夢見町の史
Let’s どんまい!
January 20
続・永遠の抱擁が始まる 1
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/186/
続・永遠の抱擁が始まる 2
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/187/
続・永遠の抱擁が始まる 3
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/188/
続・永遠の抱擁が始まる 4
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/189/
続・永遠の抱擁が始まる 5
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/190/
続・永遠の抱擁が始まる 6
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/191/
続・永遠の抱擁が始まる 7
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/192/
続・永遠の抱擁が始まる 8
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/193/
続・永遠の抱擁が始まる 9
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/194/
--------------------------------
<阿修羅のように・ラスト>
天文学者ノアが私財の全てを費やして移動式シェルターの建設を始めてからというもの、巷では天変地異が噂されるようになっている。
とはいえ信じない者がほとんどで、かの天文学者は気が触れただけという説が定着しつつあるようだ。
クラークちゃんは言う。
「天変地異が起こるかどうかは別として、いざというときのために避難場所があったほうがいいと思うんです」
秘密基地の場所は、ここから遠く離れた巨峰の頂辺りにあるという。
他ではないクラークちゃんが言うのだから、それはきっと妄想の類ではないのだろう。
しかし、そんな遠くにどうやって、いつの間に秘密基地を作ったのかなどといった疑問に彼は答えてくれなかった。
アララット山といえば、長期旅行に行く程度の距離がある。
有事の際、避難するには遠すぎた。
「避難しなくてはいけない場合に、もしなったとしたら、そのときはまた奇跡が起こると思います」
質問を重ねられたくないらしく、彼はわずかにうつむいている。
「その場所にはあっという間に行けるでしょう。それが僕らに起こせる、最後の奇跡です」
ふと、窓を開けて空を見上げてみる。
夜はもう更けていて、天空には適当にばら撒いたかのように星が散らばり、月が異様に大きく佇んでいた。
天変地異は、本当に起こるのだろうか。
「だーかーらー! 何度も言ってるでしょ、クラちゃん」
背後から、長女の声が聞こえる。
「運命なんだってば。秘密基地にはどうやっても行けないよ。そこに行けない理由が絶対に起こるんだってば」
ロウちゃんの言った通りになることを、私は数日後に知る。
私はさる実業家のパーティーに招かれていて、手短な物語を披露することになっていた。
子供たちには家で留守番をお願いしてある。
「きゃ」
「ん? なんだ?」
最初は、屋敷が震えたのだと思った。
屋敷の振動は数秒で大きくなり、シャンデリアを揺らし、花瓶を倒し、壁の絵画を落とす。
揺れはそこから一気に加速して、家具や人間を立っていられない状態にした。
数々の悲鳴の中には、私の声も混ざっていたはずだ。
壁にひびが走り、天井はパラパラと破片を落とす。
物が倒れる音、壊れる音、人々の悲鳴が私をさらに恐怖させる。
建物の一部がこちらに覆いかぶさる瞬間、私は意識を失った。
「もしもし! もしもーし!」
遠くからの声がして、私はゆっくりと目を開ける。
ここが瓦礫の中だからか、暗闇だ。
私は、どれぐらい気を失っていたのだろう。
さっきの揺れは、この屋敷だけで起こったのだろうか。
地面そのものが震えたのだとしたら、家にいる子供たちが心配だ。
「っつ!」
体を動かせようとした途端、体験したことがないほどの激痛に襲われる。
瓦礫が、私の腰から下を押し潰しているらしい。
「もしもし! 私だ! いつか送ってもらったケータイからかけている!」
離れたところから、屋敷の主の声が聞こえる。
どうやら電話で話しているようだ。
ケータイというのが何かは解らないが、建物が倒壊するほどの中、電話が生きていることはありがたい。
主が呼ぶであろう救援が早く来ることを、私は祈る。
私以外にも、大勢の客が私と同じ状況になっているはずだからだ。
「例の天変地異で負傷した! 私と家族を治し、安全な場所まで連れていってくれ!」
主は確かに、客とは言わなかった。
「何!? ポイントが足りないだと!? どうにかしなさい! 今まで色々願いを叶えてきただろう!」
彼は一体、誰と話しているのだろうか。
「じゃあ、私1人を避難させることは可能か? 傷の治療もいらない。それなら足りるだろう?」
続けて主は「足りないはずないじゃないか」と怒鳴った。
「いや確かに天変地異のことは信じていなかったよ。だがな、こちとら魂をくれてやったんだ。少しぐらいのサービスはするべきだろう。いや、待ってくれ。君とはもう10年以上の付き合いじゃないか。最初の願い、覚えているだろう? そう、大型馬車の件だ。あれだって私のせがれが不注意で酒瓶を馬に投げつけたことが原因だったのに、君が上手いこと事実を隠蔽してくれたんじゃないか。あれと同じようにしよう。な? 君が個人的に、上司に内緒で私を助けてくれればいい。そうすれば君には、何? だから! ポイントが足りなくてもどうにかしたまえよ! こっちは足の骨が折れ…、くそが! 切りやがった!」
私は、話の内容を全て理解したわけではなかった。
ただ、悲しみが大きくて辛い。
人は、どうして他人のことを想像しようとしないのだろう。
何かを綺麗にするには、何かを汚さなければならない。
だが、何かを汚すために、何かを綺麗にする必要はないのだ。
自分のために、他人の心を汚してしまう人がいるのは何故だ。
汚す者に、それが罪であるという実感がないのは何故なのだ。
目から出た雫が、私の耳にまで伝わる。
「ママ!」
「ママー!」
聞き慣れた声。
幻聴の類かと思っているうちに、それははっきりと聞こえてくる。
「ママー! どこですか!?」
「大丈夫、ママー! 助けに来たよ!」
ロウちゃんとクラークちゃんだ!
「ここよ!」
大声を出すと下半身がズキンと痛む。
私はそれでも、精一杯に叫ぶ。
「ここにいるわよ!」
「いた!」
「よかった!」
2人が駆け寄ってきたらしく、声が近くなる。
私は腰の痛みに耐え、2人がいると思われる方向に怒鳴りつけた。
「なんで来たのよ! 早く戻りなさい!」
一言毎に、骨をハンマーで殴られたような衝撃が走る。
「戻って、大人たちを呼ぶの! あたしの他にも、たくさんの人が埋まってる! 助けを呼んだら、もうここには絶対に来ないで!」
「嫌です」
クラークちゃんだ。
「3人で秘密基地に行くんです」
秘密基地――。
避難場所があることを、私は思い出す。
しかし、私はこの怪我だ。
どこからなのか、巨大な滝のような低い音が響き渡っている。
その音は少しずつ大きくなっていて、天変地異の本領発揮を予感させるに充分だった。
「クラークちゃん、聞いて」
「はい」
「ママね? 大怪我してるの。だから秘密基地まで行けないの。ごめんね」
「怪我!?」
「いつか、顔が3つあって、手が6本ある神様の話、したよね? 覚えてる?」
「覚えてます。それより怪我って、どこを、どの程度?」
「クラークちゃん聞いて。ロウちゃんも一緒に。あたし達も、アシュラみたいにね? 3人で1人って思われるぐらい、仲いいよね?」
私は長らく、片腕だけの生活を送ってきた。
「アシュラだってさ、顔を1つ、腕を2本ぐらい無くしても、生きていけるでしょう? ママはしばらくここから離れられないから、2人で先に秘密基地に行ってなさい」
沈黙。
それを破ったのは、クラークちゃんだ。
「ロウ君! 瓦礫の撤去とママの治療、可能か!?」
「可能だよ。再生と違って、修復は安く済むからね。でも、そうするとシェルターまで移動するポイントが残らないよ?」
「構わん! すぐに取りかかってくれ!」
「そう言うと思って、もうやってる。でも、クラちゃん、ごめんね? 僕のポイント、もう使い果たしちゃっててさ」
不思議なことが起きた。
下半身に感じていた重みや痛みが薄らぎ、消えてゆく。
頭上を覆っていた瓦礫は小石を落とすことなく、ふわりと浮いて、どいていった。
奇跡の力を、この子たちは使ってしまったのだ。
「なんてことするの! あなたたちが避難できなくなったでしょう!」
「避難だったら、走ってすればいい。行きましょう!」
クラークちゃんが私の手を取り、立ち上がらせる。
屋敷の主は、足を引きずって逃げたのだろう。
既に姿を消していた。
生き残っているかも知れない皆に聞こえるよう、私は声を張り上げる。
「人を呼んできます!」
外に出てみると、私は耳鳴りを感じ、同時にさっきの発言をしたことに後悔をした。
人を呼ぶどころではなかったからだ。
町のいたるところから火の手が伸び、ほとんどの建物が崩れ去っている。
慌てて逃げようとして転んだ1人が集団を巻き込んだのだろう。
大勢の人が道端で倒れ、動かない。
胃液が逆流しそうになって、私は手で口を覆った。
「こっちに行こう」
ロウちゃんが森を示す。
クラークちゃんに手を引かれ、私はよろよろと歩を進める。
夜空は不気味な赤さを纏い、暗かった。
見たこともない大きな灰色の天体があって、実はそれこそが月なのだと気づく。
ごごごごごと、どこから発生しているのか解らない轟音を、さっきよりも近くに感じる。
森の中。
ちょっとした広場のような場所に出て、私は子供たちを抱きしめていた。
「ママはもう大丈夫。もう怖くないからね」
「うん」
「ねえ、ちょっと休憩しようよ」
ロウちゃんの言葉に甘え、私は地面に腰を下ろし、息を整える。
先ほど見た光景は私に恐れを抱かせ、今耳に届いている轟音は私に不安を与えてくる。
抱きしめた2人は、そんな臆病な私を安堵させている。
「そろそろだね」
ロウちゃんが木々の向こうに目を向けた。
地平線から伸びた壁のような物が、うっすらと窺える。
背筋が凍った。
あれは巨大な波で、こちらに向かってきているのではないか――。
「やはりこうなってしまったか」
クラークちゃんも、何かを覚悟したようだ。
逃げ道などどこにもないことを、この子たちは最初から知っていたのだろうか。
頭上では、鳥が津波と反対方向に逃げていく。
それを見送ると、ロウちゃんは弟に視線を移した。
「夢の録画、完了だね。クラちゃん、お願いができたよ。いつかの約束」
「もう私にポイントは残っていないんじゃないのか?」
謎のやり取りだったが、私はそれを黙って見守る。
「ううん。ほんのちょっぴりだけ残ってるよ。僕の願い、叶えてもらっていい?」
「好きにしていい。それと何度も言うが、女の子なんだから、僕はよせ」
「うっさいハゲ」
正真正銘、これが最後の奇跡なのだろう。
目覚しい速度で、花が咲いてゆく。
私たち親子の周りに、次々と黄色い花が咲き乱れていった。
不気味な天候とは裏腹に、この広場だけは楽園のようだ。
辺り一面に、今まで嗅いだことのない良い香りが立ち込めた。
「レミの花だよ」
ロウちゃんが微笑む。
「ママの言ってた通り、安心して眠くなっちゃう香りだね」
私は身を横たえながら、愛しい我が子を抱き寄せる。
「2人にね、聞かせたいお話があるの。聞いていて、眠くなったら、眠りなさい」
「どんなお話?」
「ある仲良し親子のお話よ。最後はね? みんな天使になって、ずっと幸せに暮らすの」
するとクラークちゃんは浮かない顔をした。
「僕は、生まれ変わっても、みんなと一緒になれない」
どういうこと?
と私が訊くよりも先に、ロウちゃんが声色を少し高くする。
「クラーク様、悪魔にとっての不正行為でございます」
「なに?」
また私には解らない内容なのだろう。
クラークちゃんが驚きの声を上げた。
「どういうことだ?」
「わたくしが悪魔をクビになる際、何をしたと思われますか?」
「自分のポイントを持ち出したんじゃないのか?」
「それはついででございます」
「じゃあ、一体何を…」
「ポイントを付与した状態のまま、クラーク様との契約を破棄させていただきました」
「なんだと? ということは」
「クラーク様の来世は虫などではございません。あの頃、わたくしは親子3名の死後についても調べさせていただきました」
「ああ」
「その結果、なんと3名とも天使に生まれ変わることが判明致しました」
「なんだって!? 3人とも!? 私もか!」
「はい、さようでございます。でなければ、わたくし、人間になるだなんて冒険は致しません」
「つまり君には最初から保障があったってわけか! この悪魔めが!」
「とんでもございません。死後、お目にかかれば解ります。わたくし、将来は天使でございます。ママも、クラちゃんもね」
次にロウちゃんは、寝ぼけ眼を私に向ける。
「ごめんね、ママ。話題に置き去りにしちゃった。改めて、お話聞かせてよ。とびっきりハッピーなやつね」
にっこりと、私は頷いた。
初めて出逢った日は創作に失敗して、この子たちにはつまらない思いをさせたままだ。
それでは語り部としての誇りが許さない。
最高の客からのリクエストに、今度こそ応えよう。
私が最後に語る物語。
それは自分なりに楽しんで考え出した、自作のおとぎ話だ。
「ある町に、3人の親子がいました。お母さんと、天使みたいに可愛い女の子と、お父さんみたいにしっかりした男の子」
――阿修羅のように・了――
フィナーレに続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/196/