夢見町の史
Let’s どんまい!
April 20
マンガの1シーンみたいな経験ならそこそこあるけれど、中にも他人同士の喧嘩を止める、または発生させないよう気を配ることが、思い返せば多いような気がする。
「満月の夜なのでイライラしてまーす」
みたいな感じで、街中でそういった血気盛んな場面に何故か出くわすのだ。
しかもこっちが出版社に向かう途中であったりなんかして、ぶっちゃけ構っている暇がない。
以前、どこかで書いたことかも知れないお話だけど。
昔見たのは駅付近で、おばちゃん1人に対して絡む2名の若者。
俺の視界に入ったときは既に心のエキサイトゲージが溜まった後だったらしく、着飾ったお兄さんがおばちゃんの肩をドンと押し、険悪な雰囲気となっていた。
ああもう、人が急いでるときに限って解りやすいトラブル起こしやがってからに!
なんて考えつつも早足で若者の元へ。
2人ともオシャレで、色んなところにピアスを開け、眉毛をハの字に曲げている。
スキーのボーゲンみたいな眉毛だ。
笑いたくなったけど、空気を読んで我慢した。
青年の怒気はおばちゃんに向けられている。
「テメーが悪いんだろ!? ああ!?」
おばちゃんが何をしたのかは知らないけれど、男2人がかりで声を荒げるべきではない。
これが少年漫画だったら彼らは残念な負け方をしてしまうところであろう。
でも、瞬殺なんかしたら俺のほうがカッコ悪いことになってしまうではないか。
俺は街中でも好感度を気にしているのだ。
手なんか出してたまるか。
仮にお巡りさんが来ちゃったら、空手の段を持っているだけに俺まで怒られる。
出版社での待ち合わせに遅刻することを覚悟し、俺は穏やかな表情でただそこに立った。
若者が暴れ出したらすぐに手を掴める位置だ。
これだけ近ければ、彼らはおばちゃんに手を上げることが心理的にやりにくくなる。
青年はさっきほどの勢いではなくなったけれど、目上の女性に対して文句言いまくりだ。
原因はどうやら、電車内で喋る彼らをおばちゃんが注意したことであるらしい。
その注意の仕方がヒステリックで、若者の逆鱗に触れてしまったのだそうだ。
いやいやいやいや。
おばちゃんの注意の仕方に問題があったとしても、悪いの君たちじゃないか?
だって電車の中でうるさく喋ってたんでしょ?
自分ら自覚ないだろうけど、世間ではそれを逆ギレって呼んでいます。
などと、思ったことを口にしたら余計なトラブルに発展するのでやっぱり我慢。
若者の口調はというと、今度はお説教モードだ。
おばちゃんには悪いけど、面白い。
第三者から見て悪いほうが説教してる。
「こう見えても俺、子供いるんだあ? 人の親やってんのね?」
えーッ!?
意外すぎる言葉に内心大いに驚く。
じゃあなんでそんなに器ちっちゃいんですかーッ!?
お子様の将来が非常に心配である。
でもまあ、若者たちは気が済んだらしく、お行儀悪く唾を吐いてその場を去った。
俺も急ぎの用だったので、改めて駅へと向かう。
ここからはちょっといい話なんだけど、実はもう1名、このやり取りを見守っていた人物がいた。
通行人の大学生らしき女の子だ。
彼女は俺の視界の隅でおろおろし、「自分も輪に加わるべきじゃないか」と明らかに迷っていた。
俺が弱そうだから逆にやっつけられやしないか、おばちゃんごとぶっ飛ばされてしまうのではないかと心配してくれていたことが伺える。
女の子なのに凄い勇気だ。
この日最もカッコよかったのは間違いなく彼女であった。
俺と違って、彼女には武器がないのだ。
にも関わらず、彼女は問題が解決するまでその場を後にはしなかった。
くっそ。
なんか悔しい。
そうそう。
喧嘩といえば、悪友のトメだ。
今はすっかり落ち着いて優しげな顔つきになってはいるものの、彼は学生時代、クラスメイトの不良たちに一目置かれるぐらいに険しい表情をしていた。
実際強いし、すぐに暴れる。
中学の頃、彼は自転車同士が少しかすっただけでも大声を出した。
「いてーじゃねえかテメーらァー!」
痛くない、痛くないよトメ。
当たったのは自転車だよトメ。
お前どんだけ気が短いんだ。
俺がいなかったので、トメは自由に羽ばたき、3名の不良の人たちをやっつけてしまう。
気づいた頃にはトメの足元で知らない人が3人で土下座をしていたのだそうだ。
もう1度書こう。
自転車同士がちょっとかすっただけだ。
それなのにこれだ。
頭が悪いのだろうか。
そんな悪友が身近にいるものだから、日常からして気が抜けたものではない。
高校に上がり、みんなで遊園地に行こうといった話になったときのことだ。
友人宅で待ち合わせをし、面子が揃って出発。
友人の家は団地で、階段を下りて外へと出る。
そこで何かしらの気配をトメは感じたのだろう。
彼は後ろを振り返り、空を見上げていた。
釣られてトメの視線を追うと、団地の屋上からこちらを見下ろしている連中が。
明らかに俺たちを威嚇しておいでだった。
やることないのか他に。
だいたいトメよ。
背後からの視線に気づくって、どこのエスパーなんだお前は。
こちらには女子も含めて計6名。
屋上の方々のほうが見た感じ多人数で、しかも全員が戦闘要員みたいな面構えだ。
トメさん、余計なことはやめてくださいね。
彼にはそのように敬語でテレパシーを送っておいた。
俺からの念を受け取ったと同時に、トメは天に叫ぶ。
「なんだテメーらァ! 中坊か!?」
戦闘民族地球人だけを置いて、さっさと遊園地に行きたくなる。
トメはおバカさんだから、何も考えてはいない。
勝とうが負けようが、喧嘩になってしまった時点で遊園地を楽しむ空気ではなくなるではないか。
もう既に女子たちがドン引きしていることに気づいていただきたい。
屋上の皆さんもやる気満々で、トメからの「中坊か?」の問いに怒鳴り返してくる。
「ンなわきゃねーだろ!」
ああもう。
とってもたぎっていらっしゃる。
さらに何事かを怒鳴り返すトメ。
その背後に、俺はそっと立った。
そのまま屋上に顔を向け、手を大きく振り、不良の皆さんに満面の笑みを見せる。
トメに悟られぬよう、気配も完璧に消しておいた。
このフレンドリー大作戦を目にし、屋上の彼らは「あれ? 敵意あっての質問じゃなかったんだ」と錯覚を起こしたようだ。
「どっか行くのかよー!?」と、さっきとは違ったトーンで語りかけてきた。
どこか交友的な空気を察し、トメの声からも迫力が消える。
「あー! ちょっと遊園地にー!」
「そうかー! 気ィつけてなー!」
「おーう! 行ってくるー!」
全く世話の焼ける奴である。
喧嘩の止め方としてよく「やめて」の連呼を目にするけれど、それは逆効果にしかならない。
言われた側は否定された気分にしかならず、さらにイライラさせてしまうだけだ。
怒った理由をじっくり訊いたり、雰囲気によってはこんなセリフもアリだろう。
「ちょっと一旦待って! 少しだけ! OKOK! いくよ? ファイッ!」
何気に俺が最も使う言葉がこれだったりする。
この一言で当人たちは「他に人目があること」を思い出すのだ。
喧嘩の機会なんてないに越したことはないけれど、もしそんな展開になりそうだったら早めに是非。
オススメだ。
ちなみに遊園地、楽しかったです。
みんなも大事な喧嘩しか、しちゃダメよ。