夢見町の史
Let’s どんまい!
April 04
will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/
<万能の銀は1つだけ・2>
自衛士たちに事情を説明し終える頃になると日は暮れかけていて、山脈の向こうに太陽が沈もうとしている。
オレンジ色の空が男たちの影を長く伸ばしていた。
レーテルは締めくくりの言葉を口にする。
「俺たちが踏み込んだときの状況はだいたいそんなもんです」
自衛士の隊長は「なるほど」と手帳にペンを走らせた。
ガルドはというと不機嫌そうに腕を組み、殺害現場となった一軒家を見上げている。
一家が全滅していたことに憤慨しているのだろう。
仁王立ちのまま動こうとしない。
自衛士たちはそんなガルドの気迫めいた雰囲気に圧されているらしく、玄関の目の前という邪魔な場所に立っている剣士に注意することもせず、ただ彼を避けて通っている。
2階までくまなく調べた結果、生きている者は誰もいなかったのだ。
ガルドが殺気立つのも無理はないと、レーテルは思っていた。
犠牲者は1階で果てていた女性も合わせて、計4名。
中には老人や子供も含まれていて、無残なことに全員が撲殺されていた。
全ての窓は内側から板を打ちつけられていて、鍵もかかっている。
遺体のそばに凶器らしき物もなかった。
2人の剣士が神経を研ぎ澄ませている最中に、犯人がこっそり脱出したとはとても考えられない。
住人の誰かが犯人で、一家を殺害した後にどうにか工夫をして自決したという可能性も低かった。
動機が不明だし、何よりも自分自身を殴り殺し、凶器を隠すという手段が難しい。
そこまで手の込んだ心中をする必要も想像できない。
これはやはり一連の連続殺人事件の1つと解釈すべき出来事なのであろう。
ガルドの背中にたたずむ大剣は鞘に納まってはいるものの、金具が夕日を反射して、燃えているようにも見える。
まるで彼の憤りを表しているかのようだ。
いや、実際にガルドの怒りは相当に激しいものなのだろう。
平静を装っているレーテルにしても穏やかな心境ではなく、なんともやるせない心持ちだ。
レーテルは再度、自衛士の部隊長に声をかける。
「隊長殿、我々剣士2名が遺体の第一発見者である以上、俺たちにも多少なりとも容疑がかかるのではありませんか?」
すると部隊長は動揺したのか、顎ヒゲを撫でる。
「いやまあ、どちらかというと、あなた方の無実を証明するためにも様々な観点から考えなくてはならんでしょうな」
「ということはこの後、さらに具体的な証言をするために俺とガルドは屯所に行かねばならんわけでしょう?」
「ええまあ、そうしてもらえると助かります」
「もちろん協力しますよ。俺たちの身の潔白を解ってもらうためにも。ただ――」
レーテルは親友の背をチラリと見て、続ける。
「俺たちは今後、この事件についての調査を本格的に始めたいと考えています。一連の殺人事件のことも含めて、そちらで持っている情報を提供してもらえませんか?」
すると部隊長は「よろしいでしょう」と首を縦に振った。
「こちらとしても人手は多いほうがいい。剣士が積極的に動いてくれるというのなら、それに越したことはありません。ただ形式上、こちらからの情報提供はあなた方の無実が証明されてからでも構いませんか?」
レーテルは「もちろんです」と頷く。
2人の剣士が屯所で取り調べを受け、晴れて解放されたのは翌日になってのことだった。
「あんまり気分のいいもんじゃねえな」
自衛士隊の支部を背にして、ガルドは毒づく。
「あいつら、明らかに俺らのこと疑うような訊き方しやがって」
「まあ、そういうなよガルド」
レーテルが相棒の肩に手を添え、たしなめた。
「あちらさんも仕事なんだ。それにこれで俺たちの信頼も取り戻せたんだ。良しとしておこう」
街は相変わらずの様子で白く塗られた四角い建物が立ち並び、大通りには馬車が走り抜けている。
様々な商店が展開し、そのどれもが「うちの品は金を出して手に入れるだけの価値がある」と主張していた。
「取り合えず、俺ァ帰るぜ」
両手を精一杯に伸ばし、あくび交じりにガルドは言う。
「ガキと女房の顔が見てえし、風呂にも入りてえ。レーテル、オメーはどうすんだ?」
「俺はちょっと調べ物をしてから帰る」
「そうか」
ガルドは「じゃあここらで解散しようや」と片手を挙げ、レーテルに背を向ける。
「明日また広場で落ち合おうぜ」
「ああ」
ガルドの大きな背中を見送ると、レーテルは反対方向に歩き出す。
図書館では掲示板に貼り出された過去の事件事故の記事が保管されている。
レーテルはその中から謎の殺人事件についての紙面のみを抜き出し、片っ端から目を通していた。
自分なりに事件の関連性や共通事項を見出すためだ。
一通りの取調べで剣士2名の無実が証明された後、自衛士部隊長はレーテルとの約束を守り、判明している情報を全て教えてくれていたのである。
「まず何からお聞かせすればいいでしょう」
「あの一家撲殺事件では、凶器は出たのですか?」
「ええ。今回は珍しく出ましたね。どうやら亭主はそこそこ名の知れた画家で、いくつか賞も取っています。ダウイン絵画賞というのをご存知ですか?」
「いえ、俺は知らないですね」
「そうですか。凶器はですね、そのダウイン絵画賞のトロフィーです。クレア銀でできた重たいもので、これは暖炉の上に飾ってありました」
レーテルはそれで、1階の暖炉に聖杯を模したトロフィーがあったことを思い出した。
「あのトロフィーですか。どうしてそれが凶器だと?」
「被害者の中に1人だけ、傷口に特徴があったんです」
「特徴?」
「ええ。遺体のどれもが頭部を中心に相当強い力で殴られていました。先ほど解剖結果が出たのですが、頭蓋骨が丸みを帯びた形で陥没しているんですね」
レーテルは被害者の死の瞬間を想像し、思わず顔をしかめた。
部隊長はそんな剣士の様子に気づかなかったのか、構わず手帳のページをめくる。
「でですね、1人だけ、その陥没の具合がおかしかったんです」
「おかしい、とは?」
「窪みの形が複雑だったんですよ。私もついさっき報告を受けたばかりなのですが、トロフィーの取っ手部分の形状と傷口が一致するそうです。あの家で最初に起きた殺人事件も撲殺だったので、もしかしたら同じ凶器かも知れませんな」
「あ、そうだった」
レーテルは身を乗り出す。
「俺たちは元々、その最初の事件を調査するためにあの家に行ったんです。そちらの事件についても聞かせていただけませんか?」
すると部隊長は「ええ、いいですよ」と手帳のページを遡る。
「最初の被害者は家の主人ですね。先ほどお話しした画家の男です」
「事件があったのはつい先週のことだったと記憶していますが」
「ええ、そうです。第一発見者は奥方で、遺体は朝、1階居間で発見されました。どうやら前の晩に殺害されていたようなんですな」
隊長によると最初の被害者はアトリエから帰宅し、玄関に鍵をかけた後に何者かから後頭部を強く殴られ、死に至ったらしい。
盗まれた物はなかったが家族に動機がなく、窓の鍵は開いていた。
愉快犯による犯行との見方が強まっていた。
残された家族は戸締りのつもりで内側から全ての窓を塞いでしまったのだろう。
当時は凶器を特定できなかったとも、部隊長は言った。
「他殺であることは間違いないと見ているんですが」
困惑したときに出る彼の癖なのだろう。
部隊長は顎ヒゲをさすり、静かに手帳を閉じる。
「家族全員を詳しく調べてみても、これといった殺害の動機がなければ証拠もない。全く難儀していますよ。昨日の皆殺し事件のせいで、尚更です」
珍しく凶器が特定されたことがせめてもの手がかりに繋がればいいのですが。
とも部隊長は言っていた。
昼下がりの図書館は利用者も少なく閑静だ。
古びた紙と木の匂いがレーテルには妙に心地がよく、また静けさもあって作業がはかどる。
レーテルは既にいくつかの記事を抜き出しており、改めてそれらを熟読していった。
凶器が特定された事件だけに注目することにしたのだ。
中には一連の事件に便乗しての犯行も混ざっているのかも知れないが、今は他にこれといった考えが浮かばない。
最近になってルメリア各地で多発している事件のほとんどは調べてみると、やはり凶器が発見されていないものばかりだ。
中には冤罪で罰せられた者がいてもおかしくないだろう。
それほどまでに多くの事件は謎をはらんでいる。
過去、掲示板に貼られていた記事の中から凶器が見つかった事件はたったの4件で、これには昨日レーテルたちが遭遇した事件は含まれてはいない。
記事に目を通して、レーテルはつい「おや」と口に出す。
これは偶然なのだろうか?
ミアシスの富豪は自宅で、サーベルによって腹部を刺されていた。
凶器はクレア銀でできた装飾用の剣だ。
また、同じくミアシスでは路上で剣士の遺体が発見されている。
こちらも斬殺で、凶器は剣士自身が所持していたクレア銀のダガーナイフだった。
バイムルで見つかった遺体はいわゆる一流階級の婦人で、こちらは珍しく絞殺されている。
クレア銀のペンダントが凶器と断定された。
シノテで発見されたのは撲殺死体で、貿易商人が犠牲者だ。
運搬中だった商品が凶器で、これもまたクレア銀でできた壷だった。
レーテルたちが第一発見者として昨日直接関わった事件も、凶器はクレア銀製のトロフィー。
凶器が断定されればそれはクレアで作られている物ばかりだ。
これは何を示しているのだろうか。
レーテルは元通り日付け順に記事を並び代えると、元の場所に戻す。
長髪を後ろで束ねた剣士はそのまま、図書館の静寂を後にした。
奇妙な胸騒ぎがする。
相変わらず犯人像は浮かばないままだが、やはりどう考えてもルメリア全土で同じような殺人事件が頻繁に起こるのは異常だ。
事件のだいたいは栄えた街を中心に発生しており、比較的裕福とされる住民が被害に遭ってはいるものの、金品の一切が奪われていないのだ。
したがって組織的な犯行とも考えにくい。
レーテルはふと不安に駆られる。
数年前にミアシスで開催された剣術の大会を思い出したのだ。
それはまさにルメリア最強の座を証明するための催しで規模が大きく、参加表明を出す剣士も大勢いた。
そこでの決勝戦でレーテルは初めてガルドと戦うこととなったのである。
コロシアムの中央で2名の剣士は闘気を爆発させた。
速さでガルドを惑わせるも、彼の力強さと剣速と野生的な勘には叶わず、ついにレーテルは敗北を喫する。
決着がついたことによって巻き起こる大歓声の中、跪いたレーテルに対し、ガルドは握手を差し出してきた。
「レーテルっつったな。強かったぜ」
その手を握ると彼はレーテルを引っ張り上げて立たせ、労うように肩を抱く。
「10回やったら、俺ァ5回は負けるだろうな。今日はたまたま勝てて運が良かった」
そんなとことはないと、レーテルが首を横に振ったのを覚えている。
認めたくはないが、ガルドは強い。
妙な清々しさと悔しさを混ぜ合わせたような複雑な気持ちは生涯忘れることはないだろう。
優勝者であるガルドに贈られたのは特別製の大剣だ。
それを手に、ガルドはレーテルを酒に誘った。
「敗者にこんなこと言うのは酷かも知れねえが、オメーと1杯やりてえ。付き合ってくれるかい」
酒場を訪れると、既にガルドは優勝賞品を背負ってレム酒を煽っている。
2人は決勝戦での闘いについて語り合い、住む町が同じであること知り、さらに酒を飲み交わす。
そのときガルドはこうも言っていた。
「背中の剣は大きさといい形といい、野蛮な俺にはぴったりだ。だけどよ、もしオメーの腕がたいしたことなかったら、俺ァこの剣を壁飾りにしかしようと思わねえ。こいつァオメーから勝ち取った俺の誇りだ。オメーが強くて感謝してるぜ。俺は一生、この剣を大切にする。約束だ」
それが言いたくてガルドは自分を誘ったのだろう。
心地よく酔いながら、レーテルはそのように悟った。
良き思い出はしかし、今は不安の種になっている。
ガルドの大剣もまた、クレア銀でできているのだ。
翌日になると、レーテルは心にさらに影を落としていた。
いつもの広場に、ガルドが姿を見せなかったからだ。
<巨大な蜂の巣の中で・2>に続く。