夢見町の史
Let’s どんまい!
October 13
いつものように、お店を閉める頃になると俺たち従業員は大いに酔っ払い、誰もが酔拳の使い手みたいなことになっている。
スナックの業務という名目でお酒を飲める幸せ。
「早く帰りますよ~っと」
ふらふらしながら俺は財布からお店の鍵を取り出した。
段取り的にはフロアレディたちを帰したあと、俺が戸締りをする流れだ。
ところが。
俺は流しにやり残した仕事を見つけてしまった。
財布と鍵をカウンターの上に置き、洗い物の片付けを始める。
後片付けに励む俺の正面、つまりカウンター越しに、フロアレディのAちゃんが座った。
彼女も大変に酔っ払っており、果たして何を考えているのか、何も考えていないのか、俺には解らない。
Aちゃんが満面の笑みを浮かべ、俺の財布をニコニコしながらいじり始めた。
その様は本当に楽しそうで、時折り「んふふ」と微笑んでいて、まるで般若のような形相だ。
「よっし、オッケ~、お仕事完了よ~っと。じゃあAちゃん、帰ろう~」
再び財布を手に、俺は店を出ようと鍵を用意する。
はずだった。
「あれ?」
鍵がない。
お店の鍵が綺麗に消えてしまっている。
「Aちゃん、俺の鍵は? いや、うちの鍵じゃなくって、スマイルの鍵」
「ふはは!」
Aちゃんは本当に楽しそうだった。
「めさ! あんたの後ろに女の霊がいる! あはは!」
あははじゃねえよ。
店の鍵はどこだ。
ってゆうか、女の霊ってなんだよ、もー!
ホントやだ。
霊ってどんな?
あと鍵は?
「めさ、憑かれてるー! はひゅぃ~」
2度と発音できない溜め息と共に恐ろしいこと言うな!
早く鍵返して~!
怖いから家に帰りたい。
眠って何もかもを忘れたい。
鍵!
「ない!」
そうですか。
迎えの車を待つ間、Aちゃんはソファーで横になってぐーぐー言い出す。
この女、夢の中に逃げやがった。
脇腹を突いても起きる様子はなく、ついでに鍵もない。
仕方なく、その日は別のフロアレディに全てを託し、Aちゃんが持っている鍵で戸締りをお願いして俺は帰宅をした。
普段だったら俺も一緒に迎えの車を待つのだが、霊がどうのこうの言われて怖かったので彼女たちを置いて男らしく帰る。
後日。
Aちゃんは当時の記憶をがっつり無くし、ついでに俺の鍵も無くしていた。
「めさちゃん、ホントごめん!」
お詫びということで買ってもらったコーヒーが美味しかったので、俺は「いいよいいよ」と笑顔で許す。
ボスからスペアキーも貰ったし、問題なしだ。
「ホントごめんね~。あたし鍵、どこにやったんだろ」
「いいっていいって。どんまいどんまい」
寛大な感じで、俺は缶コーヒーを飲み干した。
しかし。
この鍵の行方が後に俺を最大限に辱めることになる。
後編に続く。