夢見町の史
Let’s どんまい!
April 13
will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/
<巨大な蜂の巣の中で・4>
アンドロイドを相手に「生け捕りにする」という表現は正しくなさそうだ。
しかしだからといって他に相応しい言い回しが思い浮かぶこともない。
私は窓に「透けろ」とつぶやいた。
言い終わると同時に曇りガラスのようだった窓が透明になり、色鮮やかなシティの夜景を映し出す。
外は生憎の天気で、霧雨が遠くのネオンを擦れさせてしまっている。
私は湯気を立ち昇らせるコーヒーに、ゆっくりと口を近づけた。
どうやら、ナースのジルが人間ではないという情報は正しいことらしい。
短く溜め息を吐くと、薄い湯気が小さく私の口から漏れる。
メリアと同じ姿を持つアンドロイドは昨日、約束通り私のマンションを訪ねてきていた。
「レミットさん、夜分にすみません」
「ああ、構わないよ。詳しい話をしてくれるかな?」
「はい。先ほどの電話でも報告しましたが、ナースのジルはアンドロイドです。向こうから私に接触がありました」
彼女たちアンドロイドはテレパシーというべきか、携帯電話のような機能が頭部に内蔵されているらしい。
アンドロイド同士であれば、実際に喋ることなく、思念の声でコミュニケーションが取れるのだそうだ。
ジルはそれを用い、メリア型のアンドロイドに通信をしてきた。
「ちょっと待ってくれないか」
私はメリアの、いや。
メリアのようなロボットの話を遮る。
「そんな通信が可能だったなんて知らなかった。その機能を君が使えば、アンドロイドの特定なんて簡単だったんじゃないか?」
「それが」
困ったときに唇を少し尖らせ、泣きそうな表情になってしまうところも、このロボットはメリアを完璧に再現している。
「私は他のアンドロイドのIDが解らないのです。IDがないと、通話ができません」
「じゃあジル君が君のIDを一方的に知っていて、一方、君のほうでは連絡可能なアンドロイドはいないというわけか」
「はい、申し訳ありません。ただ、1度通話をしたことから、ジルさんに扮したアンドロイドとは通話が可能になりました」
「なるほどね。で、彼女はなんと?」
「それが一言だけ。『計画は進んでいるか?』と」
「患者の洗脳がどれぐらい進行しているのかを訊かれたわけだね。それで君は、どう返したんだい?」
「私が相談をしたい内容は、実はこの先にあるのです」
メリアに成りすましているこのアンドロイドは、この「計画は進んでいるか?」という単純な質問にどう答えるかで大いに悩んだという。
実際は誰も洗脳していないので、「計画が進んでいる」と返せば近い将来、何事も変化しないことから必ず嘘が発覚してしまう。
かといって正直に「計画が滞っている」と報告するのも好ましくない。
計画通りに行かない理由や原因を追求されでもしたら、それこそ嘘を上塗りすることになり、ボロが出やすくなってしまったことだろう。
「じゃあ君は、どう切り替えしたんだい?」
「その場では得策といえるような回答が浮かびませんでした」
「確かに難しい質問をされたもんだね。同情するよ」
「やむを得ず、どうにか絞り出した言葉は、『連絡があって助かった。トラブル発生。私の記憶が一部欠損したらしく、計画について思い出せない。相談に乗ってほしい』――」
つまりアンドロイドは問題を先送りにし、私のところにやってきたということらしい。
彼女はメリアが困ったときと全く同じ顔を、私に向けてきている。
このアンドロイドにはおそらく、本当に何かしらのデータ欠損、もしくはプログラムミスがあるのだと私は思っている。
ソドム博士によって作製されておきながら、博士の計画を阻止するために行動しているからだ。
ところが今回、ジルが接触してきたことで、メリアは自分の記憶に不備があることを伝えてしまった。
下手をすれば本来あるべき状態に、メリアは直されてしまう恐れがこれで出てきた。
「私の独断で回答してしまい、すみません」
「いや、仕方ないよ。で、ジルはなんと?」
「彼女は明日、私の部屋まで来るそうです。おそらく私を診断することが目的でしょう。もしかしたら、私はその場で回収されてしまうかも知れません」
「診断をされてしまったらお終いだな」
「はい。こちらから先手を打って攻撃することも、リスクを伴います」
ここで彼女のいうリスクとは、やはりアンドロイドの自爆機能のことだろう。
不意打ちをかけることによって我々からの攻撃は成功するだろうが、それによってジルが自爆という行動を選択を取ることは当然のように思える。
そうなっては騒ぎが大きくなるし、得たい情報も得られなくなるし、何よりもメリアまでもが壊れてしまう。
そこまで考えて、私は短く「あ」と口にした。
「どうかしましたか? レミットさん」
「いや、なんでもない」
私はこのロボットのことを心の中で、たまに「メリア」と人間の名で呼んでいなかったか?
「とにかく、ジルを生け捕りにする作戦を考えよう。明日までにね」
こうして今日、私はメリアの部屋で待機をしている。
窓に「曇れ」と命じ、ガラスの透明度を元通りにする。
時計に目をやると、そろそろ2体のアンドロイドがこの部屋にやってくる頃だ。
私はクローゼットの中に身を潜ませ、「消灯」と口にすることで部屋の明かりを消しておく。
私が勝手に使っていたコーヒーカップは自動的に洗浄され、食器棚に戻っていくので問題ない。
真っ暗闇とメリアの洋服の香りに包まれ、私は自然と息を殺す。
我々の作戦はいたってシンプルなものだ。
「私の考えでは、アンドロイドは首を切断してしまえば爆発できなくなります」
どうやら彼女たちアンドロイドは人間と同じように、頭部から体中に指示を出すことで動いているようだ。
「一方、自爆の機能は胴体部分に搭載されています」
「つまり、自爆するなんて判断をされるまえに首を切断すれば問題ないと?」
「はい」
「危険だ。リスクが大きすぎる。それに、切断が成功したとしても、そうなってはもうジル君に扮したアンドロイドからは情報なんて聞き出せないんじゃないのか?」
「メモリも頭部にあります。私ならそれを解析できます」
「しかし成功率があまりにも――」
「立体映像を使います」
このアンドロイドにのみ許された個別の機能を、私は思い出す。
彼女の眼球と、アタッチメントである携帯電話との間であれば、それこそ実物と区別ができないまでに見事な立体映像を照射できる。
「私は玄関ポストに携帯電話を忍ばせておきます。暗殺専用アンドロイドの幻影を作り、ジルさんを攻撃するかのように見せかけます」
ジル型アンドロイドが幻に対して抵抗しているところを見計らって、メリア型である彼女が背後からレーザーナイフで敵の首をはねる。
失敗したとしても、アンドロイドがする自爆とは、自分の半径1メートルほどを完璧に溶かすといった範囲が定められるものであって、少し離れさえすれば何の被害もないらしい。
メリアと同じ顔が、心配いりませんと弱々しく私に微笑んでいた。
しかし私はこうして銃を携え、メリアの部屋に潜伏している。
何かあったら手を貸したいと思ったし、もう1つ見ておきたいものがあったからだ。
私はメリアと同じ声色を思い返す。
「暗殺専用アンドロイドの幻影を作り、ジルさんを攻撃するかのように見せかけます」
暗殺専用アンドロイド。
それはつまり、本物のメリアを殺し、その死体を消滅させてしまった奴のことだと私は察しをつけた。
コードネームは確かデリートといったか。
そのデリートの幻影をこの目に焼きつけることが、私の中ではとても無視できない目的となっている。
おそらく、メリアに似せて作られたロボットに「デリートの顔を立体映像で見せてくれ」と頼んでも無駄だろう。
彼女はメリアと同じ記憶と性格を設定されているから、私が復讐を望むことに反対するだろうし、ましてやその復讐を実行するだなんてとんでもないことに違いない。
私はしかし、復讐のためにデリートというアンドロイドの顔を見る。
そのように決意を固めてしまっていたのだ。
ところが今日、結果だけを述べてしまえば、私の望みは叶わない。
デリートとやらの顔を確認できなかったのだ。
メリアと同じ姿のアンドロイドが、作戦を発動させるまでに至らなかった。
戦闘すらが発生しなかったからだ。
本来のジルは明るいナースといった雰囲気で、笑顔の眩しい娘だ。
黒のショートカットがよく似合っていて、患者からの人気も高いし、医師たちからの人望も厚い。
そんなジルの表情や発声は、クローゼットの中から観察する限り、異常な冷たさをはらんでいた。
しかしそれは間違いなく、ジルの声だ。
「なあメリア。私と一緒にソドムの計画を阻止し、彼を暗殺しないか?」
<そこはもう街ではなく・5>に続く。