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夢見町の史

Let’s どんまい!

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2024
April 19
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2010
August 02
【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/

【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/

【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/

------------------------------

「僕の親戚が民宿やってるんだ」

 近藤が目を輝かせ、まっすぐに俺を見つめている。

 休み時間で、生徒らは俺たちと同じく、それぞれが思い思いの会話を繰り広げている。

 近藤が少し身を乗り出した。

「クラスのみんなにも声かけてるんだけど、春樹も夏休みにそこに行かないか?」

 聞けばその民宿は海辺で、場所もそう遠くはない。
 ただ俺は小遣い不足なのだ。
 2泊の旅行なんて行ったら他に何もできなくなってしまう。

「う~ん、どうしようかなあ」

 悩んでいると、近藤はトドメの一言を言い放つ。

「女子も来るんだ。さっちゃんと佐伯さん、そしてなんとクラスのマドンナ、あの白鳥麗子さんもね」
「ぜってー行くよ!」

 校庭からセミの鳴き声がしていて、今年の夏も暑くなることを予感させていた。

------------------------------

「ジャンケンで負けた奴、ジュースの買い出しな」

 そう言い出した春樹が負けて、あたしは大笑いをした。

 絵に描いたような青空で、遠くにはくっきりとした輪郭の入道雲。
 とても台風が近づいているとは思えないほど良好な天気だ。
 水平線の辺りには小さな島があって、近藤君の話によるとあれは無人島らしい。

 女子はあたしとさっちゃんと、白鳥さん。
 男子は春樹と近藤君と伊集院君だ。
 あたしたち6人は近藤君の伯父さんが運転する送迎バスに乗せてもらって、今は夏の海を満喫している。

「くっそ。俺が負けたかー」

 春樹が悔しそうに毒づいた。

「じゃあちょっと買いに行ってくる」

 みんなから小銭を預かると、春樹は1人1人に注文を訊ねる。

「近藤、何がいい? 伊集院は? スポーツドリンクね。あの、白鳥さんは? うん、解った。さっちゃんは何にする? オッケー」

 春樹は最後にあたしに「お前は?」と声をかけた。

「あたし、ジンジャーエール」
「おう」

 出発しようとあたしたちに背を向けた春樹はしかし、すぐにピタっと立ち止まる。

「考えてみたらジュース1人じゃ持ちきれねえや。お前も来いよ」

 あたしは「ったくしょうがないなー」とシートから腰を上げた。

「ねえ、優子ちゃん」

 コーラを飲みながら、さっちゃんがまじまじとあたしの顔を覗き込んでいる。

「変なこと聞くかも知れないけどさ」
「ん? なあに?」
「春樹君と、ホントに付き合ってないんだよね?」

 あたしは反射的にジンジャーエールを噴き出した。

「な、なに言ってんのよ!」
「だってさ? 見てるとなんか違うもん」
「違うって、なにが?」
「2人の距離感」
「ちょ、やだなー! そんなことないよ! それにあいつ、白鳥さん狙いなんだよ!?」
「そうかなあ? 春樹君、頭でそう思い込んでるだけで、ホントは優子ちゃんのこと好きなんだと思うんだけどなあ」
「そんなことないったら! もー!」

 あたしはジンジャーエールを置くと、「ちょっと泳いでくる!」と宣言をして海へと走り出す。

------------------------------

 結局、初日の昼は麗子さんと上手く喋れなかった。
 麗子さんはやっぱり伊集院目当てでこの旅行に来たのかも知れない。
 そう考えると、自然と俺の気が重くなる。
 視線の先には楽しそうに談笑している麗子さんと伊集院がいた。

 近藤の伯父さんが用意してくれた夕食はどれも最高に美味かった。
 満腹になった後はみんなで花火をやって、今は男子の部屋に女子らが遊びに来ている。

 少し考え事をしていたら、いつの間にか俺は会話の輪から外れてしまっていて、なんだか1人でいるよりも孤独な感じだ。
 伊集院に話しかけようにもそれほど親しくないから話題がない。
 ということはつまり、伊集院と話している麗子さんと仲良くなれるチャンスだって今はないわけだ。

 佐伯も近藤も、さっちゃんと何かしらを喋って盛り上がっているし、俺の居場所がないように思えて仕方ない。

 俺は気配を殺すようにスッと立ち上がると、音を立てないようにして部屋を抜け出す。

「上手くいかねえなあ」

 俺の溜め息はそれなりに深かった。

 夜の浜辺は綺麗だ。
 月が反転して水面に映っている。
 波の音はそれほど大きくないけど、なんだか心に染みてくるようだ。
 その景色と波の音は何故だか飽きを感じさせず、いつまでも俺をそこにいさせてくれる。

 浜辺で腰を降ろして、どれぐらい経っただろう。
 頬に、急に冷たい感覚があって驚く。

「うわ!」

 振り返ってみると、そこにはコーラの缶を2本持った佐伯が立っていた。
 どうやら頬に缶を押しつけられたみたいだ。

 佐伯がコーラの片方を俺に手渡す。

「なーに黄昏てんのっ」
「な、なんだよ。お前かよ」

 コーラを受け取ると、佐伯は俺の隣に腰を下ろし、自分の缶の蓋を開ける。

「夜の海も、なんかいいね」
「え、ああ。そうだな」

 ざざーん。
 ざざーん。

 2人でしばらく波の音に聞き入る。
 海を見つめながら、俺もコーラの蓋に指をかけた。

 ぶしゅ!

 そんな音がするのと同時に、冷たいコーラのしぶきが俺の顔に襲いかかる。

「うわ!」
「あはは」
「お前! コーラ振りやがったな!?」
「元気出た?」
「俺は最初から元気だよ!」
「そ? ならいいんだけど」

 佐伯はつ、と立ち上がる。

「なんだか悩んでるように見えたからさ」
「余計なお世話だ!」
「それだけ怒れるんなら大丈夫だね。じゃ、あたしもう戻るから」

 言い残し、佐伯は海に背を向けた。

 俺は「なんなんだ、あいつは」とぼやいて、砂の上に大の字になる。
 しかしすぐさま、俺は上半身を起こして遠ざかろうとする佐伯に声をかけた。

「おーい、佐伯ー!」
「なあにー?」
「ちょっと来いよ!」
「なんでよー!」
「いいから! 早く!」

「なんなのよ」と訝しげにしている佐伯に、俺は「ちょっとここで寝てみろよ!」と興奮気味に言った。

「寝る? パジャマが砂まみれになっちゃう」
「そんなの払えば落ちるから、ほら!」

 俺は再び地面に背をつける。
 ぶつぶつと文句を言いながらも、佐伯も隣で横になった。

「あー!」
「な?」

 そこにはどれが星座になるのか解らないぐらいの多くの星々が輝いている。
 俺たちの視界を全て、星空が支配した。

「綺麗」

 たまには佐伯も素直なことを言う。

 この小さな星の1つ1つはきっと、実際は地球よりも大きいんだろうな。

 俺もふと、正直な気持ちになった。

「俺、なんて小さいんだろうな」
「そうだね」
「否定しろよ、そこは」
「だって小さいじゃない」
「お前、俺を元気づけに来たんだろ!?」
「ちが、なんであたしがあんたなんかを心配しなきゃいけないのよ!?」
「なんだと!?」
「なによ!」

 気がつけば、俺と佐伯は互いに砂を投げ合って戦っていた。
 夜空に俺たちの笑い声が響く。

 なんとなくだけど、明日は最高にいいことがあるような、そんな気がした。
 この予感はきっと気のせいなんかじゃない。

------------------------------

「前言撤回だ!」

 春樹が怒鳴り散らす。

「今日は最高にいいことがありそうだと思ってたのに、最悪じゃねえか!」

 あたしには全く意味の解らない文句だ。

 だいたい、なんでこいつが被害者ぶってるのよ。
 怒りたいのはこっちのほうだわ。

 あたしは「なによ!」と怒鳴り返す。

「あんたがちゃんとボートを繋いでおかないからでしょ!?」
「お前がここに来たいって言ったんじゃねえか!」

 水着のままだから、雨のせいで夏なのに肌寒い。
 文句を言い合いながら、あたしと春樹は山道を進む。

 この島には今、あたしたち以外に誰も人がいない。

 続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/384/

拍手[25回]

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2010
August 02

【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/

【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/

------------------------------

「春樹先輩、次の週末、空いてますか?」

 俺に電話をよこしてきたのは、サッカー部のマネージャー。
 1つ後輩の美香だ。
 いきなり電話してくるなんて、俺になんの用があるのだろうか。

「週末っていうと、土曜?」
「はい。よかったら、お祭り、一緒に行きませんか?」

 言われてみれば確かにもう夏祭りの時期だ。
 記憶をさぐってみたが土曜に用事はなく、俺は「別にいいよ」と返事をして電話を切った。

------------------------------

「佐伯さん、次の土曜なんだけど、用事あるかな?」

 あたしに電話をくれたのは、同じクラスの伊集院君だ。
 生徒会長をやっていてスポーツ万能。
 春樹なんかと違って勉強もできるような彼が、あたしにどんな用があるのだろう。

「土曜日、ですか?」
「ああ。佐伯さんは転校してきて、まだこの町のことをあまりよく知らないだろう? 次の土曜日、夏祭りがあるんだ。もしよかったら案内したくってね」

 その日に用事はないんだけど、どうしよう。
 悩んでいると、伊集院君はさらに続ける。

「花火も見られるし、どうだろう? 土曜に何か予定あるかな?」
「いえ、予定はないですけど」
「じゃあ決まりだ。土曜、楽しみにしているよ」

 まあいいかと思い、あたしは「はい」と返事をして電話を切った。

------------------------------

 祭囃子の中を進む。
 俺は手持ち無沙汰で、さっき取った水風船のヨーヨーをもてあそぶ。
 隣を見ると、美香はわたあめに口をつけていた。
 茶色がかった髪を結い上げていて、黄色の浴衣が似合っている。

「先輩」

 美香が俺に笑顔を向けた。

「もうすぐ花火の時間ですね」
「え、ああ、そうだな」
「川原のほう行きましょう! ほら、早く早く!」

 美香が俺の手を取って早歩きになる。

------------------------------

 周りを見渡すと浴衣姿の女の子が多くて、あたしは私服で来てしまったことを少し後悔していた。
 手元の小さなビニールには、さっき伊集院君が取ってくれた金魚が2匹、可愛らしく泳いでいる。

「規模は小さいけど、年に1度のお祭りだからね。この町の住人は毎年楽しみにしているんだよ」

 隣を歩く伊集院君は親切に、この町のことを色々とあたしに教えてくれた。

「桜ヶ丘の名物といえば、クリスマスのイルミネーションなんてのがあるね。そのイルミネーションと今日の花火は必見だよ」
「へえ、そうなんですか」

 伊集院君は同い年なのに大人びていて、あたしはついつい敬語になってしまう。

「おっと」

 伊集院君が腕時計に目を走らせた。

「もうすぐ花火の時間だね。川原のほうに移動しよう。そこから眺める花火が1番綺麗なんだ」

 あたしは「はあ」と曖昧な返事をし、伊集院君に着いて歩く。

 川原にはあたしたちの他にも人の気配があったけれど、街灯がないので顔までは解らない。
 水のせせらぎが耳に優しくて、あたしはつい音に聞き入る。
 すると遠くからかすかに「ヒュルルルル」と別の音がして、伊集院君が「来たよ」とつぶやいた。

 ドーン。
 ぱらぱらぱら。

 割と近くで打ち上げているらしい真っ赤な花火が夜空を覆う。
 辺りが一気に明るくなった。

「あ」

 すぐ近くで声がした。
 声の方向に顔を向けると、そこには少し驚いたような顔をした春樹が、美香ちゃんと一緒に立っている。

 花火は続々と上がっているけれど、その大音量はあたしの耳に入ってこなかった。

------------------------------

 あの夏祭り以来、何故だか佐伯の態度がよそよそしい。
 学校でも絡んでこないし、いつものように図々しく俺の部屋に上がり込むこともなくなった。

 伊集院の奴と、何かあったのか?

 ちらっと佐伯の横顔を覗き込むと、あいつは先生の説明に集中している。

「旧校舎は整備されていないから、足元には充分注意するようにな。しっかり床を照らしながら進むんだぞ。では、今からクジ引きでペアを決める」

 辺りはすっかり暗くなっていて、風も生ぬるい。
 絶好の肝試し日和ってやつだ。

 クラスメイトたちは用意されていた箱に次々と手を突っ込んでゆく。
 俺がクジを引くと、そこには3と書かれていた。

 生徒たちは互いに「10の人いるー?」とか「7の人ー!」などと呼びかけ合い、自分の相方探しに夢中だ。

「3の人ー!」

 女子の声に反応し、「俺3!」と声を張り上げると、そこには目を丸くした佐伯が呆然と突っ立っている。
 3と書かれた紙を大きく掲げた体勢のまま、固まっていた。

 懐中電灯を2本と小石を渡され、俺たちの番が回ってくる。
 旧校舎の奥にある時計台まで行って、この3とマジックで書かれた小石を置いてくれば任務達成だ。
 その2人に勇気があることが証明される。

「ほら、行くぞ」

 声をかけると、佐伯は無言で着いてきた。
 なんだかむすっとしているように見えるが、怒っているんだか怖がっているんだか解らない。

 木造の校舎は夜になるとめちゃめちゃ不気味で、変なものが出てこないとしても恐ろしいものがある。
 毎年思うことだが、これなら脅かし役がいるオバケ屋敷のほうが断然にマシだ。

「おい佐伯、なんか喋れよ」
「うるさいな」
「なんだよお前、最近なんか変じゃねえか?」
「あんたに関係ないでしょ!?」

 その態度にムッとして、俺も釣られて声を大にする。

「俺に関係ない!? 伊集院にだったら関係あんのかよ!?」
「あんただって美香ちゃんと一緒にいたじゃない!」
「なんだよ!?」
「なによ!?」

 フン!
 と同時に鼻を鳴らし、俺と佐伯はそっぽを向きあった。

 くそ。
 なんでよりによってこいつとペアなんだ。
 俺は憧れの麗子さんと一緒になりたかったのに。

 そんなことを考えていたら突風でも吹いたらしく、窓の外で木がざわざわと大きく音を立てる。

「きゃあ!」

 悲鳴と同時に、佐伯が俺に寄り添ってきた。

「なんだよお前、怖いのかよ?」
「な、なに言ってんのよ! ちょ、ちょっとびっくりしただけでしょ?」

 その声は明らかに震えている。
 これは仕返しのチャンスだ。

 俺はにやにやと薄ら笑いを浮かべる。

「きゃあって言ったぞ、お前」
「う、うるさいな!」
「なんなら手でも握っててやろうか?」
「だ、誰があんたなんかと!」
「まさかお前が『きゃあ』なんて女らしい悲鳴上げるなんてなー。きゃあ」
「バカにしないでよ!」

 佐伯は今までで1番の大声を出すと、俺を突き飛ばすように肩を押す。

「怖くないって言ってんでしょ!? もういい! あたし1人で行ってくる!」

 言うと同時に佐伯は俺が持っていた小石を奪うと、そのままつかつかと早歩きで先に行こうとする。

「おい、待てよ!」
「着いて来ないでよ! あんたなんて大っ嫌い!」
「待てったら!」
「うるさいな! あんたなんかいないほうがいいぐらいよ!」
「なんだと!? だったらホントに俺、引き返しちまうぞ!」
「せいせいするわ! あんたと一緒に行くぐらいなら、オバケと一緒にいたほうがまだマシよ!」
「ああそうかよ! じゃあお望み通り消えてやるよ! じゃあな!」
「はいはい、さようなら!」

 俺は鼻から大きく息を吐き、佐伯に背を向ける。

------------------------------

「どうしよう…」

 消え入るような声で、あたしは独り言をつぶやく。
 石を置くべき時計台がどこにあるのか、考えてみればあたしは知らない。
 何より、あたしは人一倍怖がりなのだ。

 懐中電灯の光はとても頼りなく思え、あたしは心細さに泣きたくなった。

 こんなことなら、つまらない意地なんて張るんじゃなかった。

 木造の古い校舎。
 昼に外から見るのと、夜に中に入るのでは大違いだ。
 窓から妙な顔が覗いていないかしら、鏡に変なものが映ってないかしら、あの角から何かが飛び出してこないかしら。
 不安に押し潰されそうになる。

 誰か。
 誰でもいいから隣にいてほしい。

 闇の中であたしは思わず口を開いていた。

「春樹…」

 その言葉を、あたしは慌てて心の中で訂正する。

 違う違う違う!
 よりによって、なんであいつの顔が浮かぶのよ!
 春樹なんて知らないんだから!

 あたしは怒りの勢いに任せて足を早める。
 その行為が軽率だったらしい。

 床の一部が剥がれていて、そのちょっとした窪みに足を取られた。
 悲鳴と同時にあたしは転び、足首に激痛が走る。

 足をくじいた!
 よりによって、こんなときに。

 なんとか立ち上がろうと、あたしは床に手をついて力を込める。

 駄目だ。
 足が痛くて、歩けそうもない。
 こんなところに、1人で?
 先生があれほど足元に注意しろって言ってたのに。

 情けなくって、ついにあたしの頬を涙が伝わった。

 不意に、その涙に光が当たる。

「やっぱり怖いんじゃねえか」

 何が起きたのか解らなくって、あたしはしばらく動けなかった。

 逆光になっていて懐中電灯を持っているのが誰なのか見えにくかったけど、その声の主が春樹だということはすぐに解った。
 でも、なんで春樹が?

「立てねえのか?」
「なんで? 引き返したんじゃ…」
「バーカ。お前が1人で行けるわけねえだろ。ほら」

 春樹はしゃがみ込むと、あたしを背負う。

「ちょっと! いいってば!」
「どうせ足でも捻ったんだろ。ったく、いつも俺のことドジだのなんだの言っといて、自分だってそうじゃねえか」
「うん」

 春樹の背中が意外にも広くって、さっきまであんなに強かった恐怖心を今は失くさせている。

 あたしは春樹の肩に顎を乗せた。

「春樹」
「ん?」
「ごめん」
「ああ、いいよ」
「伊集院君は、なんかあたしに町案内したかっただけみたいで、その、別になんにもないから」
「ば…! し、知らねえよ!」

 あたしを背負ったまま、春樹は時計台の根元に小石を置く。

「よし。じゃあ、帰るぞ」
「うん」

 あたしは春樹の肩に回していた腕に、少しだけ力を込めた。

 来た道を、春樹はずんずんと進む。

「佐伯」
「え?」
「お前さあ」

 春樹の口調が少し神妙に聞こえて、あたしはちょっとだけ緊張感を覚えた。

「なに…?」
「お前、その、意外と胸、あるんだな」
「ンな…!」

 春樹の肩にかけていた腕を、あたしは奴の喉に回す。

「っこの、バカーッ!」

 あたしのその絶叫と春樹の「ぐえ」という悲鳴は、もしかしたら外で待つみんなにも聞こえたかも知れない。

 続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/383/

拍手[17回]

2010
July 31
【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/

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「部活、ですか?」

新しい教科書を受け取るために職員室を訪れると、担任の安田先生があたしに提案をしてくれた。

「先生実はサッカー部の顧問をやっているんだけどな、マネージャーが足りなくて困ってるんだ。佐伯はもう3年生だけど、うちの部の3年生は秋まで引退しないから、是非と思ってな」
「でもあたし、マネージャーなんてやったこと…」
「なあに、誰だってみんなそうだ。どうだ? 思い出作りに」
「そういうことなら、まあ」

------------------------------

シュート練習を終えて休憩していると、同期の近藤が俺の隣に腰を降ろした。

「ねえ春樹、転校生の佐伯さんっているじゃん」
「え? あ、ああ」
「お前、彼女とどんな関係なんだ?」

こいつはクラスが同じだし親友でもあるんだが、変な方向に好奇心を持つのが難点だ。
にやけ顔の近藤に、俺は拳をぶつける振りをする。

「あ、あんな奴、俺とはなんの関係もねーよ! ただ家が隣ってだけで…! だいたいなんでそんなこと訊くんだよ!?」
「なんだか仲いいなーって思ってね」
「ち、そんなんじゃねえよ! 俺は麗子さん一筋なんだから!」
「クラスのマドンナ、白鳥麗子さん、か。春樹には高嶺の花だな」
「うるせえな!」

しかし近藤の言う通りで、麗子さんは綺麗すぎてまともに声すらかけたことがないのが現状だったりする。
いや、綺麗なだけじゃない。
品性があって、おしとやかで、佐伯なんかとは雲泥の差ってやつだ。

「はあ。いいよなあ、麗子さん」

気づけば俺は声に出していた。

「あんな人がマネージャーだったら、俺めちゃめちゃシュート決めまくれるのに。品性があって、おしとやかで、佐伯なんかとは雲泥の差ってやつだ」
「品性なくって悪かったわね」

ぎょっとして振り返ると、なんと俺の真後ろには佐伯が怒りの表情で仁王立ちになっているじゃないか。

「お前、いつから!?」
「俺は麗子さん一筋なんだから! のところから」

どうやら俺は最高に恥ずかしい話を聞かれてしまったらしい。

軽く凹んでいると、パンパンと手を叩く音がする。

「お前たち、喜べー。我が桜ヶ丘学園サッカー部に新しいマネージャーが入ったぞ」

安田先生がにこやかに部員たちを集合させた。

「3年生の佐伯優子君だ。最初は解らないことも多いだろうから、みんなでフォローするようにな」
「あたしやっぱり辞めようかしら」

ドスの効いた佐伯の声がしたと同時に、俺は尻をつねられる。

------------------------------

マネージャーとしての仕事はすぐに覚えられた。
選手の男子たちも、春樹以外はよくしてくれる。
なんだけど、1人だけあたしに対し、妙に感じの悪い子がいる。
あたしの気のせいだったらいいんだけど、2年生の美香ちゃんには嫌われているような気がして、なんだか苦手だ。
いつも春樹と口喧嘩をしていると睨んでくるし、仕事をサボっているように見えるのかな。
この部であたし以外の女の子は美香ちゃんだけだから、できれば仲良くしたいんだけど。

2チームに分かれて練習試合をしている部員たちを眺めながら、あたしはふうと息を吐く。

「あ!」

隣の美香ちゃんがベンチから立ち上がった。
その目を追うと、どうやら選手が転んで怪我をしたらしい。
あたしは救急箱を掴むと、コートの中央目がけて走り出す。

「なあんだ、あんたか」

輪になっている選手たちをかき分けて怪我人の元に行くと、「いてて」と足を押さえているのは春樹だった。

「転んだの? ったく、ドジねー」
「なんだよ、うるせえなー。名誉の負傷ってやつだろ?」
「はいはい。ちょっと待ってて。今手当て…」

あたしが言えたのはそこまでだった。
後ろからドンと誰かに押され、あたしは小さく横にはじかれる。
美香ちゃんがあたしを押しどけたのだ。

「春樹先輩、大丈夫ですか!?」
「え、あ、ああ」

美香ちゃんは春樹の上半身を抱きかかえるようにして足の怪我を案じている。

「今、手当てしますから!」

そう宣言すると、美香ちゃんはあたしから救急箱を奪い取る。
同時に、彼女は怒ったような目であたしを見た。

「佐伯先輩。春樹先輩頑張ってるのに、その言い方はないんじゃないですか?」

明らかな敵意を感じ、あたしは思わず言葉に詰まる。

春樹の怪我は軽い捻挫だったけど、あたしの心は重くなった。

練習が終わったあと、女子更衣室で着替えている瞬間は特に重たい雰囲気だ。
美香ちゃんと2人きりだから、あたしはどうにか空気を変えようと口を開く。

「美香ちゃん、あのさ、さっきはごめんね?」
「いえ、こちらこそ、すみません」

その言葉とは裏腹に、美香ちゃんの態度はツンとしている。
あたしは、あえて笑顔を作った。

「春樹の怪我、たいしたことなくってよかったね」
「佐伯先輩」
「はい?」

美香ちゃんの目が、まっすぐにあたしへと向けられる。

「佐伯先輩は、春樹先輩のこと、どう思ってるんですか?」
「ちょ、やだなー。あんな奴、別にどうとも思ってなんか…」
「あたし、春樹先輩のこと、本気ですから」
「え!? いや、そんな、美香ちゃん、なんか勘違い…」
「失礼します」

着替え終えた美香ちゃんはそそくさと部屋を後にする。

------------------------------

夕食後の格闘ゲームを楽しんでいたら、いきなり窓ががらがらと開いて俺を驚かせた。
佐伯がまた勝手に俺の部屋に入ってくる。
大吾郎がにゃーと嬉しそうに佐伯に飛びついた。

「な、なんだよ! またお前かよ!? 勝手に入ってくんなよな!」
「だって鍵かかってないんだもん。あ、大吾郎ー。ちょっと大きくなったねー。ご主人様のネーミングセンスが悪くなければもっとよかったのにねー」
「うるせえな! 何しに来たんだよ!」

佐伯は断りなく人のベットに腰を下ろすと、大吾郎を抱きながらまじまじと俺の顔を見つめる。
これじゃあゲームに集中できない。

「な、なんだよ」
「こんな奴のどこがいいんだろ?」
「え…?」
「ううん、なんでもないっ!」
「変な奴だな」

すると佐伯が「あのさ」とかしこまる。

「あんたさ、好きな子とかっているの?」

その質問に、不覚にもドキッとしてしまった。

「な、急になんだよ」
「やっぱり麗子さん?」
「べ、別にいいだろ?」
「麗子さんとあんたじゃ釣り合わないよ」
「余計なお世話だ! だいたいお前はどうなんだよ!?」
「知ーらないっ! じゃあね」

言うと同時に佐伯は腰を挙げ、大吾郎を降ろす。
窓から自分の部屋へと帰っていった。

さっぱり意味が解らない。
あいつ、一体なんの用事があったんだ?

「ったく、おとなしく宿題でもしてりゃいいのに」

改めてゲームのコントローラーを握り直すと、俺はハッとなってすぐにそれを放り投げる。

「そうだ! 宿題!」

俺は大慌てで窓を開け、佐伯の部屋に踏み込んだ。

「佐伯! ノート貸してくれ! 宿題やるの忘れ…」
「きゃあ!」

脱いだシャツで胸を隠し、佐伯がその場でうずくまる。
俺の顔は一瞬にして赤くなった。
どう見ても着替え中だ。

「っこの、バカーッ!」

全力で殴られる。
足の怪我より酷い重症を負わされたんじゃないか?
俺はやっぱり麗子さんみたいな清楚な人がいい。

続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/

拍手[24回]

2010
July 31

そこにあったのは、春だった。

「遅刻遅刻!」

食パンを咥えたまま、慌てて玄関を飛び出す。
転校初日から寝過ごすなんて、あたしはなんておっちょこちょいなんだろう。
とにかく急がなくっちゃ。

せかせかと靴を履いて、食パンを持ち直す。
門を開けて、あたしは歩道に踊り出た。

「きゃっ!」
「いてっ!」

途端、急に出てきた何かと激しくぶつかって、あたしは道路に尻餅をつく。

信じられない。
あたしのささやかな朝食がアスファルトに落っこちてしまった。

ぶつかった相手を見ると、どうやらあたしと同い年ぐらいの男の子だ。
あたしと同じように、彼も地面に座り込むような体勢でお尻をさすっている。
朝ごはんの仇が憎憎しげにあたしを睨んだ。

「なんだよオメー、急に飛び出してくんじゃねえよ!」
「あんたこそ!」

食べ物の恨みは深いんだから。
あたしは彼を睨み返す。

「どこ見て走ってんのよ!」
「なんだと!?」
「なによ!」

ふん!
と、お互い同時に鼻を鳴らして、お互い同時に立ち上がる。

「最っ低!」
「お前こそ!」

奴は言い捨てると、そのまま走り去ってしまった。

なにあの態度!
あたしの食パン返せ!

あたしは憤然とスカートの埃を払い、駆け足で学校に向かう。

あいつ、制服着てたけど、まさかあたしと同じ学校じゃないよね?
もしそうだったら、あんなモテなさそうな奴と一緒なんて絶対に嫌!

息を切らせながら、桜ヶ丘学園の校門をくぐる。
舞い散る桜の花びらとチャイムの音が、あたしを迎え入れてくれた。

------------------------------

「え~、転校生を紹介する」

先生が連れてきた女生徒の顔に見覚えがあって、俺は「あ!」と思わず息を飲む。

今朝ぶつかってきて謝りもしなかった、あの生意気な女じゃないか!

「こちら、佐伯優子君だ」

担任の指示で、転校生が自己紹介を始める。

「佐伯優子です。前の学校では優子って呼ばれていました。よろしくお願いしま、ああー!」

佐伯は失礼なことに、俺の顔を指差して叫んでいた。

「あのときの!」
「なんだ、お前たち知り合いか」

先生が目を丸くする。

「丁度いい。君は彼の隣の席に座りなさい。春樹、ちゃんと面倒見てやるんだぞ」

冗談じゃない!

俺と転校生はしばらく固まり、動けなくなる。

「ちょっと。ねえ、ちょっと」

1時間目の授業中、佐伯が声を潜めて俺を肘で突いてきた。

「なんだよ」
「教科書見せなさいよ。あたし転校してきたばっかだから、まだ教科書ないの」
「誰がお前なんかに」
「なによケチ。あんたまだ今朝のこと根に持ってんの? 小さい男ね」
「なんだと!?」
「なによ!」

と、そのとき、飛んできたチョークが俺の額を直撃する。
現国の教師だ。

「お前らうるさいぞー。2人とも廊下に立ってなさい」

水の入ったバケツを2つ持ちながら、俺と佐伯が廊下でも罵り合ったことは言うまでもない。

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昼休みに校舎を案内してくれたのは、同じクラスのさっちゃんだ。
あの春樹とかいう奴と違って、彼女はとても親切にしてくれる。

「ここがピロティ。あっちに旧校舎があってね、夏になったら肝試しするの。行ってみる?」
「うん、見たい」

校庭を横断して、木造の古い校舎の前に立つ。
うららかな陽気と優しく吹く風が心地良かった。

さっちゃんがストレートの黒い髪をかき上げる。

「この校舎の向こうに小さな丘あるでしょ?」

指差す方向に目をやると、さっちゃんの言う通り小さな丘があって、てっぺんに大きな桜の木がそよそよと花びらを散らせていた。

「あの桜の木ね、ちょっとしたジンクスがあるんだ」
「ジンクス?」
「うん。なんか恥ずかしいんだけどね」

さっちゃんは照れたように笑う。

「あの木の前でキスした2人は、永遠に結ばれるんだって」
「へえ」
「うちの卒業生でね、あそこでキスして結婚した人、結構いるらしいよ」
「ホントに?」

確かになんだか恥ずかしい伝説だけど、でもちょっと素敵だなと、あたしは思う。
今日みたいな暖かくて天気のいい日に、運命の人とそうなれたらいいな。

「あれ?」

さっちゃんが不思議そうな顔をして、旧校舎の脇に向かって歩き出す。

「さっちゃん、どうしたの?」
「聞こえない?」
「なにが? …あ!」

小さな木の根元にダンボールが置いてあって、そこからかすかな鳴き声が聞こえる。
あたしとさっちゃんは自然と足早になって歩み寄る。
箱の中には可愛らしい子猫が入っていて、にゃーにゃーと鳴きながらあたしたちを見上げていた。

「捨て猫?」

不安そうにさっちゃんを見ると、彼女も悲しそうな顔をして「そうみたい」とつぶやく。

猫はまだ小さくて、きっとまだ授乳期なんだと思う。

「こんな可愛いのに、捨てちゃうなんて」

あたしはしゃがみ込んで、子猫を抱き上げる。
さっちゃんが横から申し訳なさそうに猫を撫でた。

「どうしよう。うちのアパート、ペット禁止なんだよね」

飼ってあげられないやるせなさはよく解る。
うちもお母さんの猫アレルギーが酷くて、この子を引き取ってあげることができない。

「お腹空いてるのかな?」
「あたし、購買部で何か売ってないか見てくる!」

あたしは財布を取り出して走り出す。

子猫は引き取り手を探すまでの間、あたしとさっちゃんとで面倒を見ようって話になった。

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今日は部活が休みだから早く帰れる。
だけど、こんなことなら学校でのんびりしていればよかったぜ。

細い道路で俺は立ち止まり、振り返って佐伯を睨む。

「なんで着いて来るんだよ!?」
「しょうがないでしょ!? あたしん家こっちなんだから!」

佐伯は相変わらず可愛くない態度だ。

「ハッ!」

俺は憤然と早歩きをした。

待てよ?
あたしん家こっちって、今言ったよな?
確か今朝あいつとぶつかった場所って、ああ!

気づくのが遅かったと、俺は意味のない反省をする。

あそこがあいつの家か!

勢い良く体を反転させる。
佐伯が門を開け、家に入ろうとしてるのが見えた。

俺の視線に気づいた佐伯が警戒心ありありの表情を浮かべる。

「なによ?」
「マジかよ」
「なにがよ?」
「そこ、お前ん家?」
「あたしが他人の家に帰るわけないでしょ?」
「なんてこった」
「はあ?」
「はあ…」

深い溜め息を吐いて、俺は自宅への門を開ける。
背後から驚きに満ちた佐伯の視線を感じた。

あいつが引っ越してきた場所は、俺ん家の隣だった。

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「優子ちゃんってさ、春樹君と付き合ってるの?」
「んな…!」

クラスメートからの唐突な質問に、あたしは思わず口に含んだミネラルウォーターを噴き出しそうになる。

「バ、バカ言わないでよ! 誰があんな奴なんかと!」
「だって、転校初日から仲いいじゃん」
「あれはね、仲がいいんじゃなくって! うんと、詳しく説明するとね、あいつは朝ごはんの仇なの!」
「え!? 一緒に朝ごはん食べる仲なの!?」
「そうじゃなくて!」

幸いなことに、この学園の生徒たちは春樹以外はみんないい人らしくて、昼休みにお弁当を一緒に食べてくれる友達はすぐにできた。

窓の外を見ると昨日と違い、厚い雲が空を覆っていてゴロゴロと機嫌が悪そうな音を出す。

「朝は晴れてたのにねえ」

友達の1人が不服そうに箸を咥える。

「あたし、傘持ってくるの忘れちゃった」
「私もー」

あたしは天気予報を見ていたから鞄に折りたたみ傘を入れてきたけれど、そうじゃない人も多いみたいだ。
何人かが帰りの心配をしていた。

昼休みの後半になるとついに雨は降り出し、その勢いは時間と共に増してゆく。
放課後になる頃には土砂降りの大雨だ。

ホームルームが終わって、あたしはのんびりとその激しい雨音を聴きながら帰り支度をしていた。
と、そこであたしはとても大切なことを思い出す。

「あ! 猫ちゃん!」

この雨だと、昨日の子猫が風邪を引きかねない。
あたしはひったくるようにして自分の鞄を掴むと、猛ダッシュで教室を飛び出した。

バケツの水をひっくり返したような大量の雨を傘で防ぎながら、校庭を駆け抜けて旧校舎へ。
ダンボール箱は木の根元にあったけど、この雨だ。
このまま無事に済むとは思えない。

「あ」

子猫の場所までたどり着くと、そこには先客の姿があった。

男子生徒?
あの憎たらしい後姿は、春樹だ!

春樹が木の根元でしゃがみ込んでいる。
こんな天気なのに傘も持たないで、一体何をしているのだろう。

声をかけようか悩んでいるうちに、春樹は上着を脱いで子猫をそっと包んだ。
それをラグビー選手のように抱え込むと、あいつは猫を守るようにして背中を丸めて走り出す。
その姿は、あっという間に道路へと消えた。

「ふうん」

あたしは鞄を肩にかけ直す。

「あいつ、いいところもあるじゃん」

帰宅すると、親の姿はない。
お父さんは仕事だし、お母さんは親戚の家に遊びに行っている。
2階の部屋で着替え、あたしは居間でテレビのスイッチを入れようとリモコンを持ち上げた。

すると、ピンポーンとチャイムの音だ。

あたしはインターフォンを取った。

「はい?」
「あの、優子さん、いますか?」
「え?」

なんだか弱々しい感じの、男の子の声だ。
誰だろうと思いながら玄関を開けると、そこには緊張したような顔をした春樹が立っていた。

「よ、よう」
「なによ」
「あのさ、お前、猫に、詳しい?」
「え? どういうこと?」
「子猫、拾ったんだけど、何も、喰わないんだ。うち、まだ、親が帰ってこないし、友達に、電話しても、捕まらなかったから、どうすりゃいいのか、わかんなくて」

春樹の声は何故か途切れ途切れで、か細い。

「何も食べないって、何あげたのよ」
「バナナとか、色々」
「バナナ!? あんた、なに考えてんのよ!」
「しょうが、ねえだろ。俺、よく、わかんねえんだから。猫、スゲー元気なくなってるし、お前、なんか、解る、か?」
「あんたん家、子猫用のミルクなんてないよね!?」
「え? ああ、ない…」
「ちょっと待ってて!」

あたしは急いで台所から牛乳を持ち出し、玄関に引き返す。

「猫ちゃんにこれあげ、ちょっと春樹!?」

玄関先で、春樹は両手両膝を着き、呼吸を激しくしている。
まるで渾身の力を込めるかのように、春樹がゆっくりと顔を上げた。

「悪い、その牛乳、貰って行っても、いいか?」
「ちょっと!」

問答無用に、あたしは春樹のおでこに手を当てた。

「凄い熱じゃない!」
「それより、猫が」
「バカ! こんな雨なのに無茶するからよ!」
「お前、なんで、そんなこと、知ってるんだ?」
「いいから! ちょっとこれ持って!」

あたしは強引に傘と牛乳を春樹に持たせる。

「よい、しょっ」
「おい、なにすんだ」
「うるさい!」

春樹の腕を自分の肩に回させて、あたしは病人を連れて隣の家を目指した。

「おい、いいって。自分で、歩け、る」
「そんなへろへろなクセになに言ってんのよ!」
「お前、意外と、いい奴、なんだな」
「か、勘違いしないでよね! べ、別にあんたのためじゃなくって、あたしは猫ちゃんが心配なだけなんだから!」

春樹の家に上がり込み、あたしは靴を脱ぐ。

「猫ちゃんは!?」
「2階の、俺の、部屋」

そこからはなかなかの手間をかけさせられた。
台所で小皿を借りて、元気のない猫ちゃんにミルクをあげて、春樹の靴を脱がせて2階まで肩を貸し、ベットに寝かせる。
濡れたタオルをしぼって春樹のおでこに乗せ、お風呂場から桶を持ってきて氷水を入れた。

お腹いっぱいになった猫ちゃんを見て安心したのか、タオルを取り替える頃になると春樹はすやすやと寝息を立てていた。

「ふう」

2人の病人の面倒を同時に見たような感があって、あたしは春樹の椅子を勝手に借りる。

 男の子の部屋に入るのなんて、初めてだなあ。
それがまさかこいつの部屋だなんて。

「あれ?」

さっきまで夢中で気づかなかったけど、あたしは重要なことを知った。

春樹の部屋の窓を開ける。
そこには隣の家、つまりあたしの家がある。

「嘘でしょ!?」

春樹の部屋は2階。
あたしの部屋も2階。

「あたしの部屋じゃない!」

あたしの部屋の窓と、春樹の部屋の窓は、なんとお互い向かい合っていたのだ。

「はあ」

なんだか力が抜けてしまって、あたしは床にペタリと座り込む。
そんなあたしに、子猫がよたよたと寄ってきた。
にゃーと鳴く猫ちゃんを、あたしは抱っこして顔の高さまで上げる。

「お前のご主人様とは、腐れ縁なのかもねー」

そのご主人様はというと、気楽そうに眠ったままだ。
いつもの憎たらしさがない表情がどこか意外に思えて、ついまじまじと見入る。

「寝顔だけ見ると可愛いんだけどねえ」

次の瞬間、春樹がぱっちりと目を開けた。

まさか、今の聞かれた!?

一瞬にして背筋が凍る。

春樹はむくりと上体を起こすと、あたしの目をまっすぐに見つめた。

「お前」
「え? え?」

春樹はそのまま、顔をあたしに近づけてくる。

「ちょ! ちょ! なに!? え!?」

あたしの両肩に、春樹の手が添えられた。

「ちょっと! なに!? 嘘でしょ!?」

春樹の顔が、すぐ目の前にある!

あたしはぎゅっと強く目をつぶった。

「お前さあ、ツチノコ色のトイレットペーパー伝説にカモメが入ってるな」
「へ?」

間の抜けた声と同時に目を開ける。
春樹はにやあっと満面の笑みを浮かべると、そのままバタンと再びベットに横たわった。

ただ寝ぼけてただけ!?

「っこの、バカーッ!」

男の子の部屋に入ったのは初めてだけど、男の子を本気で殴ったのも初めてだった。

あれだけ大降りだった雨は、いつの間にか上がっている。

続く。

http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/

拍手[60回]

2010
July 21
 家庭内だと主に台所などに出没する、大抵の人から嫌われている黒光りする昆虫のことを、俺はそのままの名称で表現したくない。
 なんか書きたくないのだ。
 ステファニーとかジョンソンとか、適当にネーミングしてもいいのだけれど、それだとステファニーやジョンソンに申し訳ない。
 そこで、たまに飛翔する素早いあの生命力に溢れた虫のことを、ここでは仮に「スパイラルハリケーンクラッシュ」と表現させていただくことにする。

 俺の職場はスナック。
 つまり飲食店なので、どうしてもこのスパイラルハリケーンクラッシュがたまに出る。
 店の女子たちはスパイラルハリケーンクラッシュが苦手なので、主にスパイラルハリケーンクラッシュをクラッシュする係は俺が引き受けている。

 このスパイラルハリケーンクラッシュについて、目を輝かせて話題に上げたのはフロアレディのHちゃんだ。

「あっはっは! 聞いてくださいよー!」

 Hちゃんがお客さんに「愉快でたまらん」といった顔をしている。

「うちのいとこ、スパイラルハリケーンクラッシュが大嫌いなんっすよ。あたしもだけど、スパイラルハリケーンクラッシュだけはホント無理!」

 まあだいたいの人はスパイラルハリケーンクラッシュが苦手だよね。

「そのいとこの足にね!? 今日、なんと!」

 なんと?

「スパイラルハリケーンクラッシュが、いとこの足にスパイラルハリケーンクラッシュが!」

 スパイラルハリケーンクラッシュが!?
 ってゆうか長いな、スパイラルハリケーンクラッシュって。
 まあいいか。
 で、スパイラルハリケーンクラッシュがどうした!?

「登ってきてたの! いとこの足に、スパイラルハリケーンクラッシュが登ってきてたの! あたしもう大笑い!」

 ひでえ。

「いとこ絶叫してのた打ち回ってんだけど、あたしだけ爆笑してた! あれはホント面白かった! みんなにも見せたかった!」

 いとこの子、お気の毒に…。

 笑っていいのか心配したらいいのか悩んでいると、突然Hちゃんが悲鳴を発する。

「うわ! ぎゃあああああ!」

 どうした!?

「あたしの足に、スパイラルハリケーンクラッシュがあ!」

 このタイミングでかよ!?
 仕込んできたのか!?

「いやああああ!」

 たまたま近くにいた俺が咄嗟にスパイラルハリケーンクラッシュにバイオレンスビッグバンキックをシュパっと喰らわせ、退治する。
 突然の恐怖によって過呼吸気味になっているHちゃんの顔を、俺は心配そうに覗き込んだ。

 Hちゃん!
 日記に書いていい!?

「うっせえよ! またあたしネタにされんのかよ!」

 今の出来事は狙ってできるようなもんじゃない。
 むしろ日記にしたら作り話じゃないかと疑われそうで怖いぐらいだ。
 でも俺、書くよ!
 オイシイもの!

「またあたしのことを知る、あたしの知らない人が増える~」

 どんまい!

 なんか許可らしい許可は得られなかったけど、本当に勿体無い話なので書いてしまった。
 ホントどんまい!

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プロフィール
HN:
めさ
年齢:
48
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
 ニコニコ動画などに色んな動画を上げてるぜ。

 基本的に、日記のコメントやメールのお返事はできぬ。
 ざまを見よ!
 本当にごめんなさい。
 それでもいいのならコチラをクリックするとメールが送れるぜい。

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