人は静かに微笑んだ。
「この世界には、1000年に1つしか実らないという『神の果実』という実がありますよ」
「そそそ、それ、それ、おお、美味しい?」
「味は、どうでしょう? ただ、その実を口にした者は、ある変化が訪れるとされています」
その話にあなたは興味を示し、ラトに代わって問う。
「それを食べると、どのように変化するのです?」
「最初の実は」
レビトの憂うような横顔は、どこか寂しげに見えた。
「口にした者に永遠の命を与えました」
最初の実、と彼女は言った。
神の実は、実る毎に違う効果があるということだ。
「では、次の実は?」
「禁断の知恵を」
「では、さらにその次は?」
「そこまでは、あまりよく知られていません。『始まりを終わらせる実』とも、『終わりを始まらせる実』ともいわれています」
「それは、どういうことですか?」
「ねえねえ!」
興奮を抑えきれないらしいラトが、大きな声であなた達の会話に横槍を入れた。
「どどど、どこにある! そそ、その実! 実! どこ行けば食べれる?」
「ラト、話を聞いていたのか? 1000年に1つしか実らないんだぞ」
「ででで、でも! でも!」
「その果実は、この世界で最も巨大な樹に実ります」
続けてレビトは、ラトを喜ばせるようなことを告げた。
「その雲よりも高い樹は、もう近く。夜がくる場所に立っていますよ」
やったー!
とラトは両手を挙げて、もう既に幻の実を食べられる気になっている。
夜がくる場所。
そこには夜があって、元の世界に帰るための巨塔が建っていて、世界最大の樹木が雲を貫いている。
あなたはその景色を思い浮かべた。
「さあ、行きましょう。もうすぐ、夜がきます」
「よよ、夜!?」
やったー!
とラトが、再び両手を挙げた。
目的地が、いよいよ近いのである。
最後のアダム3に続く。
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