夢見町の史
Let’s どんまい!
2010
March 31
March 31
will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/
<万能の銀は1つだけ・4>
2人の剣士を乗せた船が潮騒を掻き分けて離島を目指している。
向かう先は神殿で、レーテルとガルドはそこの神官に用があった。
彼らが自衛士たちの元を訪れたのは昨日のことだ。
今まで起きた謎の殺人事件の凶器が全てクレア銀である可能性や、ルキア少年が目撃した「クレアの短剣が独りでに動いて母を攻撃した」という供述を、レーテルとガルドは必死になって説明していた。
自衛士の隊長が苦笑を交えて言う。
「今までそのような報告を受けていませんのでね、いきなりは一連の事件とクレア銀とを結びつけて考えることは難しいですな」
その言葉にガルドが「俺の息子の証言だぞ!」と椅子から激しく立ち上がろうとするのを、レーテルは片手で制す。
そのままの姿勢で、レーテルは自衛士隊長を穏やかに見つめた。
「もちろん、今すぐに信じろと言われても難しいでしょう。なので裏づけを取ってもらえませんか? 謎になっている連続殺人事件で、凶器が残っているケースがあるでしょう? それらが全てクレア銀であるのかどうか」
隊長はガルドの気迫に圧されながらも、「いいでしょう」と歯を見せた。
船上では風を頬に受け、レーテルは物思いにふけっている。
ガルドはというと船酔いで、船室で横になったままだ。
意外なことに、ガルドは船に弱い。
「ルキアは船に乗ると大はしゃぎなんだが、俺ァ昔から船が苦手なんだよ。神殿にはオメーだけで行ってこねえか?」
大柄な剣士は出発前にそのようなことをレーテルにぼやいていた。
神殿への用事はレーテルだけでも充分に事足りるものだが、神官の告げる内容によってはガルドをその場で納得させなくてはならない。
今後の行動をどうするべきかを神官に相談することが目的だからだ。
レーテルは連続殺人事件の凶器が全てクレア銀製品なのではないかと考えている。
何者かは解らないが、広範囲に広がっている団体がクレア銀の持ち主を探し出し、対象人物からクレア銀を奪い、そのまま殺害したと考えるのが妥当だろう。
しかしガルドの仮説は非常に乱暴で、「理屈は解らねえがクレア銀が勝手に動く」と息子の目撃談を一身に受け止めてしまっているのだ。
そのような破天荒な力説をされては、昨日の自衛士隊長もさぞかし対応に困ったに違いない。
「まあ落ち着けよガルド」
屯所を出てしばらく後、レーテルは相棒をたしなめにかかった。
「クレアの短剣が勝手に動いたって証言は、恐怖で混乱したルキアの見間違いや白昼夢の可能性だってあるだろう?」
「ンなわきゃねえ」
ガルドは憤然と鼻を鳴らす。
「混乱するぐれえの恐怖ってんなら、それこそ短剣が勝手に襲いかかってきたぐらいでねえと説明つかねえだろうが」
「まあ、そう決めつけるなよ」
「これァ決めつけじゃねえ。俺はルキアを信じてるんだ」
ガルドはそう胸を張った。
レーテルはその様を見て、何故だか微笑ましさのような感情を覚える。
彼の言葉を「女房が命懸けで守った男の言葉を信じているだけだ」と変換できたからだ。
ガルドはおそらく、妻を失った悲しみに沈みそうになることを避けるために、全身全霊を込めて事件に取り組もうとしているのだろう。
レーテルが親友の背を2度、軽く叩く。
「俺もだガルド。俺もルキアが嘘を言ってるなんて少しも思ってない。ただな? クレア銀が勝手に動くのなら、動き出す原因と理由があるだろう?」
「ああ。まあ、そうだろうな」
「魔術師みたいな何者かに操られて動くのか、超常現象のような力が働いているのかは解らんが、クレア銀が事件に何らかの関わりがあるってことは、俺も思う。だから1つ1つ調べていこう」
「調べるって、何をだ?」
「クレア銀がどれだけ事件に関わっているのか、関わっているのなら、それは何故か」
「どうやって調べんだ?」
「お前も少しは考えろよ」
そこで2人は悩んだ末に、神官に助言を請うことにしたのである。
信仰心のないガルドは「神頼みかよ」と不服そうだったが、神官や巫女は代々に渡って人を導くことが宿命とされているし、何より今の神官は頭脳明晰だ。
レーテルはきっと良い指導をしてくれると密かに期待していた。
船の進む方向に目をやると、遥か前方にうっすらと天空山脈が望め、その手前には神殿島がもう近くに見える。
レーテルは船酔いで唸っているであろう友を起こすため、船室へと向かう。
「なるほど、お話は解りました」
神官は安らぎを与えるかのような微笑みを浮かべているが、ガルドの妻が亡くなったとの悪報を知ったせいかどこか表情に影がある。
神官である彼は過去に酷い難産のために妻を失っているので、その辛さが解るのだろうとレーテルは察しをつけた。
久しぶりに訪れた神殿は相変わらず閑静で、人が少ないせいで広く感じる。
均等の間隔で立ち並ぶ円柱の柱や壁に描かれた絵画、そして静寂がレーテルを神聖な気持ちにさせる要因となっていた。
祭壇には優しげな日の光が降り注いでいて、今から天使が降臨しても不思議ではないといった雰囲気をかもし出している。
特別な行事でもない限り普段なら滅多に人が訪ねてくることなどないのに、神官の男はきちんと礼服を着込んでいて、髭の手入れもされているようだった。
おそらく彼は毎日のように、このような正装を心掛けているのだろう。
「実は今日、ガルドと一緒に来ているんですが」
レーテルは神官に対し、申し訳なさそうに眉をひそめる。
「奴は船酔いが酷く、表で休んでいます」
「そうですか」
神官は「無礼だとは思わないので気にしないでください」と言わんばかりに笑み、髭を少しさすった。
その時、視界の狭間で何かが動くように見えてレーテルは反射的に視線を投げる。
祭壇を正面に見て右手には神官の生活空間へと続く扉があり、これが開いたのだ。
神官の娘が、そこには立っていた。
「お父様、お客様ですか?」
まだ幼いこの娘はレーテルの記憶によるとまだ3歳のはずだったが彼女はどこか大人びており、しっかりとした言葉を使った。
「いらっしゃいませ」
彼女も父親と同様、正式な白色の装束を纏っている。
輝かしい銀髪と、ルメリアでは他に類の無い真っ赤な瞳が神秘的で美しい。
神官は娘の登場に驚くでもなく、ただ穏やかに告げた。
「レビア、今は大切な話をしているから、まだお部屋で遊んでおいで」
「私もこの剣士の方に告げたいことがあって伺いました」
この言葉にレーテルはますます幼児にはない知性を感じる。
レビアの母親の魂がそっくりそのまま娘に乗り移ってしまったのかと連想してしまうほどだ。
今は亡き神官の妻、つまり先代の巫女は出産を終えたことで天に召されているから、レーテルはふとそのような想像を浮かべてしまっていた。
歩み寄ってくる娘に、レーテルは視線を合わせるようにしゃがむ。
「僕に告げたいこと?」
「はい」
娘の持つ鮮やかな赤い瞳は真っ直ぐにレーテルを捉えている。
そのままレビアは、レーテルと父親とを同時に驚かせるようなことを口にした。
「あなたのご友人の剣は大丈夫です。しかし、それ以外のクレア銀は全て破壊せねばなりません」
<巨大な蜂の巣の中で・4>に続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/
<万能の銀は1つだけ・4>
2人の剣士を乗せた船が潮騒を掻き分けて離島を目指している。
向かう先は神殿で、レーテルとガルドはそこの神官に用があった。
彼らが自衛士たちの元を訪れたのは昨日のことだ。
今まで起きた謎の殺人事件の凶器が全てクレア銀である可能性や、ルキア少年が目撃した「クレアの短剣が独りでに動いて母を攻撃した」という供述を、レーテルとガルドは必死になって説明していた。
自衛士の隊長が苦笑を交えて言う。
「今までそのような報告を受けていませんのでね、いきなりは一連の事件とクレア銀とを結びつけて考えることは難しいですな」
その言葉にガルドが「俺の息子の証言だぞ!」と椅子から激しく立ち上がろうとするのを、レーテルは片手で制す。
そのままの姿勢で、レーテルは自衛士隊長を穏やかに見つめた。
「もちろん、今すぐに信じろと言われても難しいでしょう。なので裏づけを取ってもらえませんか? 謎になっている連続殺人事件で、凶器が残っているケースがあるでしょう? それらが全てクレア銀であるのかどうか」
隊長はガルドの気迫に圧されながらも、「いいでしょう」と歯を見せた。
船上では風を頬に受け、レーテルは物思いにふけっている。
ガルドはというと船酔いで、船室で横になったままだ。
意外なことに、ガルドは船に弱い。
「ルキアは船に乗ると大はしゃぎなんだが、俺ァ昔から船が苦手なんだよ。神殿にはオメーだけで行ってこねえか?」
大柄な剣士は出発前にそのようなことをレーテルにぼやいていた。
神殿への用事はレーテルだけでも充分に事足りるものだが、神官の告げる内容によってはガルドをその場で納得させなくてはならない。
今後の行動をどうするべきかを神官に相談することが目的だからだ。
レーテルは連続殺人事件の凶器が全てクレア銀製品なのではないかと考えている。
何者かは解らないが、広範囲に広がっている団体がクレア銀の持ち主を探し出し、対象人物からクレア銀を奪い、そのまま殺害したと考えるのが妥当だろう。
しかしガルドの仮説は非常に乱暴で、「理屈は解らねえがクレア銀が勝手に動く」と息子の目撃談を一身に受け止めてしまっているのだ。
そのような破天荒な力説をされては、昨日の自衛士隊長もさぞかし対応に困ったに違いない。
「まあ落ち着けよガルド」
屯所を出てしばらく後、レーテルは相棒をたしなめにかかった。
「クレアの短剣が勝手に動いたって証言は、恐怖で混乱したルキアの見間違いや白昼夢の可能性だってあるだろう?」
「ンなわきゃねえ」
ガルドは憤然と鼻を鳴らす。
「混乱するぐれえの恐怖ってんなら、それこそ短剣が勝手に襲いかかってきたぐらいでねえと説明つかねえだろうが」
「まあ、そう決めつけるなよ」
「これァ決めつけじゃねえ。俺はルキアを信じてるんだ」
ガルドはそう胸を張った。
レーテルはその様を見て、何故だか微笑ましさのような感情を覚える。
彼の言葉を「女房が命懸けで守った男の言葉を信じているだけだ」と変換できたからだ。
ガルドはおそらく、妻を失った悲しみに沈みそうになることを避けるために、全身全霊を込めて事件に取り組もうとしているのだろう。
レーテルが親友の背を2度、軽く叩く。
「俺もだガルド。俺もルキアが嘘を言ってるなんて少しも思ってない。ただな? クレア銀が勝手に動くのなら、動き出す原因と理由があるだろう?」
「ああ。まあ、そうだろうな」
「魔術師みたいな何者かに操られて動くのか、超常現象のような力が働いているのかは解らんが、クレア銀が事件に何らかの関わりがあるってことは、俺も思う。だから1つ1つ調べていこう」
「調べるって、何をだ?」
「クレア銀がどれだけ事件に関わっているのか、関わっているのなら、それは何故か」
「どうやって調べんだ?」
「お前も少しは考えろよ」
そこで2人は悩んだ末に、神官に助言を請うことにしたのである。
信仰心のないガルドは「神頼みかよ」と不服そうだったが、神官や巫女は代々に渡って人を導くことが宿命とされているし、何より今の神官は頭脳明晰だ。
レーテルはきっと良い指導をしてくれると密かに期待していた。
船の進む方向に目をやると、遥か前方にうっすらと天空山脈が望め、その手前には神殿島がもう近くに見える。
レーテルは船酔いで唸っているであろう友を起こすため、船室へと向かう。
「なるほど、お話は解りました」
神官は安らぎを与えるかのような微笑みを浮かべているが、ガルドの妻が亡くなったとの悪報を知ったせいかどこか表情に影がある。
神官である彼は過去に酷い難産のために妻を失っているので、その辛さが解るのだろうとレーテルは察しをつけた。
久しぶりに訪れた神殿は相変わらず閑静で、人が少ないせいで広く感じる。
均等の間隔で立ち並ぶ円柱の柱や壁に描かれた絵画、そして静寂がレーテルを神聖な気持ちにさせる要因となっていた。
祭壇には優しげな日の光が降り注いでいて、今から天使が降臨しても不思議ではないといった雰囲気をかもし出している。
特別な行事でもない限り普段なら滅多に人が訪ねてくることなどないのに、神官の男はきちんと礼服を着込んでいて、髭の手入れもされているようだった。
おそらく彼は毎日のように、このような正装を心掛けているのだろう。
「実は今日、ガルドと一緒に来ているんですが」
レーテルは神官に対し、申し訳なさそうに眉をひそめる。
「奴は船酔いが酷く、表で休んでいます」
「そうですか」
神官は「無礼だとは思わないので気にしないでください」と言わんばかりに笑み、髭を少しさすった。
その時、視界の狭間で何かが動くように見えてレーテルは反射的に視線を投げる。
祭壇を正面に見て右手には神官の生活空間へと続く扉があり、これが開いたのだ。
神官の娘が、そこには立っていた。
「お父様、お客様ですか?」
まだ幼いこの娘はレーテルの記憶によるとまだ3歳のはずだったが彼女はどこか大人びており、しっかりとした言葉を使った。
「いらっしゃいませ」
彼女も父親と同様、正式な白色の装束を纏っている。
輝かしい銀髪と、ルメリアでは他に類の無い真っ赤な瞳が神秘的で美しい。
神官は娘の登場に驚くでもなく、ただ穏やかに告げた。
「レビア、今は大切な話をしているから、まだお部屋で遊んでおいで」
「私もこの剣士の方に告げたいことがあって伺いました」
この言葉にレーテルはますます幼児にはない知性を感じる。
レビアの母親の魂がそっくりそのまま娘に乗り移ってしまったのかと連想してしまうほどだ。
今は亡き神官の妻、つまり先代の巫女は出産を終えたことで天に召されているから、レーテルはふとそのような想像を浮かべてしまっていた。
歩み寄ってくる娘に、レーテルは視線を合わせるようにしゃがむ。
「僕に告げたいこと?」
「はい」
娘の持つ鮮やかな赤い瞳は真っ直ぐにレーテルを捉えている。
そのままレビアは、レーテルと父親とを同時に驚かせるようなことを口にした。
「あなたのご友人の剣は大丈夫です。しかし、それ以外のクレア銀は全て破壊せねばなりません」
<巨大な蜂の巣の中で・4>に続く。
PR