夢見町の史
Let’s どんまい!
April 18
will【概要&目次】
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<巨大な蜂の巣の中で・2>
とにかく多くの情報を、私は1度に得てしまった。
そのだいたいが現実から離れているもので、鵜呑みにすることは簡単ではない。
ソドム博士が人工的に自らの頭脳を覚醒させ、文明を破壊しようとしているだのという話は明らかに常軌を逸しているし、私のフィアンセが殺害されたなどという情報も認めたくはない。
混乱からなのか眠りが浅く、私は夜勤の疲れを癒すことができないでいた。
今は疲れた体を奮い立たせマイカーを走らせ、メリアのマンションに向かっている。
ハイウェイは通勤ラッシュだったが、私の車は逆車線を行くので進み具合は上々だ。
シティのビル群は今日も鮮やかに朝日を反射させていて、その明るさが逆に憂鬱な私をさらに滅入らせていた。
助手席では、婚約者と全く変わらぬ姿を持ったアンドロイドが黒髪を耳にかける。
その仕草までもが彼女と同じ動作で、やはりメリアの死が現実のものとは到底思うことができない。
「ねえ、君」
緩やかなカーブを曲がりながら、私は前方を見たまま訊ねる。
「君とメリアの違いは、具体的にあるのだろうか。体の内部が機械であるということ以外に」
するとアンドロイドは「そうですね」と暗い声を出す。
「外見や音声、仕草などは、メリアさんと私は共通しています。違うのは体重ですね。私のほうがメリアさんよりも重量があります。また、性交は可能ですが、私は身ごもることができません」
私は聞くともなしに「そうか」と気のない返事をした。
視界には日常が、つまり高度な文明の象徴ともいうべき摩天楼が広がっている。
私の車はその間を縫うように、音もなく進んでゆく。
この光景が無になってしまうことなど、私にはやはり想像もできない。
マンション地下の駐車場に車を止め、私はアンドロイドを連れて正面玄関に回る。
メリアの部屋にはここを通らねば行き着くことができない。
セキュリティ解除のために合鍵を取り出す私を、彼女が静かに制した。
「必要ありません。私はメリアさんと同じなのです」
言うが早いか彼女はドアの脇に取り付けられたセンサーに目を近づけ、網膜を認識させる。
続けてパネルに人差し指を添え、指紋を認証させてしまった。
音を立てずに内部へのドアが開く。
「そんなこともできるのか」
「ええ」
彼女はその悲しげな目を伏せる。
「そうでなければ私がメリアさんに成り代わることができませんし、彼女を助けにここに駆けつけることもできません」
少なくとも表層上だけは、彼女は細部に渡って完璧にメリアと同じ作りをしているということらしい。
網膜や指紋まで同じとなると、いよいよ彼女のメカニズムは現代科学を超越している。
いや、そもそもここまでスムーズに細かく速く人間と同じように動け、なおかつ複雑な会話まで可能である時点で技術力に関しては疑いないものなのだろう。
ふと、背筋に鳥肌が立つ。
彼女は記憶も性格もメリアと同じものを持つと言う。
それまでが本物であったら、彼女はメリアそのものではないか。
エレベーターで6階まで移動し、メリアの部屋の前へ。
そこでも彼女は網膜と指紋を使って玄関を開けると、私を中へと招き入れた。
やはりメリア本人にそうされるのと何も変わらない。
雰囲気も、何もかも。
メリアと同じ顔をしたアンドロイドは相変わらず悲しげな目をしているが、私の表情も似たようなものになっているのだろう。
どちらも無言のままだった。
靴のままダイニングを通り過ぎ、我々がリビングまで歩を進めると、センサーが人の気配を察知して明かりを点ける。
テーブルと椅子が倒れていていること以外、室内は普段と変わらぬ様子だ。
白い壁には花畑をモチーフにしたカレンダーが映し出されているし、薄いピンクのベットにはディホルメされたウサギのぬいぐるみが横たわっている。
「夕べ、私が駆けつける頃、既にメリアさんは」
続けにくそうにアンドロイドは言う。
「デリートに分子分解されていました」
「遺体がないだけに、僕にはやはりメリアの死を信じられないよ」
アンドロイドの言を信じるならば、身に着けていた物も含めてメリアの肉体は消滅している。
これは錯覚の一種なのだろう。
遺体はなく、代わりにこのアンドロイドがいるという現状は、ただでさえ納得のいかない親しい者の死を私に理解させない。
「当時は細胞を分解された際特有の甘い臭気がしていたのですが、換気されてしまったようですね」
彼女には匂いを感じ取るセンサーまで備わっているようだ。
言葉遣いが敬語ではなく、また彼女が自分の正体を打ち明けることをしなかったら、私はおそらく彼女がメリアではないことに気づかないだろう。
見ていれば、彼女には感情もあるように思える。
もしくは感情がある風に見えるよう、素振りをプログラムされている。
機械やプログラミングに詳しいわけではないが、その技術にしても大変なものであることぐらいは解る。
アンドロイドは相変わらず泣き出す寸前のような表情だ。
「メリアさんの死亡は証明できないことなのかも知れません」
私はその言葉に「そうだな」と素直に頷いた。
私はどうするべきなのだろうか。
メリアが生きていると信じ、婚約者を探し出すべきか。
アンドロイドの言葉を信じ、ソドム博士の野望を阻止する運動を起こすべきか。
冷静に考えるならば、それは両方を同時進行させることがベストなのだろう。
クリーム色のソファに私は腰を下ろし、タバコに火をつけると、そのままアンドロイドを見上げる。
「君は言っていたね」
「はい?」
「私に信じてもらうためなら、解体されても構わないと」
すると彼女はうつむき加減に「はい」とか細く返事をする。
「いや、さすがに解体なんてこと、僕は望んでいないよ」
「はい」
「ただ、もう少し君自身の情報が欲しい。質問に答えてもらえるかな?」
「はい」
「ソドム博士が設けた君の存在理由なんだけど、それは患者を洗脳することだったね?」
「はい」
「どうやって洗脳を?」
すると彼女は部屋の中央まで歩き、私のほうに振り返る。
「私には、メリアさんに成り済ます以外に、別の機能があります」
「ほう」
「アンドロイドには固有の機能と、共通する機能があるのです」
「それは、どんなものなんだい?」
「自爆し、自らを破片にしてしまうことがアンドロイドにとって共通する重要な機能です。身体の一部が欠損するようなダメージを負ってしまった場合など、自分の正体が知られてしまう場合などに発動させます」
「それはやめてほしいな」
「ええ。これは自分の意思でいつでもスイッチを入れることができるのですが、私はそんなことをする予定がありません。自ら正体を明かすほどですから」
「それを聞いて安心したよ。メリアの姿のまま目の前で爆発なんてされたら僕は発狂してしまうだろう」
「他には、アンドロイドは総じて高い戦闘能力を有しています。格闘能力はもちろん、様々な重火器の扱いにも長けています」
「それも僕には向けないでほしいね」
「もちろん、お約束します」
「他には?」
「あとは機体別に設けられた固有の機能ですね。デリートの場合は物質の分子分解がそれです」
「君にもそういった特殊能力が?」
「はい。私の眼球にはある仕掛けがあるのです」
すると彼女はバックから携帯電話を取り出し、それをテーブルの上に置いた。
「この携帯電話は私の一部なんです。これと連動させて、私は立体映像を投影することが可能です」
「立体映像?」
「はい。今、お見せします」
彼女はテーブルから数歩下がり、顔を携帯電話に向ける。
直後、驚くべきことに空中にリンゴが出現した。
リンゴはゆっくりと回転しながら大きくなったり縮んだりを繰り返している。
「これが立体映像だって!?」
質感が現実的すぎる。
偽物であると教えられていても、私にはこれが映像であると思えない。
手を伸ばし、私はリンゴに触れてみる。
何の感触も抵抗もなく、指先はリンゴの中に入ってしまった。
「驚いたな。ここまでリアルだとは」
立体映像といえば比較的新しい技術で、まだ家庭には普及していない。
映画館でしか採用されていないシステムのはずだった。
以前メリアと何度か見に行ったことがあるが、あれは8方向から特殊な光線を放射することで実現できる幻だ。
映像はどこか荒く、それが空間に投影されたものであると解る。
しかしこのリンゴときたら、本物そのものではないか。
彼女はリンゴから目を逸らさず、言う。
リンゴは形と色を変え、レモンになって回転を始める。
「どんな物でも投影できます。私自身よりも大きな物を映すと映像が乱れてしまいますが」
「そこのケータイと君の目から映像を出現させているのだとしたら凄いな。たった2方向からの放射でここまで完成された立体映像とは」
「正確には3方向から光線を放っています。2つの眼球部分と、携帯電話型のオプションから」
「つまり立体映像は君と電話機の間にしか出現させられないと?」
「はい。これを悪用すれば脳に揺さぶりをかけるような映像も再現できます。音声は出せませんが、視覚から入る情報は人にとって膨大ですから」
「なるほど。患者にそういった効果のある映像を見せて洗脳を図ろうとしていたわけだね」
「そうです。あ、でも! レミットさんからの信用を得るために用いることはしません!」
「ああ、そうか。用心しなくてはならないかもな。でもそれを僕に伝えてくれたことに感謝するよ」
しかし私は肩を落とす。
彼女はやはりメリアではなく、アンドロイドなのだ。
確実に私のフィアンセとは別物であることは認めなければならない。
気落ちを悟られぬよう、私は話題を変える。
「君に訊きたいことが他にもあるんだ。ソドム博士の計画について。それを阻止するとしたら、我々はどんな行動を起こすべきだろう」
「それが」
空中からレモンが消え、彼女は携帯電話をバックに戻す。
「実はこれといった考えあるわけではないのです。計画の細部までは、私には知らされていません」
「じゃあ、こうしてはどうかな」
私はタバコを消し、立ち上がる。
「今後、どのようなことが起こるのかを調査すると同時に、ソドム博士、または博士が作った他のアンドロイドを見つけ出して情報を集める。情報が集まったら改めてその計画を阻止する手段が見えてくるだろう」
「ええ」
「ただ我々だけではとても調査なんてできそうもないな。人類飼育計画の阻止なんて持っての他だろう。ネットを使って情報収集するにも限界がありそうだ」
「ええ、私もそう思います」
「さて、どうしたものか」
「私の周りにもアンドロイドが紛れ込んでいるはずです。身近な人たちが人間であるか機械であるか、まずは調べたほうがいいかも知れません」
「僕のことは調べなくてもいいのかい?」
「はい。私はレミットさんにも気づかれることなくメリアさんを演じる予定でした。レミットさんがアンドロイドなら、そのような演技は必要ありませんから」
彼女は再び瞳を潤ませ、くちびるを震わせる。
どのような感情からなのか、彼女はとても悲しそうだ。
「仮にアンドロイドが特定された場合ですが、これは気をつけなくてはいけません。正体が知られたことを彼らが気づけば、アンドロイドたちは躊躇なく攻撃か自爆かをするでしょう」
「要するに本人に気づかれることなくスキャンをするとか質疑応答を試さなきゃいけないわけだ。難しいことだね」
「ええ。しかし私にも立体映像を映し出す機能があります。これが何かに有効利用できないかどうか、さらに検討してみます」
彼女は言うと、その沈んだ表情を下に向ける。
このときまだ、私は彼女の悲しげな瞳が持つ本当の理由に気づいてはいない。
<そこはもう街ではなく・3>に続く。
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