夢見町の史
Let’s どんまい!
January 13
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 2
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続・永遠の抱擁が始まる 3
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続・永遠の抱擁が始まる 4
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続・永遠の抱擁が始まる 5
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続・永遠の抱擁が始まる 6
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<エンジェルコール4>
「考え直したほうがよろしいですよ」
僕はおじちゃんに、何度目かの念を押す。
おじちゃんの要望通り、女の子の件は手はずが整っていた。
そのために消費するポイント数も納得してもらった。
これで腕の痛みを感じずに、女の子は幸せな少女時代を過ごせるはずだ。
「ではロウ君、次の願いを叶えてくれたまえ」
おじちゃんは頑固だった。
僕は「そんなことにポイントを消費させるべきではございません」ってたくさん言ったのに。
「ロウ君、君の願いを叶える。それが私の願い事だ」
だってさ。
僕としては、お客様にポイントの大切さを知ってもらうことだって重要なんだ。
無駄使いさせたくないよ。
真の取り引きに持っていきにくくなるじゃないか。
「お客様、ポイントは大切になさってください。最初に付与させていただきました1000ポイントは、お客様の来世、つまりご自身の未来と引き換えに、ご自身で得たものでございます。わたくしのために消費されるべきではございません」
「構わんと言っている。優秀なボーイにチップを払わなかったら、それは私の恥だ」
「しかし」
「私は元々、来世のことなど考えていなかった。死ねばそこで全てが終わると思っていたからね」
「さようでございましたか」
「ああ。そもそも私がどんな生物に生まれ変わろうと、今の記憶は失っているんだろう?」
「はい、前世の記憶は残りません」
「だったら何も問題はない。虫としての人生も、やってみれば案外悪くないかも知れん」
要するに、おじちゃんは願い事を叶えてもらえることを、ただのラッキーだと思っているみたいだ。
それにしても「虫としての人生も悪くないかも」か。
言われてみたら、そうかも知れないなあ。
「君の願いは何だね?」
おじちゃんからの質問に、思わずハッとする。
業務上、僕は嘘を言うことができない。
でも、僕の願いって何だろう?
おじちゃんに1万ポイントあげて、魂を貰うこと?
なんのために?
お給料をたくさん貰いたいからだ。
お金をたくさん貰いたいのは、何故だろう。
色んな買い物したり、美味しいものを食べたり、遊びに出かけたり、贅沢したいからだ。
じゃあなんで僕は贅沢をしたいんだ?
安心したいし、幸せを感じたいから。
幸せでいたかったら、悩みがあったら邪魔だよね。
僕に悩みってあったっけ?
あ、人間でいうところの「天使」に、いつかまた戻れたらいいな。
悪魔やってると、何かと嫌な思いすることが多いからね。
「正直に申し上げます。わたくしは――」
そこで言葉をぐっと飲む込む。
天使になりたいなんて言ったら、僕が悪魔だってバレちゃうじゃないか。
「なんだね? 続きを言いたまえ」
「失礼致しました」
どうしよう。
僕は嘘をつけない。
嘘をついたら罰を受けてしまう。
悪魔にとっての罰は、人間になるということ。
それだけはごめんだ。
あんな何の能力もない生き物になんてなったら、僕は絶対に毎日ブルーだ。
こうなったら仕方ない。
このお客様に本当の取り引きを持ちかけるの、諦めよう。
僕は恐る恐る、ゆっくりと口を開く。
「わたくしは、天使に戻りたいと考えております」
「天使?」
「はい、さようでございます」
天使と悪魔は同じ生き物なのに、なんで呼び分けられてしまうのか。
答えは意外と簡単だったりする。
天使は自分よりも他者を優先する性質があるのね。
なんだか信じられない感覚だけれども、それが彼らにとっては当たり前のことなんだ。
でも悪魔は違う。
自分本位で他人を利用しちゃうの。
めちゃめちゃシビアな世界なんだけど、僕はあっという間に悪魔に堕ちた。
原因は、「ちょっと魔が差したことを思い描いた」から。
仲間が働いてる横で自分だけ休んじゃいたいとか、そんなようなことを思ったんだった気がする。
潔癖症な天使は、わずかでも悪の因子があると、天使失格って自分から思っちゃうのね。
1度でも悪魔になってしまうと、もう2度と天使には戻れない。
だって過去に魔が差しちゃってるからね。
どれだけ大昔のことなのか、とか、悪意の大小は全く関係ないの。
悪意が芽生える可能性が少しでもある魂は、天使にはなれないんだ。
でも正直、天使としての生活は悪魔よりも断然にオイシイ。
仲間もみんないい人ばっかりだし、仕事もキツくないし、毎日笑っていられるし。
そのようなことを僕は正直に、おじちゃんに説明をした。
「ですが、悪魔だからといって決してお約束を破るようなことは致しません。今後もお客様の願いを出来る限り低ポイントで――」
「天使に戻るためには何が必要なんだ?」
「はい?」
「君が天使に戻るための条件を訊いている。私のポイントで、その条件を満たすことは可能なのかね?」
驚いた。
人間からしてみれば僕は確実に悪魔なのに、おじちゃんはまだ僕の願いを叶えようとしている。
「わたくしの正体は、人様から見れば天使ではございません。そのような者に――」
僕が言えたのはそこまでだった。
「関係ない」
おじちゃんは、やっぱり頑固者だ。
「私が叶えたいのは神の願いでも魔王の願いでもない。ロウ君、君の願いだよ」
くっそ。
こうなったら仕方ない。
そこまで言うんなら、僕は僕の事情を話しちゃうぞ。
「お客様、誠にありがとうございます」
「いや、いい」
「わたくしが天使に戻りたい理由は『今の生活よりも幸福でいられるから』といった不純な動機でございますが、よろしいのですね?」
「もちろんだ」
「では、さらに正直に申し上げます」
「うむ」
「わたくしが天使に戻るためには、お客様のポイントは必要ございません」
「なんだと?」
「悪魔が天使に戻るには、たった1つの方法しかないのです」
「ほう、それはどんな方法なんだね?」
僕は辺りを見渡し、他のオペレーターに聞かれないように声を潜める。
「悪魔は、悪魔内のルールを犯しますと、人間にされてしまいます」
「ほう」
「そうなれば、わたくしは人として人間界で生きることになるんですね」
「ふむ」
「唯一、天使に生まれ変わる可能性がある種族が人間なのでございます」
「そうなのか」
「はい。したがって、わたくしが本当に天使になりたくば、悪魔にとっての不正行為を行うだけで済んでしまうんですね」
「人間が天使に生まれ変わるには何か条件があるんじゃないのか?」
「はい、ございます。人間が天使になるためには、自己犠牲を果たすレベルのですね? 少々気恥ずかしい言葉ではありますが、愛が必要でございます」
天使と悪魔は対立してる。
僕ら悪魔としては、天使に増えてほしくない。
そこで、悪魔たちは人々を誘惑するなどして、今から堕落させておきたいってわけだ。
人間が天使に生まれ変わってしまわないようにね。
魂を取ったり下等生物に生まれ変わらせたりするのも、実はそのため。
魔王ラト様は「魂のエネルギーを集めてもう1つの太陽を創造したい」なんて言ってるみたいだけど、そこんところはよくわかんない。
「愛というと、それはどっちのだ? ロウ君自身が愛情を持つ人物になることが重要なのか? それとも、周囲から愛されることが必要なんだろうか」
「両方でございます」
「そうなのか」
「ええ、非常に確率の低いことでございます」
天使って本当に極端な生き物だ。
愛を注げば、その分だけ注がれる愛もあるだろう。
なんて前提で考えられたルールだから、こんなにも厳しくなっちゃっている。
もうちょっと頭を柔らかくしてほしいもんだ。
「私のポイントは、その愛情を操作するに役立つかね?」
「可能ではございますが、それをやってしまうと今度は天使にとっての不正行為となってしまいます」
「そうか」
「ですのでお客様、わたくしの願いは結構でございますよ。何より、わたくしは人間としての生活を望んではおりませんし、リスクを犯してまで天使に戻りたいとも思っておりません」
「そうか。では、もっと簡単な願い事はないのかね?」
「そうですね。それでは、いつかわたくしに希望ができましたら、そのときは必ず報告させていただきます。お客様とお話させていただいたところ、遠慮は失礼に当たると感じましたので、隠すことは致しません」
「解った、信用しよう。思いついたときは、必ず願いを言ってくれたまえ」
「かしこまりました。それよりもお客様」
僕は本来の仕事へと戻る。
「例の天変地異まで、まだ16年もございます。そのことをお考えになられたほうがよろしいかと存じます」
「ふむ。確か、時間の操作は出来ないんだったな」
ん?
時間を操作したがってる?
今度はなんだ?
「ええ。残念ながら、過去や未来を変えることはポイント数以前の問題でございまして、不可能なんですね」
「では、やはりルイカ親子は16年後に死んでしまうのか」
どうやらまだあの親子のことを気にしているみたいだ。
どこまでお人好しなんだろう、この人。
普通だったら自分が助かるための準備を進めるべきじゃない?
「私のことを気にかけていてくれるのかね?」
ちょっと沈黙しちゃったもんだから、僕が何を考えているのか読まれちゃったらしい。
おじちゃんは言う。
「私はもうこんな歳だ。天変地異の際に生き延びたとしても、文明が無くなった後の世界では生きられまい」
「滅多なことを」
「いや、事実だろう」
「では、こうしてはいかがでしょう?」
生きる喜びを思い出させれば、それだけポイントの大事さが解る。
希望をちらつかせるっていうのが、僕の営業スタイルだ。
ポイントの大事さが解れば、魂を犠牲にしてでも1万ポイントを欲しがるに決まってる。
「ポイントの消費は著しいのですが、お客様を若返らせることは可能でございます」
「ほう、そうなのか」
「これにはいくつか方法がございまして、手段によってポイント消費量が異なるんですね」
「ふむ」
「まず、一気に若返ってしまっては周囲から怪しまれてしまいますので、ゆっくりと細胞を若返らせるといった方法がございます。これは870ポイント必要となりますが、お勧めでございます。何歳まで若返るのかといったご年齢も、もちろんお選びいただけます」
すると何故なんだか、おじちゃんは無口になる。
反応薄いなあ、興味ないのかなあ。
僕は一応、様子を探りながらも案内を進める。
「また逆に、若返りだけを目的とするならば、390ポイント以内で済みます。これは若い人間の、新しい死体を修復し、そこにお客様の魂を移植するといった手段なんですね」
「いや、うん、解った」
「ありがとうございます」
「そのことは、また今度に考えるとしよう」
「さようでございますか」
「今はまだ、あの親子のことが気にかかる。天変地異の際、つまり16年後だな。その頃の3人の情報を知りたい」
「かしこまりました」
僕はモニターの前で姿勢を正す。
「それでは、具体的に何をお知りになりたいのか、詳しくお願い致します」
すると、おじちゃんは次々と質問事項を繰り出す。
僕はそれを聞きながら、復唱しながらキーボードを叩いて願い事欄を埋めていった。
それにしても、ホントに人がいいっていうか、なんというか。
この人が天使になっちゃうんじゃないか?
ってぐらいの善人だ。
でもまあ、僕と最初の取り引きしちゃってるから、彼の来世は小動物に決定なんだけどね。
それにしても、さっきから引っかかる。
頭の中には何故か、さっきおじちゃんが言った言葉がぐるぐると回っていて、取れない。
何気ない一言だったんだけど、なんでこんなにも印象深く残っているんだろうか。
「虫としての人生も、やってみれば案外悪くないかも知れん」
続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/193/