夢見町の史
Let’s どんまい!
January 15
続・永遠の抱擁が始まる 1
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/186/
続・永遠の抱擁が始まる 2
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/187/
続・永遠の抱擁が始まる 3
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/188/
続・永遠の抱擁が始まる 4
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/189/
続・永遠の抱擁が始まる 5
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/190/
続・永遠の抱擁が始まる 6
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/191/
続・永遠の抱擁が始まる 7
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/192/
--------------------------------
<阿修羅のように4>
郵便ポストには今日もたくさんの手紙が届いている。
「笑いあり、涙ありの青春ストーリーを聞かせてほしいです」
「神話を研究しているのですが、人類の始祖と地球最後の1人が同一人物であるといった話をご存知ありませんか?」
「ルイカさんの話を聞くと必ず良いことが起こると聞きました。簡単な物語でも良いので、是非話してほしいです」
一時とは大違いだ。
私は魔女なんかではなく、天の使いということになっているらしい。
おかげで休む間もないほど、充実した日々を送らせてもらっている。
「そろそろ行くよ。2人とも、準備はいい?」
「はい」
「しゅっぱーつ!」
今日はイベントで、世界のどこかに咲くという「レミの花」の物語を語ることになっている。
このような生活に戻れたのは、ここにいるまだ6歳の少女が何かをしたからだ。
あのとき彼女は、私には意味の解らないことを言っていた。
「実はね? 自分用のポイントも、たくさん持って来てたの」
それが何なのか全く解らないが、クラーク君はとにかく驚いていた。
「どうやって!? いや、そうか。なるほど」
勝手に納得をし、クラーク君は姉の手を引き、どこかに連れ出す。
それから数日も経たないうちに「ルイカの右手は神の奇跡によってもたらされた」という噂が広がっていった。
ほぼ同時に、私は縁起物のように持てはやされるようになる。
2人の子供は、天から舞い降りた幸運をもたらす精霊なのかも知れない。
そのような噂まで広がっていった。
「あなたたち、もしかして何かしたの?」
訊ねると、少女はクスリと笑う。
「簡単だよ。噂を振りまく何人かの発想、ベクトルを逆方向に変えてみたの」
答えになっているのかいないのか、私には判断できないセリフだ。
それでも、とにかく3人とも助かったのは事実だし、喜ぶべきことであろう。
「ありがとうね、2人とも」
しゃがんで、私は兄弟の頭をくしゃくしゃと撫でると、そのまま2人を抱きしめる。
2人は、照れたようにうつむいていた。
今は2人とも、私のことをママと呼ぶようになってくれている。
私も少しぐらいは、あの偉大なマザーに近づけたのだろうか。
「ねえねえママ、レミの花って何ー?」
街行く中、私は長女からの問いに答える。
「不思議な花でね? その花の香りを嗅いだ人は、凄く安心して気持ちよくなって、ついつい眠ってしまうの」
「ふーん。中毒性はないの?」
「どこで覚えたのよ、そんな言葉」
悪い噂が良い評判に変わってから、さらに1年が経過していた。
長女の起こす奇跡は、あれからも度々発生している。
仕事のし過ぎで声が全く出せなくなってしまったとき、長女は「任せて!」と胸を叩いて姿をくらませ、再び戻ってくる頃になると私の喉は治っていた。
近所の屋敷が火事になり、使用人や主が中に取り残されたときも、彼女は「大丈夫!」とどこかに行ってしまう。
するとすぐに豪雨が降って建物は鎮火し、彼女は誇らしげな表情で戻ってきたりもした。
もちろん、クラークちゃんも頼もしい存在だ。
彼の助言に何度助けられたことか。
どこで学んだのか、彼は文字の読み書きに非常に長けていて、自分の蓄えとやらで新聞を取っている。
そこで得た社会情勢などを踏まえ、「皮膚が変色し、目が見えなくなり、やがて死に至る病気が流行りそうだから、近いうちに予防接種をするべきだ」とか「あの地方は最近物騒だから今回の仕事は延期を頼んだほうが良い」などといったトラブルを未然に防ぐための進言をしてくれるし、お客さんが料金を踏み倒そうとしたときも「仕事の依頼は契約であるといった点を相手に注目させてみてください」と的確なアドバイスをくれる。
幼児であるはずなのに、彼の言うことはまるで父のようだ。
大通りを進み、馬車の停留場にたどり着く。
時刻表を見ると、次の馬車が来るまで少し待つようだ。
私たちは備え付けのベンチに腰を下ろす。
初めて2人と出逢った日と同じく、わずかに肌寒さを感じさせるそよ風が吹いた。
懐中時計を見るまでもなく、もうすぐ夕方である。
クラークちゃんは、石造りの街並みを眺めたまま、何気ない様子で口を開く。
「ママ、聞いてもいいですか?」
「なあに?」
「ママは何故、僕らのこと、何も訊いてこないんですか?」
「訊きたいと思ったら訊くわよ」
「でも、僕らはその、明らかに、子供としては不自然じゃないですか」
また風が吹く。
次の馬車に乗る予定があるのは、どうやら私たち3人だけらしい。
他に人影はない。
「どうして僕らの正体に疑問を持たないんですか?」
「正体も何もないでしょう」
私はクラークちゃんの頭に、そっと手を添える。
「どこの世界に自分の子の正体を気にする親がいるのよ」
息子たちは黙って、私の顔を見上げる。
今度は私が遠くに視線を逃がし、「いつか詳しく話すけど」と前置きを入れた。
数ある物語から1つを思い出し、私はそれを口にする。
「今よりも大昔、凄く遠い場所ではね? 3つの顔と、6本の手を持つ神様がいたとされているの」
神の名はアシュラ。
アシュラは異なった表情を3つ持ち、その6本の手で人々を助けたとされている。
「その神様の物語はいつか詳しく話すけど、あたしはね? こう思うの」
数ある神話の中にはある程度、実話がベースになっているものが含まれているのではないだろうか。
全くの空想から紡ぎ出されたのではなく、何かしらのドラマがあって、それが元になって作られた話があるのではないか。
「そう考えるとね? アシュラだって本当にいたのかも知れない。でも実際は、顔が3つもあって手が6本も生えてるような生き物はいないでしょう?」
本来なら子供には難易度の高い話題かも知れないが、この2人だったら難なく理解に及ぶだろう。
「これはあたしの想像なんだけど、神話の時代、ある3人組の英雄がいたんじゃないかしら」
その3人の英雄が大きく活躍をして、後世に名を残したのではないだろうか。
実話には尾ひれが付き、それを聞いた者がさらに想像力を羽ばたかせるといった連鎖が長く続いたのではないだろうか。
そこまで語り継がれるほどに3人のチームワークは良く、大仕事をこなしてしまったのではないだろうか。
「だからその3人はきっと、とっても仲が良かったんでしょうね。だって、3人なのに1人の神様ってことになるぐらいだもの」
ふと、蹄の音が耳に入る。
馬車がやって来たのだ。
「来た来た。じゃあ2人とも、乗るわよ。忘れ物、ない?」
この話の続きはしなくとも、私が何を言いたいのか、もう子供たちには伝わっていることだろう。
私は、自分の肉体を見てそれが何者かと疑うことがない。
同じように、私は自分の子供を見て、それが何者であるのかと気にすることはない。
実際口にするのは照れがあったので、私は心の中で、馬車によじ登ろうとしている2人に告げる。
あたしたちは、3人で1人なのよ。
出産の痛みも、育児のストレスも感じたことがない私が少しでも本当の母親に近づくには、他に何が必要なんだろう。
走り出した馬車に揺られながらそのような考え事をしていると、不意にクラークちゃんが口を開く。
彼らしくもない子供らしい発言に、私は小さく驚いた。
「ママ。実はある場所に、秘密基地を作っておいたんだ」
エンジェルコール・ラストに続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/194/