夢見町の史
Let’s どんまい!
2010
September 04
September 04
【脚本】一部屋のトライアングル
団長(男)
秋燈(女優)
さおり(脚本家)
優美(メイク)
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秋燈「あたし、もうダメかも…。頑張れないや…。団長を好きな気持ち、もう抑えきれない…」
団長「ふふふふふ~。ん~? ごめん、よく聞こえなかった。もう1回やってくれないかなあ!」
秋燈「ちっ! …じゃ、じゃあもう1回いきます。コホン。…あたし、もうダメかも…。頑張れないや…。団長を好きな気持ち、もう抑えきれない…」
団長「きゃっほーい! イエスッ!」
秋燈「団長」
団長「ん?」
秋燈「なんでここのセリフ、相手の名前が団長なんですか?」
団長「なんだよ。別にこれは演技の練習なんだから、名前なんてどうでもいいじゃないか」
秋燈「よくありません!」
団長「なんでだよ? せっかくだからいい気分になりたいっていう、俺の純粋な気持ちはどうなる?」
秋燈「立場を悪用しないでください! セクハラで訴えますよ!?」
団長「これはね、セクハラなんかじゃ断じてない! 演技指導!」
秋燈「だったら名前のところ、団長じゃなくって、ユウスケ君にしてくださいよ」
団長「ユウスケ? はん! あんな顔が良くて、演技が上手くて、人気者の役者なんて駄目駄目!」
秋燈「なんでですか?」
団長「見ててなんか悔しくなるから」
秋燈「完っ全に私利私欲に走ってるじゃないですか」
団長「ち、違う! これはあくまで、演技指導ってゆうかだな、ほら、アレだ。カッコイイ奴とやるラブシーンより、親兄弟とやるラブシーンのほうが難しいだろ? そういうのに慣れておかなきゃ、これから先色々なシーンをだな、演じられないぞ?」
秋燈「顔が笑ってるのはなんでですか? あと、団長は親でも兄弟でもありません」
団長「そんな子に育てた覚え、ないのに?」
秋燈「ないなら、尚さら家族じゃないじゃないですか!」
団長「いいからいいから。ほら、アレだアレ」
秋燈「なんですか?」
団長「さっきのシーン、どうも気になるんだ。もう1回、行こっか!」
秋燈「(団長に聞こえないように)…っこの、ブタ野郎…! 迷ってたけど、もう決めた! 毒殺してやる。こないだたくさん毒仕入れちゃったんだから。もうホント使ってやるんだから。あとでコーヒーに入れて、飲ませてやるんだから」
団長「なにぶつぶつ言ってんだ?」
秋燈「い、いえっ! な、なんでもないですっ!」
団長「じゃ、早く早く。スタンバイスタンバイ」
秋燈「…ぬう…!」
さおり、入場。
さおり「団長、ちょっといいですかぁ?」
団長「おー、さおりちゃん。どうしたんだ? 相変わらず可愛いぞ?」
さおり「も~、やだ~。団長ったら」
秋燈「あ、あの、団長!」
団長「ん?」
秋燈「あたし、ちょっと疲れちゃったんで、一旦休憩挟みませんか?」
団長「ああ、そうだな。じゃあ、少し休憩にしようか」
秋燈「(悪い顔で)じゃあ、ちょっとコーヒー淹れてきますね」
団長「お。気が効くねえ。頼むよ」
秋燈「はーい!」
秋燈、退場。
さおり「でさでさ、団長~」
団長「うん、なに?」
さおり「あたし、今書いてる脚本で、どうしてもセリフで行き詰っちゃって、団長に相談したいんですよ~」
団長「なんだって!? さおりちゃんほどの天才がかい!?」
さおり「(団長に聞こえないように)ちっ。よく言うわ。あたしの脚本、舞台で使ったことなんてないクセに」
団長「…え? 今、なんて?」
さおり「いや今、団長の明晰な頭脳をお借りしたいな~って言ったんですぅ」
団長「はっはっは! そうかそうか! …この俺の、なんだって?」
さおり「…うっぜぇ。…だ、団長のその、素晴らしいお知恵を~」
団長「ったくぅ、仕方ないなあ! さおりちゃんがそこまで言うんなら、やむを得まい。協力してやっても、いいぜ…?」
さおり「…なんだそのクソキャラ。…うわあ、嬉しいっ! ありがとうございます団長~」
団長「で、俺は何をすればいいんだい?」
さおり「…死ねばいいのに。…あのですね? 恋人のお別れのシーンなんですけど、男役が言う別れセリフが、どうしても出てこないんですよ~」
団長「ほうほう。どれどれ?(さおりから脚本を受け取る)…ん~、なるほど。この男の人は、なかなかのロマンチストみたいだねえ」
さおり「そうなんですよ~。彼女さんとお別れを決意するんですけど、それがもう、この世の終わりみたいに考えちゃってて、死ぬ想いで言葉を絞り出すんです~」
団長「なるほどねえ。そのときの男のセリフを、俺が考えればいいのかな?」
さおり「はいっ! なるべく、こう、恋愛についてでなくって、何もかも全てからお別れしちゃうような、意味深なセリフにしたいんですよ~。お願い、できますか?」
団長「ん~。そうねえ。こういうのはどうだろう。『僕は今、絶望の中にいる』――」
さおり「(紙とペンを渡しながら)書いて書いて!」
団長「え? あ、ああ」
優美、入場。
優美「あー、団長! まだいてたんですかー?」
団長「おーう! 優美ちゃん! どうしたの?」
優美「どうしたの、じゃないでしょ~! この部屋掃除するって、あたし言ってたじゃないですか」
団長「あ、そういえば…」
優美「ほら、出てって出てって。さおりちゃんも、ごめんね?」
さおり「いえ~。じゃ団長、あっちで書いてくださいよぅ」
団長「おう、そうだな。そうしよう」
団長とさおり、退場。
優美「…ふう。これで良し、と。(団長の椅子に向かってしゃがむ)ふふ。…ここのスイッチを入れれば、団長が座った瞬間、罠が作動してナイフが飛び出し、あの男の胸に…! …お父さん、あれだけの役者やのにクビにするなんて、あたし、絶対に団長を許さへん!」
秋燈、コーヒーを手に入場。
秋燈「失礼しまーす! …あれ?」
優美「わあ! あ、秋ちゃん!?」
秋燈「あ、優美さん、団長は…?」
優美「えとね、さっき追い出したよ?」
秋燈「追い、出した? なんでですか?」
優美「え。いやほら、あ、あたし、部屋の掃除しようと思ってて、それで、ね!」
秋燈「ふうん、そうなんですか…。せっかく団長に毒、ううんっ! コーヒー淹れてきたのに…」
優美「コーヒー? あ、ちょうどよかった~。それって、あたしが貰ってもいい?」
秋燈「え!?」
優美「団長にはあとで、あたしからコーヒー淹れておくから」
秋燈「いや、でも…っ!」
優美「ちょっと初めての殺しで緊張、じゃなかった! 色々あって喉渇いててん。もらうね~」
秋燈「だっ…! ダメダメダメダメッ!」
優美「…なんで?」
秋燈「あ、あの、これはあのっ! うんと、団長のための、その、特別なコーヒーで…」
優美「特別?」
秋燈「そ、そう! これはその、あたしがですね? その、自分で育てた豆!」
優美「自分で育てたぁ!?」
秋燈「そう! 団長にですね? 飲んでもらおうと、こう、毎日お水をあげてですね、育てたんです。だから1人分しかなくって」
優美「…もしかして、秋ちゃん? 団長のこと…」
秋燈「うええ!?」
優美「上?(見上げる)」
秋燈「いえっ! そう! あ、あたし、団長のこと、す、すす、好き! なんです…」
優美「え!? そうなん!? 普段、なんか嫌がってるように見えたのに…」
秋燈「あれはですね、ポーズですポーズ!」
優美「そうなんやぁ。だったら言ってくれれば、あたし毎日秋ちゃんにメイクしてあげてたのに」
秋燈「いいええっ! ありのままの自分でいたいんでお構いなく!」
優美「あ、そうなん? …あのさ、秋ちゃん」
秋燈「…はい?」
優美「もしさ? 団長が死んじゃったらさ? その、悲しい、よね…?」
秋燈「そんなの嬉しいに決まっ、いえ! ものすっごい悲しいと思いますっ!」
優美「思いますって、なに? でも、そうやんねえ…? 悲しいよねえ…」
秋燈「?」
紙を持った団長とさおり、入場。
団長「(紙を読み上げる)『僕は今、絶望の中にいる。失意の底でこれ以上あがくのはもう無理だ。僕は、僕の全てに別れを告げよう。今までありがとう。さようなら』…って感じでどうだろう?」
さおり「最高の遺書、じゃない! 最高のセリフです団長~!」
団長「そうだろう?(紙をさおりに渡し、椅子に座ろうとする)」
優美「危ないッ!(団長を突き飛ばす)」
団長「うわ! な、なんだよ優美ちゃん、いきなり!」
優美「まだ死んだらアカン!」
団長「…ふえ?」
優美「団長は確かにダメな大人やけど、それでも待ってる人がいてるんです!」
団長「なんで俺、今説教されてんの?」
秋燈「だ、団長! コーヒー淹れておきまし、わああ!(転ぶ)」
団長「あっちぃ!」
さおり「あああ! せっかく書かせたのに~!」
秋燈「す、すみません! …ヤケドで済ませるつもりじゃなかったのに…」
団長「あーあ~。びしょびしょだ。でもまあ、これまだ読めるからいいよね? ちょっと汚れちゃったけど、はい、さおりちゃん」
さおり「ダメです! 書き直してください!」
団長「…え、なんで?」
さおり「どこの世界にコーヒーまみれの遺書、…いえ、やっぱいいです」
優美「秋ちゃん、大丈夫? ヤケドしなかった?」
秋燈「え、はい! 平気です」
団長「なんで俺の心配をしないんだ?」
さおり「それより団長、もう1つお願いしたいセリフが~」
団長「おいおい、今度はなんだよ」
さおり「えっと、どうしよ。うんとじゃあ、自暴自棄になって家族を捨てる男の捨て台詞なんて、いいと思いますかね?」
団長「質問なんだ!? それよりコーヒーでびしょびしょだ。着替えないと」
団長、退場。
さおり「あ、待ってくださいよぉ~」
さおり、退場。
秋燈「…しくじった」
優美「そうだよね、秋ちゃんがせっかく育てた豆で淹れたコーヒー、こぼれちゃったね」
秋燈「いえ、毒はまだあります」
優美「え!?」
秋燈「いえいえいえいえ! あたしじゃあ、紅茶淹れてきますんで!」
優美「色んなの育ててる子やね…」
秋燈「失礼しますっ!」
秋燈、退場。
優美「…ふう。秋ちゃん、団長のこと、まさか栽培するレベルで好きだったなんて…。いくらお父さんのためとはいえ、やっぱ団長殺すのは諦めようかなあ」
団長、入場。
団長「諦めるって、なにが?」
優美「うわあっ! だ、団長! いきなり入ってこないでくださいよ! アホか!?」
団長「みんなの部屋なのに、なんで怒られたの俺?」
優美「もー! 入るなら入るで前触れくださいよ!」
団長「前触れ、って」
優美「心臓に悪いやん! フェードインするとかしてください!」
団長「フェードイン!? そんなことができる人間がいるとは思えないけど、まあ、頑張ってみるよ」
優美「ホントお願いしますっ!」
団長「あ、ああ。ところでさ、優美ちゃん。お父さん、元気にしてる? 最近どうしてるのか、なんか心配でさあ」
優美「…自分でクビにしておきながら、いけしゃあしゃあとぉ…!」
団長「え?」
優美「げ、元気ですよ!」
団長「そうか、元気かあ。逢ったらよろしく伝えといてよ」
優美「…っこの野郎ぉ! …は、はい、伝えておきますね!」
団長「うん、頼むわ」
優美「…やっぱ死なせたる…」
団長「え? なんて?」
優美「いえ! そういえば団長! 掃除まだ終わってないから、出て出て!」
団長「え? あ、ああ」
団長、退場。
優美「…メイクだけでなく、小道具までこなすあたしの本気を見せてやるんやから! ここをこうして、と。よし! これで椅子に座ったらナイフが飛んでくるだけじゃなくて、引き出しを開けたら天井から鈍器が落ちて、団長の頭を…。ふふ」
さおり、入場。
さおり「(紙を読み上げながら)『もうヤケだ! 何もかも捨ててやる! こんな毎日、もうたくさんだ! 大事なものなんて何もない! さよならだ、さよなら!』…ふふ、いい遺書…」
優美「…さおりちゃん?」
さおり「…え? わあ! ゆ、優美さん…っ! いつの間に!?」
優美「あたし最初からいたよ?」
さおり「そ、そうだったんですか」
優美「今、なに読み上げてたの?」
さおり「あ、これですか? さっき団長に書いてもらった、えっと、うんと、ある登場人物のセリフですっ!」
優美「ふうん、遺書かと思ってびっくりしちゃった」
さおり「い、遺書だなんてそんなあ…! やだなあ、優美さんったら。優美さんはなにしてたんですか?」
優美「え!? あたし!? えっとね、お部屋の掃除! べ、別に罠なんて仕掛けてないよ!?」
さおり「罠…?」
優美「ううんっ! と、ところでさ? 団長は?」
さおり「なんか廊下でぶつぶつ言ってますよ」
優美「ぶつぶつ…? なんて?」
さおり「なんか、フェードインの練習しなきゃとか、なんとか。相変わらずわけの解らない人ですよねえ。フェードインなんてできる人、いるわけないじゃないですか」
優美「そ、そうだよね! あ、あはは。ホント団長って頭おかしいよね」
さおり「優美さん、お掃除はもういいんですか?」
優美「あ、うん、終わった終わった」
さおり「お疲れ様です~(団長の机に向かう)」
優美「ん…? あの、さおりちゃん、なにしてんの?」
さおり「ちょっと遺書を仕込み、じゃなかった! えっと、団長に頼まれたんですよ。うんと、この書類を、引き出しに入れておくようにって」
優美「引き出しィ!?」
さおり「…え。いくら関西の人だからってリアクション大きすぎですよ、優美さん」
優美「…さおりちゃん、あたしの目を見て」
さおり「え、はい」
優美「1つだけ約束して。大事な約束」
さおり「どう、したんですか?」
優美「その机の引き出しだけは、絶対に開けないって」
さおり「…え? なんでまた…」
優美「なんでって、うんと、うんと…。とにかくアカンの!」
さおり「アカンって、どうして…?」
優美「えっと、そうだ! さおりちゃん、虫って苦手?」
さおり「うわあ…。はい。すっごい苦手です~」
優美「よし! えっとね、さおりちゃん。団長の引き出しにはね? 虫の死骸がたっくさん入ってんねん」
さおり「えええ!? 虫が!?」
優美「そう! あんなのやこんなのが、うじゃうじゃ」
さおり「なんでそんなの集めてるんですかぁ? 団長~!」
優美「団長の趣味」
さおり「…さらに嫌いな要素増えた…」
優美「だからね? 引き出しだけは絶対に開けんといて! 団長の椅子にも座ったら絶対アカン!」
さおり「椅子に座っちゃいけない理由はよく解りませんけど、解りました~。別のとこに仕込みます~」
優美「…仕込み?」
さおり「いえっ! なんでもありません!」
団長「(声がだんだん近づいてくる)…団長入ります。団長入ります。団長入ります。団長入ります」
団長、入場。
団長「団長入ります。団長、入りましたー!」
さおり「なにその登場の仕方~。気味が悪い~。生理的に無理~」
優美「お、お疲れ様です! 団長!」
団長「いやあ、お疲れ様。さおりちゃん、どう? さっき俺が考えたセリフは」
さおり「いやあ! 近づかないで! 不潔~!」
団長「ふ、不潔!?」
さおり「この人ホント無理~」
団長「数分逢わない間に、さおりちゃんの心境に一体なにがあったんだ…?」
優美「あ、団長!」
団長「ん?」
優美「お掃除終わったんで、ゆっくり腰かけてください」
団長「ああ、ありがと。…なんか特別部屋が綺麗になったように見えないんだけど、まあありがとう(椅子に座ろうとする)」
優美「あ、待って!」
団長「ん?」
優美「座るのとか、引き出し開けるのとか、1人のときにしてください」
団長「…なんで?」
優美「グロいことになるから」
団長「グロいこと…? それって、どういうこと?」
優美「女の子に、そんなん見せたらアカンやろ!? アホか!」
団長「なんで俺、また怒られてんの…?」
優美「じゃ、あたしこれで失礼しまーす」
団長「え、あ、うん…」
優美、退場。
さおり「あたしも、団長と同じ空気を吸いたくないので失礼しますっ!」
団長「ちょっと待って、さおりちゃん! どうしてそこまで嫌われてんの俺?」
さおり「団長! 胸に手を当てて、ご自身の趣味を振り返ってください!」
団長「え、あ、はい…。えっと、アウトドア、読書、音楽鑑賞。…特におかしいところはないと思うんだが…」
秋燈、入場。
秋燈「団長、紅茶淹れてきました~!」
団長「え、ああ。ありがとう」
さおり「じゃあ、あたしはこれで!」
団長「ちょっと待って! 全然腑に落ちないから! …そうだ! さおりちゃんに改めて話があったんだよ。えっと、ちょっと待っててね。確かこの引き出しに…」
さおり「きゃあ! なに開けようとしてるんですかぁ!(団長を突き飛ばす)」
団長「うわあ!(秋燈とぶつかる)」
秋燈「きゃあ!(紅茶を団長の上に落とす)」
団長「うわっちぃ!」
秋燈「ああー! また失敗ー!」
団長「失敗ってなんだ! なんで謝らないんだ!」
さおり「秋ちゃん、ごめーん! 大丈夫だった!?」
秋燈「え、あ、うん。大丈夫」
団長「君らは意地でも俺を心配しないんだな…。ああ、も~。なんでこの短い期間に2度も着替えるなんて目に…」
団長、退場。
さおり「秋ちゃん、本当にごめんね?」
秋燈「ううん、ホント大丈夫だよ? ありがと」
さおり「ううん、ごめんね? あたし、代わりに紅茶淹れてくるね」
秋燈「あ、それはもういいよー。…ちっ! またヤケドで済んだか…」
さおり「えっ?」
秋燈「え、ううん! なんでもない! さおりちゃんは、なにしてたの?」
さおり「どこに遺書を置いておくか考え…、じゃなくって! とにかくもう、あたしこの部屋から出たいの」
秋燈「え? なんかあったの?」
さおり「優美さんから聞いちゃったの」
秋燈「なにを?」
さおり「団長の机、虫の死骸でいっぱいなんだって!」
秋燈「ええ!? それ、ホント!?」
さおり「あたし見てないけど、ホントっぽいよ? あんなのや、こんなのが、うじゃうじゃ入ってるんだって」
秋燈「なんでそんなの入ってるの~…?」
さおり「なんかね、団長の生き甲斐らしいよ? 毎夜毎夜、虫を集めては殺し、集めては殺しってやってるんじゃないかなぁ?」
秋燈「うわあ…。クソ野郎以上の人って、なんて言ったらいいの~…?」
さおり「うんとね、辞書に載ってるような言葉じゃ言い表せないよね…。『ゲス野郎を八つ裂きにしてやりたい』の略で、ゲッパってどう?」
秋燈「さっすが脚本家! あたしもう、団長のことゲッパって呼ぶ~!」
さおり「じゃああたしも~!」
優美、変装をして入場。
秋燈「…もしかして、優美、さん…?」
さおり「…どうしたんですか、その恰好…」
優美「あ、2人ともいたんだ!? ちょっと団長の死体を確認、じゃなかった! 2人ともなにしてたの? 団長は?」
秋燈「知りません! ゲッパのことなんか」
さおり「ゲッパになんか用ないです」
優美「ゲッパって、なに…?」
秋燈「団長の新しいあだ名です」
優美「へえ、そうなんや。由来はわかんないけど、じゃああたしもゲッパって呼ぶわ」
さおり「優美さんは、なんでそんな恰好してるんですか?」
優美「人に見られたら困…、あ、いや! これはね! うんと、新しい手法でメイクを試してみて…! あ! そうだ! 団長に見てもらおう思うて、だからゲッパ? ゲッパ探してたん!」
さおり「まるで今思いついたような言い方だけど、なかなかいいじゃないですか~」
優美「そう? えへへ。ありがとう。ところでさ、なんで団長って、ゲッパって呼ばれてるん?」
秋燈「さおりちゃんが考えてくれたんです。ゲス野郎を八つ裂きにしたい、の略ですよ」
さおり「そうそう」
優美「へ? 秋ちゃん? だってさっき、ゲッパのこと好きって言――」
秋燈「わーわー! あんな人、実はなんでもないですよ! むしろ死んでほしいぐらいです!」
さおり「そうそう。ゲス野郎を八つ裂きにしたい」
優美「解る解る」
しばし沈黙。
3人「…あのさあ」
さおり「あ、どうぞぞうぞ」
優美「いやいや、先に言って」
秋燈「いえいえいえいえ、お先にどうぞ」
さおり「…じゃあ、あのさ? 2人はゲッパのこと、ホントに死んだらいいって、真面目に思ってたり、するのかな…?」
優美「正直、はい…」
秋燈「100回ぐらい死んだらいい」
さおり「だよね~」
優美「…あのさ?」
さおり「はい?」
優美「…ゲッパ、ホントに殺そう、ぐらいに考えてる人、いたりする…?」
秋燈「まあ、毒殺したいなあ、ぐらいですかねえ? いっつもセクハラしてくるから」
さおり「あたしの場合は、自殺に見せかけたいなあ、的な? いつまで経ってもあたしの脚本使わないし」
優美「あたしは、お父さんクビにされた恨みかな。トラップ仕掛けて自分の手ぇ汚さへん」
秋燈「それ、いい!」
さおり「それだったら、ゲッパの筆跡で書かれた遺書なんてあったら良くない? こんな感じで」
優美「どれどれ? へえ、こんなんあったらホント自殺だと思われるね!」
秋燈「本当! これ、ゲッパの字そっくりー!」
さおり「これ実際、ゲッパの字だよ?」
優美「そうなん!?」
さおり「さっき書かせたの。(悪い顔で)…脚本のセリフを考えてくれ、ってね」
秋燈「あったまいー! さおりちゃん! それだったら毒飲ませても自殺扱いされそう!」
優美「毒?」
秋燈「そう! あとでお茶に毒淹れてさ、ゲッパに飲ませれば…」
さおり「でも毒なんて、そう簡単に手に入らなくない?」
秋燈「それがね、あたし持ってるの」
優美「ホンマ!? だったら罠に仕掛けるより、そっちのほうがええやん!」
さおり「待って! 罠は罠でさ、こっちでアリバイ作りやすくない?」
優美「ううん、それだとあとで罠があった跡を仕舞わなきゃいけないから、そこがネックなんよねえ」
秋燈「あ、そっかぁ。じゃあやっぱり、あたしの毒で…」
優美「それがええね。あ、ちょい待ちぃな(優美、罠を解除する)」
さおり「優美さん? それって…」
優美「実はね、あたし、本気なんだ。だからさっき仕組んでおいたの」
秋燈「そうだったんですか!? 実はあたし、さっきからコーヒーや紅茶に毒を…。失敗しちゃったけど」
さおり「あたしが書かせた遺書、役に立たせて」
優美「ありがとう!」
秋燈「あたし、ちょっとお茶淹れてきます!」
秋燈、退場。
優美「問題は、いかにあたしらがいーひん間に、ゲッパにそれを飲ますか、やな」
さおり「ですね。どう言いくるめましょうか?」
団長「(声がだんだん近づいてくる)…団長入ります。団長入ります。団長入ります。団長入ります」
団長、入場。
団長「団長入ります。団長、入りましたー!」
さおり「マジうっぜぇ、このゲッパ…。なんでさっきからその入り方なんだよ」
優美「お疲れ様です、ゲッパ!」
団長「お疲れー! …ゲッパってなに? ってゆうか、あなたは?」
優美「うっそ! あたし、気づかれてない!? どんだけ鈍感!?」
さおり「あ、こ、この方は、えっと、あたしの友達の、えっと、ミユちゃんですっ! うちの劇団の、ファ、ファンなんで見学に…!」
団長「あ~、始めまして。ここの団長を務めている者です」
優美「は、始めまして。ミユでーっす!」
団長「うちのファンだなんて、ありがたい。どなたか好きな役者さんとか、いますか?」
優美「えっと、はい! うんと、ここのメイクの優美さんって、いてはるじゃないですか?」
団長「優美ちゃんね? はいはい」
優美「その人のお父さんが、あたしの好きな役者さんなんです!」
団長「…そっかぁ。じゃあここにはいないなあ。逢わせてあげられなくて悪いね」
優美「いえいえ、そんなあ! それにしても、ホントいい役者さんでしたよねえ! なんで辞めさせられたんでしょーかッ!?」
団長「なんだか責めるような訊き方をするね」
優美「これは元からの口調ですね! ええ、そうですとも!」
団長「…ミユちゃん、だっけ?」
優美「え、はい!」
団長「君、口は堅い?」
優美「殺害の意思ぐらい堅いですッ!」
団長「堅さの基準がよくわからんけど、まあいっか。これは内緒で頼むよ?」
優美「はい!」
団長「優美ちゃんのお父さんはね、ここを自分から去って行ったんだ。何度も引き止めたんだけどねえ」
優美「え…? だってクビになった、って…」
団長「『自分のことはクビにしたことにしてください』って、彼が頼むもんだからさ。娘の優美ちゃんには、特にって」
優美「なんで!?」
団長「彼、凄くいい役者だけど、ここでの活動だけじゃ家族を養っていけないってね、悩んでたんだよ。娘の優美ちゃんは、お父さんの夢が役者として成功することだって知ってたから、なかなか辞めるとも言い出せなかったんだって」
優美「ホンマ…?」
団長「ホンマ。だからまあ、お父さんがクビになったってことにすれば、他の仕事に就けて、家族を守れるだろう? それで辞めてったんだ」
優美「そう、だったんですか…」
団長「あ、さおりちゃんも内緒で頼むよ? 特に、優美ちゃんにはね」
さおり「手遅れだと思いますけど、了解でーす!」
秋燈、ポットを持って入場。
秋燈「失礼しまーす! お茶、お持ちしましたー! ポットに入れてあるから、あとで飲んでくださいね、ゲッパ! …あたしらが帰ったあとにでも…!」
さおり「秋ちゃん、ナイス!」
団長「ってゆうか、マジでなに? ゲッパって…」
優美「…あの、ゲッパ?」
団長「はいはい? …自然に返事をしてしまう自分が不思議だ…」
優美「あたし、これで失礼しますね。…あたしバイトでもしよう。お父さんには夢に向かってってもらわなきゃ」
団長「なにぶつぶつ言ってんの? ってゆうか、帰っちゃうの? うちは歓迎なんだから、もう少し見学してったらいいのに」
優美「いえ、もうこれで。秋ちゃん、さおりちゃん、ごめん。あたし、抜けさせてもらうね」
秋燈「え!? なんでですか!?」
さおり「いいの、秋ちゃん。あとで話す」
秋燈「え、うん」
優美「それじゃ、どうもお邪魔しましたー!」
団長「はい、また。また遊びにおいでねー」
優美「はーい! またー! 失礼しまーす! ゲッパー! ありがとうございましたー!」
優美、退場。
団長「結局なんなんだ、ゲッパってのは。なんで誰も教えてくれないんだ…。あ、そうだ、秋ちゃん」
秋燈「はい?」
団長「次の劇なんだけど、君が憧れてたユウスケ君に主役をやってもらおうと思うんだ」
秋燈「きゃー! ホントですか!?」
団長「ホントホント。でね、秋ちゃんにはまたヒロインをお願いしたくってね」
秋燈「わあ! ありがとうございます!」
団長「しかも! なんとラブコメ!」
秋燈「あたしそれ、鼻血出しますよ!?」
団長「出せ出せ! 今まで散々、演技練習でいい思いさせてもらったからね。次は秋ちゃんがユウスケ君に好きなだけすればいい。…演技練習という名の、セクハラをな…!」
秋燈「結局セクハラだったんじゃねえか! で、でも! 嬉しいです! ありがとうございますゲッパ!」
団長「そのゲッパっていうのは、最近流行りの語尾か何かなの?」
秋燈「じゃああたし、今日はこれで失礼させていただきますね!」
団長「ああ、お疲れ様。…あれ? ねえちょっと、秋ちゃん! なんでお茶持ってっちゃうの!?」
秋燈「ついカッとなってやってました。今は後悔してます」
団長「どこの容疑者だ、君は」
秋燈「じゃあ失礼しますね! ゲッパ、お疲れ様でしたー!」
秋燈、退場。
団長「お茶をー! ってゆうか、ゲッパってホントなにィー!?」
さおり「これで武器なくなっちゃった、どうしよう…」
団長「あ、そうそう! さおりちゃんにね、さっき言おうと思ったんだけど」
さおり「はい?」
団長「(引き出しから台本を取り出す)次の劇なんだけどね、ラブコメって言ったじゃん」
さおり「ええ」
団長「これをやろうと思うんだ」
さおり「え!? それって…」
団長「そう! さおりちゃんが書いてくれた『春に包まれて』! これ最高だよ」
さおり「ホントですかぁ!?」
団長「ああ! 今までなんだかんだ事情があって他の脚本家さんの話しかできなかったけど、これからはやっとさおりちゃんの本でやれそうになってね!」
さおり「わあ! ありがとうございますゲッパ!」
団長「…そろそろ真剣にゲッパが何なのか訊ねてもいい?」
さおり「そんなことより!」
団長「そんなことなんだ…? 微妙に傷ついた気がするのは何故だろう…」
さおり「さっき書いてもらったこれ!」
団長「ああ、俺が考えたセリフね? それが?」
さおり「こうさせていただきます!」
団長「あーッ! なんで破くのォー! せっかく書いたのにィーッ!」
さおり「じゃあ、あたしも上がりますね! お疲れ様でした! ゲッパ!」
さおり、退場。
団長「お茶も貰えない! 一生懸命書いたセリフは破られる! なんなんだ、うちの劇団は! 何よりも、ゲッパって一体なんなんだよォー!」
――END――
団長(男)
秋燈(女優)
さおり(脚本家)
優美(メイク)
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秋燈「あたし、もうダメかも…。頑張れないや…。団長を好きな気持ち、もう抑えきれない…」
団長「ふふふふふ~。ん~? ごめん、よく聞こえなかった。もう1回やってくれないかなあ!」
秋燈「ちっ! …じゃ、じゃあもう1回いきます。コホン。…あたし、もうダメかも…。頑張れないや…。団長を好きな気持ち、もう抑えきれない…」
団長「きゃっほーい! イエスッ!」
秋燈「団長」
団長「ん?」
秋燈「なんでここのセリフ、相手の名前が団長なんですか?」
団長「なんだよ。別にこれは演技の練習なんだから、名前なんてどうでもいいじゃないか」
秋燈「よくありません!」
団長「なんでだよ? せっかくだからいい気分になりたいっていう、俺の純粋な気持ちはどうなる?」
秋燈「立場を悪用しないでください! セクハラで訴えますよ!?」
団長「これはね、セクハラなんかじゃ断じてない! 演技指導!」
秋燈「だったら名前のところ、団長じゃなくって、ユウスケ君にしてくださいよ」
団長「ユウスケ? はん! あんな顔が良くて、演技が上手くて、人気者の役者なんて駄目駄目!」
秋燈「なんでですか?」
団長「見ててなんか悔しくなるから」
秋燈「完っ全に私利私欲に走ってるじゃないですか」
団長「ち、違う! これはあくまで、演技指導ってゆうかだな、ほら、アレだ。カッコイイ奴とやるラブシーンより、親兄弟とやるラブシーンのほうが難しいだろ? そういうのに慣れておかなきゃ、これから先色々なシーンをだな、演じられないぞ?」
秋燈「顔が笑ってるのはなんでですか? あと、団長は親でも兄弟でもありません」
団長「そんな子に育てた覚え、ないのに?」
秋燈「ないなら、尚さら家族じゃないじゃないですか!」
団長「いいからいいから。ほら、アレだアレ」
秋燈「なんですか?」
団長「さっきのシーン、どうも気になるんだ。もう1回、行こっか!」
秋燈「(団長に聞こえないように)…っこの、ブタ野郎…! 迷ってたけど、もう決めた! 毒殺してやる。こないだたくさん毒仕入れちゃったんだから。もうホント使ってやるんだから。あとでコーヒーに入れて、飲ませてやるんだから」
団長「なにぶつぶつ言ってんだ?」
秋燈「い、いえっ! な、なんでもないですっ!」
団長「じゃ、早く早く。スタンバイスタンバイ」
秋燈「…ぬう…!」
さおり、入場。
さおり「団長、ちょっといいですかぁ?」
団長「おー、さおりちゃん。どうしたんだ? 相変わらず可愛いぞ?」
さおり「も~、やだ~。団長ったら」
秋燈「あ、あの、団長!」
団長「ん?」
秋燈「あたし、ちょっと疲れちゃったんで、一旦休憩挟みませんか?」
団長「ああ、そうだな。じゃあ、少し休憩にしようか」
秋燈「(悪い顔で)じゃあ、ちょっとコーヒー淹れてきますね」
団長「お。気が効くねえ。頼むよ」
秋燈「はーい!」
秋燈、退場。
さおり「でさでさ、団長~」
団長「うん、なに?」
さおり「あたし、今書いてる脚本で、どうしてもセリフで行き詰っちゃって、団長に相談したいんですよ~」
団長「なんだって!? さおりちゃんほどの天才がかい!?」
さおり「(団長に聞こえないように)ちっ。よく言うわ。あたしの脚本、舞台で使ったことなんてないクセに」
団長「…え? 今、なんて?」
さおり「いや今、団長の明晰な頭脳をお借りしたいな~って言ったんですぅ」
団長「はっはっは! そうかそうか! …この俺の、なんだって?」
さおり「…うっぜぇ。…だ、団長のその、素晴らしいお知恵を~」
団長「ったくぅ、仕方ないなあ! さおりちゃんがそこまで言うんなら、やむを得まい。協力してやっても、いいぜ…?」
さおり「…なんだそのクソキャラ。…うわあ、嬉しいっ! ありがとうございます団長~」
団長「で、俺は何をすればいいんだい?」
さおり「…死ねばいいのに。…あのですね? 恋人のお別れのシーンなんですけど、男役が言う別れセリフが、どうしても出てこないんですよ~」
団長「ほうほう。どれどれ?(さおりから脚本を受け取る)…ん~、なるほど。この男の人は、なかなかのロマンチストみたいだねえ」
さおり「そうなんですよ~。彼女さんとお別れを決意するんですけど、それがもう、この世の終わりみたいに考えちゃってて、死ぬ想いで言葉を絞り出すんです~」
団長「なるほどねえ。そのときの男のセリフを、俺が考えればいいのかな?」
さおり「はいっ! なるべく、こう、恋愛についてでなくって、何もかも全てからお別れしちゃうような、意味深なセリフにしたいんですよ~。お願い、できますか?」
団長「ん~。そうねえ。こういうのはどうだろう。『僕は今、絶望の中にいる』――」
さおり「(紙とペンを渡しながら)書いて書いて!」
団長「え? あ、ああ」
優美、入場。
優美「あー、団長! まだいてたんですかー?」
団長「おーう! 優美ちゃん! どうしたの?」
優美「どうしたの、じゃないでしょ~! この部屋掃除するって、あたし言ってたじゃないですか」
団長「あ、そういえば…」
優美「ほら、出てって出てって。さおりちゃんも、ごめんね?」
さおり「いえ~。じゃ団長、あっちで書いてくださいよぅ」
団長「おう、そうだな。そうしよう」
団長とさおり、退場。
優美「…ふう。これで良し、と。(団長の椅子に向かってしゃがむ)ふふ。…ここのスイッチを入れれば、団長が座った瞬間、罠が作動してナイフが飛び出し、あの男の胸に…! …お父さん、あれだけの役者やのにクビにするなんて、あたし、絶対に団長を許さへん!」
秋燈、コーヒーを手に入場。
秋燈「失礼しまーす! …あれ?」
優美「わあ! あ、秋ちゃん!?」
秋燈「あ、優美さん、団長は…?」
優美「えとね、さっき追い出したよ?」
秋燈「追い、出した? なんでですか?」
優美「え。いやほら、あ、あたし、部屋の掃除しようと思ってて、それで、ね!」
秋燈「ふうん、そうなんですか…。せっかく団長に毒、ううんっ! コーヒー淹れてきたのに…」
優美「コーヒー? あ、ちょうどよかった~。それって、あたしが貰ってもいい?」
秋燈「え!?」
優美「団長にはあとで、あたしからコーヒー淹れておくから」
秋燈「いや、でも…っ!」
優美「ちょっと初めての殺しで緊張、じゃなかった! 色々あって喉渇いててん。もらうね~」
秋燈「だっ…! ダメダメダメダメッ!」
優美「…なんで?」
秋燈「あ、あの、これはあのっ! うんと、団長のための、その、特別なコーヒーで…」
優美「特別?」
秋燈「そ、そう! これはその、あたしがですね? その、自分で育てた豆!」
優美「自分で育てたぁ!?」
秋燈「そう! 団長にですね? 飲んでもらおうと、こう、毎日お水をあげてですね、育てたんです。だから1人分しかなくって」
優美「…もしかして、秋ちゃん? 団長のこと…」
秋燈「うええ!?」
優美「上?(見上げる)」
秋燈「いえっ! そう! あ、あたし、団長のこと、す、すす、好き! なんです…」
優美「え!? そうなん!? 普段、なんか嫌がってるように見えたのに…」
秋燈「あれはですね、ポーズですポーズ!」
優美「そうなんやぁ。だったら言ってくれれば、あたし毎日秋ちゃんにメイクしてあげてたのに」
秋燈「いいええっ! ありのままの自分でいたいんでお構いなく!」
優美「あ、そうなん? …あのさ、秋ちゃん」
秋燈「…はい?」
優美「もしさ? 団長が死んじゃったらさ? その、悲しい、よね…?」
秋燈「そんなの嬉しいに決まっ、いえ! ものすっごい悲しいと思いますっ!」
優美「思いますって、なに? でも、そうやんねえ…? 悲しいよねえ…」
秋燈「?」
紙を持った団長とさおり、入場。
団長「(紙を読み上げる)『僕は今、絶望の中にいる。失意の底でこれ以上あがくのはもう無理だ。僕は、僕の全てに別れを告げよう。今までありがとう。さようなら』…って感じでどうだろう?」
さおり「最高の遺書、じゃない! 最高のセリフです団長~!」
団長「そうだろう?(紙をさおりに渡し、椅子に座ろうとする)」
優美「危ないッ!(団長を突き飛ばす)」
団長「うわ! な、なんだよ優美ちゃん、いきなり!」
優美「まだ死んだらアカン!」
団長「…ふえ?」
優美「団長は確かにダメな大人やけど、それでも待ってる人がいてるんです!」
団長「なんで俺、今説教されてんの?」
秋燈「だ、団長! コーヒー淹れておきまし、わああ!(転ぶ)」
団長「あっちぃ!」
さおり「あああ! せっかく書かせたのに~!」
秋燈「す、すみません! …ヤケドで済ませるつもりじゃなかったのに…」
団長「あーあ~。びしょびしょだ。でもまあ、これまだ読めるからいいよね? ちょっと汚れちゃったけど、はい、さおりちゃん」
さおり「ダメです! 書き直してください!」
団長「…え、なんで?」
さおり「どこの世界にコーヒーまみれの遺書、…いえ、やっぱいいです」
優美「秋ちゃん、大丈夫? ヤケドしなかった?」
秋燈「え、はい! 平気です」
団長「なんで俺の心配をしないんだ?」
さおり「それより団長、もう1つお願いしたいセリフが~」
団長「おいおい、今度はなんだよ」
さおり「えっと、どうしよ。うんとじゃあ、自暴自棄になって家族を捨てる男の捨て台詞なんて、いいと思いますかね?」
団長「質問なんだ!? それよりコーヒーでびしょびしょだ。着替えないと」
団長、退場。
さおり「あ、待ってくださいよぉ~」
さおり、退場。
秋燈「…しくじった」
優美「そうだよね、秋ちゃんがせっかく育てた豆で淹れたコーヒー、こぼれちゃったね」
秋燈「いえ、毒はまだあります」
優美「え!?」
秋燈「いえいえいえいえ! あたしじゃあ、紅茶淹れてきますんで!」
優美「色んなの育ててる子やね…」
秋燈「失礼しますっ!」
秋燈、退場。
優美「…ふう。秋ちゃん、団長のこと、まさか栽培するレベルで好きだったなんて…。いくらお父さんのためとはいえ、やっぱ団長殺すのは諦めようかなあ」
団長、入場。
団長「諦めるって、なにが?」
優美「うわあっ! だ、団長! いきなり入ってこないでくださいよ! アホか!?」
団長「みんなの部屋なのに、なんで怒られたの俺?」
優美「もー! 入るなら入るで前触れくださいよ!」
団長「前触れ、って」
優美「心臓に悪いやん! フェードインするとかしてください!」
団長「フェードイン!? そんなことができる人間がいるとは思えないけど、まあ、頑張ってみるよ」
優美「ホントお願いしますっ!」
団長「あ、ああ。ところでさ、優美ちゃん。お父さん、元気にしてる? 最近どうしてるのか、なんか心配でさあ」
優美「…自分でクビにしておきながら、いけしゃあしゃあとぉ…!」
団長「え?」
優美「げ、元気ですよ!」
団長「そうか、元気かあ。逢ったらよろしく伝えといてよ」
優美「…っこの野郎ぉ! …は、はい、伝えておきますね!」
団長「うん、頼むわ」
優美「…やっぱ死なせたる…」
団長「え? なんて?」
優美「いえ! そういえば団長! 掃除まだ終わってないから、出て出て!」
団長「え? あ、ああ」
団長、退場。
優美「…メイクだけでなく、小道具までこなすあたしの本気を見せてやるんやから! ここをこうして、と。よし! これで椅子に座ったらナイフが飛んでくるだけじゃなくて、引き出しを開けたら天井から鈍器が落ちて、団長の頭を…。ふふ」
さおり、入場。
さおり「(紙を読み上げながら)『もうヤケだ! 何もかも捨ててやる! こんな毎日、もうたくさんだ! 大事なものなんて何もない! さよならだ、さよなら!』…ふふ、いい遺書…」
優美「…さおりちゃん?」
さおり「…え? わあ! ゆ、優美さん…っ! いつの間に!?」
優美「あたし最初からいたよ?」
さおり「そ、そうだったんですか」
優美「今、なに読み上げてたの?」
さおり「あ、これですか? さっき団長に書いてもらった、えっと、うんと、ある登場人物のセリフですっ!」
優美「ふうん、遺書かと思ってびっくりしちゃった」
さおり「い、遺書だなんてそんなあ…! やだなあ、優美さんったら。優美さんはなにしてたんですか?」
優美「え!? あたし!? えっとね、お部屋の掃除! べ、別に罠なんて仕掛けてないよ!?」
さおり「罠…?」
優美「ううんっ! と、ところでさ? 団長は?」
さおり「なんか廊下でぶつぶつ言ってますよ」
優美「ぶつぶつ…? なんて?」
さおり「なんか、フェードインの練習しなきゃとか、なんとか。相変わらずわけの解らない人ですよねえ。フェードインなんてできる人、いるわけないじゃないですか」
優美「そ、そうだよね! あ、あはは。ホント団長って頭おかしいよね」
さおり「優美さん、お掃除はもういいんですか?」
優美「あ、うん、終わった終わった」
さおり「お疲れ様です~(団長の机に向かう)」
優美「ん…? あの、さおりちゃん、なにしてんの?」
さおり「ちょっと遺書を仕込み、じゃなかった! えっと、団長に頼まれたんですよ。うんと、この書類を、引き出しに入れておくようにって」
優美「引き出しィ!?」
さおり「…え。いくら関西の人だからってリアクション大きすぎですよ、優美さん」
優美「…さおりちゃん、あたしの目を見て」
さおり「え、はい」
優美「1つだけ約束して。大事な約束」
さおり「どう、したんですか?」
優美「その机の引き出しだけは、絶対に開けないって」
さおり「…え? なんでまた…」
優美「なんでって、うんと、うんと…。とにかくアカンの!」
さおり「アカンって、どうして…?」
優美「えっと、そうだ! さおりちゃん、虫って苦手?」
さおり「うわあ…。はい。すっごい苦手です~」
優美「よし! えっとね、さおりちゃん。団長の引き出しにはね? 虫の死骸がたっくさん入ってんねん」
さおり「えええ!? 虫が!?」
優美「そう! あんなのやこんなのが、うじゃうじゃ」
さおり「なんでそんなの集めてるんですかぁ? 団長~!」
優美「団長の趣味」
さおり「…さらに嫌いな要素増えた…」
優美「だからね? 引き出しだけは絶対に開けんといて! 団長の椅子にも座ったら絶対アカン!」
さおり「椅子に座っちゃいけない理由はよく解りませんけど、解りました~。別のとこに仕込みます~」
優美「…仕込み?」
さおり「いえっ! なんでもありません!」
団長「(声がだんだん近づいてくる)…団長入ります。団長入ります。団長入ります。団長入ります」
団長、入場。
団長「団長入ります。団長、入りましたー!」
さおり「なにその登場の仕方~。気味が悪い~。生理的に無理~」
優美「お、お疲れ様です! 団長!」
団長「いやあ、お疲れ様。さおりちゃん、どう? さっき俺が考えたセリフは」
さおり「いやあ! 近づかないで! 不潔~!」
団長「ふ、不潔!?」
さおり「この人ホント無理~」
団長「数分逢わない間に、さおりちゃんの心境に一体なにがあったんだ…?」
優美「あ、団長!」
団長「ん?」
優美「お掃除終わったんで、ゆっくり腰かけてください」
団長「ああ、ありがと。…なんか特別部屋が綺麗になったように見えないんだけど、まあありがとう(椅子に座ろうとする)」
優美「あ、待って!」
団長「ん?」
優美「座るのとか、引き出し開けるのとか、1人のときにしてください」
団長「…なんで?」
優美「グロいことになるから」
団長「グロいこと…? それって、どういうこと?」
優美「女の子に、そんなん見せたらアカンやろ!? アホか!」
団長「なんで俺、また怒られてんの…?」
優美「じゃ、あたしこれで失礼しまーす」
団長「え、あ、うん…」
優美、退場。
さおり「あたしも、団長と同じ空気を吸いたくないので失礼しますっ!」
団長「ちょっと待って、さおりちゃん! どうしてそこまで嫌われてんの俺?」
さおり「団長! 胸に手を当てて、ご自身の趣味を振り返ってください!」
団長「え、あ、はい…。えっと、アウトドア、読書、音楽鑑賞。…特におかしいところはないと思うんだが…」
秋燈、入場。
秋燈「団長、紅茶淹れてきました~!」
団長「え、ああ。ありがとう」
さおり「じゃあ、あたしはこれで!」
団長「ちょっと待って! 全然腑に落ちないから! …そうだ! さおりちゃんに改めて話があったんだよ。えっと、ちょっと待っててね。確かこの引き出しに…」
さおり「きゃあ! なに開けようとしてるんですかぁ!(団長を突き飛ばす)」
団長「うわあ!(秋燈とぶつかる)」
秋燈「きゃあ!(紅茶を団長の上に落とす)」
団長「うわっちぃ!」
秋燈「ああー! また失敗ー!」
団長「失敗ってなんだ! なんで謝らないんだ!」
さおり「秋ちゃん、ごめーん! 大丈夫だった!?」
秋燈「え、あ、うん。大丈夫」
団長「君らは意地でも俺を心配しないんだな…。ああ、も~。なんでこの短い期間に2度も着替えるなんて目に…」
団長、退場。
さおり「秋ちゃん、本当にごめんね?」
秋燈「ううん、ホント大丈夫だよ? ありがと」
さおり「ううん、ごめんね? あたし、代わりに紅茶淹れてくるね」
秋燈「あ、それはもういいよー。…ちっ! またヤケドで済んだか…」
さおり「えっ?」
秋燈「え、ううん! なんでもない! さおりちゃんは、なにしてたの?」
さおり「どこに遺書を置いておくか考え…、じゃなくって! とにかくもう、あたしこの部屋から出たいの」
秋燈「え? なんかあったの?」
さおり「優美さんから聞いちゃったの」
秋燈「なにを?」
さおり「団長の机、虫の死骸でいっぱいなんだって!」
秋燈「ええ!? それ、ホント!?」
さおり「あたし見てないけど、ホントっぽいよ? あんなのや、こんなのが、うじゃうじゃ入ってるんだって」
秋燈「なんでそんなの入ってるの~…?」
さおり「なんかね、団長の生き甲斐らしいよ? 毎夜毎夜、虫を集めては殺し、集めては殺しってやってるんじゃないかなぁ?」
秋燈「うわあ…。クソ野郎以上の人って、なんて言ったらいいの~…?」
さおり「うんとね、辞書に載ってるような言葉じゃ言い表せないよね…。『ゲス野郎を八つ裂きにしてやりたい』の略で、ゲッパってどう?」
秋燈「さっすが脚本家! あたしもう、団長のことゲッパって呼ぶ~!」
さおり「じゃああたしも~!」
優美、変装をして入場。
秋燈「…もしかして、優美、さん…?」
さおり「…どうしたんですか、その恰好…」
優美「あ、2人ともいたんだ!? ちょっと団長の死体を確認、じゃなかった! 2人ともなにしてたの? 団長は?」
秋燈「知りません! ゲッパのことなんか」
さおり「ゲッパになんか用ないです」
優美「ゲッパって、なに…?」
秋燈「団長の新しいあだ名です」
優美「へえ、そうなんや。由来はわかんないけど、じゃああたしもゲッパって呼ぶわ」
さおり「優美さんは、なんでそんな恰好してるんですか?」
優美「人に見られたら困…、あ、いや! これはね! うんと、新しい手法でメイクを試してみて…! あ! そうだ! 団長に見てもらおう思うて、だからゲッパ? ゲッパ探してたん!」
さおり「まるで今思いついたような言い方だけど、なかなかいいじゃないですか~」
優美「そう? えへへ。ありがとう。ところでさ、なんで団長って、ゲッパって呼ばれてるん?」
秋燈「さおりちゃんが考えてくれたんです。ゲス野郎を八つ裂きにしたい、の略ですよ」
さおり「そうそう」
優美「へ? 秋ちゃん? だってさっき、ゲッパのこと好きって言――」
秋燈「わーわー! あんな人、実はなんでもないですよ! むしろ死んでほしいぐらいです!」
さおり「そうそう。ゲス野郎を八つ裂きにしたい」
優美「解る解る」
しばし沈黙。
3人「…あのさあ」
さおり「あ、どうぞぞうぞ」
優美「いやいや、先に言って」
秋燈「いえいえいえいえ、お先にどうぞ」
さおり「…じゃあ、あのさ? 2人はゲッパのこと、ホントに死んだらいいって、真面目に思ってたり、するのかな…?」
優美「正直、はい…」
秋燈「100回ぐらい死んだらいい」
さおり「だよね~」
優美「…あのさ?」
さおり「はい?」
優美「…ゲッパ、ホントに殺そう、ぐらいに考えてる人、いたりする…?」
秋燈「まあ、毒殺したいなあ、ぐらいですかねえ? いっつもセクハラしてくるから」
さおり「あたしの場合は、自殺に見せかけたいなあ、的な? いつまで経ってもあたしの脚本使わないし」
優美「あたしは、お父さんクビにされた恨みかな。トラップ仕掛けて自分の手ぇ汚さへん」
秋燈「それ、いい!」
さおり「それだったら、ゲッパの筆跡で書かれた遺書なんてあったら良くない? こんな感じで」
優美「どれどれ? へえ、こんなんあったらホント自殺だと思われるね!」
秋燈「本当! これ、ゲッパの字そっくりー!」
さおり「これ実際、ゲッパの字だよ?」
優美「そうなん!?」
さおり「さっき書かせたの。(悪い顔で)…脚本のセリフを考えてくれ、ってね」
秋燈「あったまいー! さおりちゃん! それだったら毒飲ませても自殺扱いされそう!」
優美「毒?」
秋燈「そう! あとでお茶に毒淹れてさ、ゲッパに飲ませれば…」
さおり「でも毒なんて、そう簡単に手に入らなくない?」
秋燈「それがね、あたし持ってるの」
優美「ホンマ!? だったら罠に仕掛けるより、そっちのほうがええやん!」
さおり「待って! 罠は罠でさ、こっちでアリバイ作りやすくない?」
優美「ううん、それだとあとで罠があった跡を仕舞わなきゃいけないから、そこがネックなんよねえ」
秋燈「あ、そっかぁ。じゃあやっぱり、あたしの毒で…」
優美「それがええね。あ、ちょい待ちぃな(優美、罠を解除する)」
さおり「優美さん? それって…」
優美「実はね、あたし、本気なんだ。だからさっき仕組んでおいたの」
秋燈「そうだったんですか!? 実はあたし、さっきからコーヒーや紅茶に毒を…。失敗しちゃったけど」
さおり「あたしが書かせた遺書、役に立たせて」
優美「ありがとう!」
秋燈「あたし、ちょっとお茶淹れてきます!」
秋燈、退場。
優美「問題は、いかにあたしらがいーひん間に、ゲッパにそれを飲ますか、やな」
さおり「ですね。どう言いくるめましょうか?」
団長「(声がだんだん近づいてくる)…団長入ります。団長入ります。団長入ります。団長入ります」
団長、入場。
団長「団長入ります。団長、入りましたー!」
さおり「マジうっぜぇ、このゲッパ…。なんでさっきからその入り方なんだよ」
優美「お疲れ様です、ゲッパ!」
団長「お疲れー! …ゲッパってなに? ってゆうか、あなたは?」
優美「うっそ! あたし、気づかれてない!? どんだけ鈍感!?」
さおり「あ、こ、この方は、えっと、あたしの友達の、えっと、ミユちゃんですっ! うちの劇団の、ファ、ファンなんで見学に…!」
団長「あ~、始めまして。ここの団長を務めている者です」
優美「は、始めまして。ミユでーっす!」
団長「うちのファンだなんて、ありがたい。どなたか好きな役者さんとか、いますか?」
優美「えっと、はい! うんと、ここのメイクの優美さんって、いてはるじゃないですか?」
団長「優美ちゃんね? はいはい」
優美「その人のお父さんが、あたしの好きな役者さんなんです!」
団長「…そっかぁ。じゃあここにはいないなあ。逢わせてあげられなくて悪いね」
優美「いえいえ、そんなあ! それにしても、ホントいい役者さんでしたよねえ! なんで辞めさせられたんでしょーかッ!?」
団長「なんだか責めるような訊き方をするね」
優美「これは元からの口調ですね! ええ、そうですとも!」
団長「…ミユちゃん、だっけ?」
優美「え、はい!」
団長「君、口は堅い?」
優美「殺害の意思ぐらい堅いですッ!」
団長「堅さの基準がよくわからんけど、まあいっか。これは内緒で頼むよ?」
優美「はい!」
団長「優美ちゃんのお父さんはね、ここを自分から去って行ったんだ。何度も引き止めたんだけどねえ」
優美「え…? だってクビになった、って…」
団長「『自分のことはクビにしたことにしてください』って、彼が頼むもんだからさ。娘の優美ちゃんには、特にって」
優美「なんで!?」
団長「彼、凄くいい役者だけど、ここでの活動だけじゃ家族を養っていけないってね、悩んでたんだよ。娘の優美ちゃんは、お父さんの夢が役者として成功することだって知ってたから、なかなか辞めるとも言い出せなかったんだって」
優美「ホンマ…?」
団長「ホンマ。だからまあ、お父さんがクビになったってことにすれば、他の仕事に就けて、家族を守れるだろう? それで辞めてったんだ」
優美「そう、だったんですか…」
団長「あ、さおりちゃんも内緒で頼むよ? 特に、優美ちゃんにはね」
さおり「手遅れだと思いますけど、了解でーす!」
秋燈、ポットを持って入場。
秋燈「失礼しまーす! お茶、お持ちしましたー! ポットに入れてあるから、あとで飲んでくださいね、ゲッパ! …あたしらが帰ったあとにでも…!」
さおり「秋ちゃん、ナイス!」
団長「ってゆうか、マジでなに? ゲッパって…」
優美「…あの、ゲッパ?」
団長「はいはい? …自然に返事をしてしまう自分が不思議だ…」
優美「あたし、これで失礼しますね。…あたしバイトでもしよう。お父さんには夢に向かってってもらわなきゃ」
団長「なにぶつぶつ言ってんの? ってゆうか、帰っちゃうの? うちは歓迎なんだから、もう少し見学してったらいいのに」
優美「いえ、もうこれで。秋ちゃん、さおりちゃん、ごめん。あたし、抜けさせてもらうね」
秋燈「え!? なんでですか!?」
さおり「いいの、秋ちゃん。あとで話す」
秋燈「え、うん」
優美「それじゃ、どうもお邪魔しましたー!」
団長「はい、また。また遊びにおいでねー」
優美「はーい! またー! 失礼しまーす! ゲッパー! ありがとうございましたー!」
優美、退場。
団長「結局なんなんだ、ゲッパってのは。なんで誰も教えてくれないんだ…。あ、そうだ、秋ちゃん」
秋燈「はい?」
団長「次の劇なんだけど、君が憧れてたユウスケ君に主役をやってもらおうと思うんだ」
秋燈「きゃー! ホントですか!?」
団長「ホントホント。でね、秋ちゃんにはまたヒロインをお願いしたくってね」
秋燈「わあ! ありがとうございます!」
団長「しかも! なんとラブコメ!」
秋燈「あたしそれ、鼻血出しますよ!?」
団長「出せ出せ! 今まで散々、演技練習でいい思いさせてもらったからね。次は秋ちゃんがユウスケ君に好きなだけすればいい。…演技練習という名の、セクハラをな…!」
秋燈「結局セクハラだったんじゃねえか! で、でも! 嬉しいです! ありがとうございますゲッパ!」
団長「そのゲッパっていうのは、最近流行りの語尾か何かなの?」
秋燈「じゃああたし、今日はこれで失礼させていただきますね!」
団長「ああ、お疲れ様。…あれ? ねえちょっと、秋ちゃん! なんでお茶持ってっちゃうの!?」
秋燈「ついカッとなってやってました。今は後悔してます」
団長「どこの容疑者だ、君は」
秋燈「じゃあ失礼しますね! ゲッパ、お疲れ様でしたー!」
秋燈、退場。
団長「お茶をー! ってゆうか、ゲッパってホントなにィー!?」
さおり「これで武器なくなっちゃった、どうしよう…」
団長「あ、そうそう! さおりちゃんにね、さっき言おうと思ったんだけど」
さおり「はい?」
団長「(引き出しから台本を取り出す)次の劇なんだけどね、ラブコメって言ったじゃん」
さおり「ええ」
団長「これをやろうと思うんだ」
さおり「え!? それって…」
団長「そう! さおりちゃんが書いてくれた『春に包まれて』! これ最高だよ」
さおり「ホントですかぁ!?」
団長「ああ! 今までなんだかんだ事情があって他の脚本家さんの話しかできなかったけど、これからはやっとさおりちゃんの本でやれそうになってね!」
さおり「わあ! ありがとうございますゲッパ!」
団長「…そろそろ真剣にゲッパが何なのか訊ねてもいい?」
さおり「そんなことより!」
団長「そんなことなんだ…? 微妙に傷ついた気がするのは何故だろう…」
さおり「さっき書いてもらったこれ!」
団長「ああ、俺が考えたセリフね? それが?」
さおり「こうさせていただきます!」
団長「あーッ! なんで破くのォー! せっかく書いたのにィーッ!」
さおり「じゃあ、あたしも上がりますね! お疲れ様でした! ゲッパ!」
さおり、退場。
団長「お茶も貰えない! 一生懸命書いたセリフは破られる! なんなんだ、うちの劇団は! 何よりも、ゲッパって一体なんなんだよォー!」
――END――
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