夢見町の史
Let’s どんまい!
April 01
恥ずかしい話だけれど、僕は小学生の頃、女の子を泣かせるのが大好きな子供だった。
今となっては考えられない感覚だ。
スカートをめくったり、筆箱を持って逃げたり。
可愛いと思った女の子には特に意地悪をし、それこそ毎日のように泣かせたものだ。
なのだけど、僕が何をしても平然とし、泣かない女子がうちのクラスに1人だけいた。
今にして思えば、その子は人一倍、根性があるタイプだったように思う。
思いつく限りの悪口を言っても、怖いお面をかぶって驚かせても、彼女は決して涙を見せることをしない。
あたしに意地悪の効果なんてありませんと言わんばかりに、悪戯っ子のようにペロっと舌を出すだけで彼女のリアクションは終わる。
子供ながらに、プライドを傷つけられた心地だ。
僕はいつしか、その島田という女の子を泣かせることだけを考えるようになっていた。
3年生になっても、島田と僕が一緒のクラスになれますようにと、それはそれは強く邪悪に望んでしまったものだ。
彼女に今まで以上の悪さをしようと、僕は身勝手な決意を固めていた。
ところが運命というのは時として無情なもので、島田と一緒に3年生になれないことがすぐに解る。
「ねえねえ、めさ君、聞いて聞いて。あたし、転校するんだ」
彼女の言葉を初めて聞いたときは動揺を隠しきれなかった。
お前の勝ち逃げじゃねえか。
僕は本気でそのように考えてしまっていた。
もう、どんな手段を使っても構わない。
絶対に彼女を泣かせなければ気が済まない。
僕は悪ガキ仲間に集まってもらうことにした。
いや、それだけじゃ足りない。
クラスメイトほぼ全員に、僕は連絡を取る。
「島田を呼び出して泣かせようぜ。ぜってー来いよ」
そして、春休みの4月1日。
親がいない頃を見計らって、僕は再び受話器を手にする。
「もしもし、島田? 今から公園に来いよ。みんなと遊ぼうぜ」
公園では既に、うちのクラスの連中が待機していた。
やがてやって来た島田に、僕は勝ち誇ったように怒鳴りつける。
「誰がテメーなんかと遊ぶかバーカ! 今から全員で、お前が泣くまでぶっとばすからな!」
一瞬にして、皆が島田を取り囲む。
さすがの島田も青ざめていたが、まだまだこんなものじゃ僕の気は収まらなかった。
「目ェつぶれ」
高圧的に、僕は命じる。
「俺がいいって言うまで、目ェつぶってろよ。言うこと聞かねえと、もっと酷い目に合わせるぞ!」
少し震えながら、ゆっくりと島田が目を閉じる。
彼女は下を向き、両手を強く握っていた。
それを確認して、僕は集まってもらった連中に「やれ」と目で合図をする。
次の瞬間、まるで刑事ドラマの撃ち合いのような音。
銃声にも似た数々の破裂音が四方八方から島田に襲いかかる。
突然の大きな音に、島田がビクッと体を緊張させた。
やがて、破裂音が途切れ、消える。
僕は静かに「もう目ェ開けていいぞ」と島田に告げた。
恐る恐るといった風に、島田がゆっくりと目を開ける。
このとき、彼女の目には予想外のものが映ったはずだ。
自分を囲うたくさんの笑顔と、1人1人が手にしているパーティ用のクラッカー。
照れくさそうに花束を持っている僕の姿。
島田はキョトンとしていて、完全に言葉を失っていた。
気恥ずかしい気持ちがあって、僕は島田の目を見ず、ぶっきらぼうに言い捨てる。
「お前をぶっとばすなんて、エイプリルフールの嘘だバーカ。お前が春休みの間に引っ越すって言うから、学校でお別れ会できねえじゃん。だから今日、やることにした」
ほらよ。
と乱暴に、僕は島田に花束を持たせる。
続けて島田と仲の良い女子が皆を代表して、クラスメイト全員で書いた色紙をプレゼントした。
「島田、俺たちのこと、ぜってー忘れるなよ! 忘れたら今度は本当にぶっとばすからな!」
僕が本音を言うと、島田は涙でぐしゃぐしゃになりながら「ありがとう」と言ってくれた。
やっとだ。
やっとこの女を泣かせることができたぞ。
僕は満足感でいっぱいになる。
僕や、集まってもらったみんなまで泣いてしまったのは計算外だけれど、まあいいか。
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あれからずいぶんと時が流れ、僕は年齢だけを見れば立派な大人になっている。
恋人にこの話をすると、彼女は「ホント酷い」と言ってコロコロと笑うばかりだ。
「まあ、確かに当時の俺は酷かったけどさ、小学生のやることじゃん。それに、お別れ会のアイデアは悪くなかったと思わない?」
「うん、悪くない。ねえ、覚えてる?」
「何を?」
「めさ、あの時『いつか絶対にまた逢うからな!』って大泣きしてたよねー」
「うおい、恥ずかしいこと思い出すなよ」
「大人になってからでも何でも、いつか絶対また逢うからなー。うえええん」
「うわあ、やめてくれよ、恥ずかしい!」
「子供の頃の仕返し」
悪戯っ子のようにペロっと舌を出す彼女の仕草は、あの頃のままだった。
ちなみに彼女はもうすぐ、島田ではなく、僕と同じ苗字になる予定だ。
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という嘘エピソードを、エイプリルフールにアップしてみる。
皆さん、ハッピーエイプリル!