夢見町の史
Let’s どんまい!
2011
April 30
April 30
目次&あらすじ
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/435/
3
「で、涼、どうだったよ~?」
和也が友人らの顔を見渡す。
アメリカンを意識した木造の内装と、マスターが煎れた特製コーヒーの良い香りが、今日も部活動の疲れを緩和させていた。
夕日が差し、照明を助けている。
大地は今朝の模様を思い返す。
「遺伝子について悩んでるみたいだった」
「違うよ」
由衣がちょいちょいと手を振った。
「一目惚れについて考えてたんだよ、涼は」
「全体的に様子がおかしかったんだけど」
小夜子が首を傾げる。
「古代のギリシャがどうとか言ってたから、歴史について悩んでたんじゃないの~?」
和也は相変わらずのんびりとした調子だ。
「あいつ、俺には本を読まねえと駄目だとか言ってたぜ~?」
「結局あいつ、何について悩んでんだ?」
大地のつぶやきに、誰もが「さあ」と不思議そうに首を捻る。
今日の客は大地たちだけだ。
一番奥のボックス席がいつもの場所で、そこに由衣と小夜子が先にいたのは確率の高い偶然だった。
ほんの十分ほど前、大地は和也と一緒にルーズボーイにやってきていた。
「やあ」
マスターはいつもと同じように手短な挨拶をし、「2人、もう来てるぞ」と咥え煙草を奥に向けた。
このバーには大地たち専用の特別裏メニューが存在していて、大地が「俺スペシャル」と頼めば餅がメインのチーズグラタンが出てくるし、和也が「俺スペシャル」と注文すればハチミツ入りのパフェが登場する。
ダブルとかトリプルなどと付け加えれば、これらは信じられないぐらい大盛りにされる。
大地と和也のオーダーは今日も、そんな俺スペシャルのトリプルだ。
「君たち、たまには裏メニュー以外の物も食べたらどうだ?」
煙が入ったのか、マスターは目を細める。
「あと、飲み物も頼んでくれ」
「んじゃあ、グレープフルーツジュースで」
と和也。
「俺、アイスミルクティお願いします。ってゆうか客に注文を促すマスターって、珍しいっすよね」
大地はつい顔を緩める。
「しかも、いつも咥え煙草で」
「君らに気ィ遣ってたら、疲れるからだ。普段はちゃんとしている」
マスターは小さく鼻を鳴らし、伝票を書いた。
そんな無礼さがフレンドリーに思えて、どこか嬉しく大地は感じる。
「ねえねえ、あのさ」
由衣が口を開いた。
「もしかして涼、好きな人できたんじゃない?」
一同の動きが、それでピタリと停止した。
「まさか」
最初に動いたのは大地だ。
「もしそうだとしたら、判りやす過ぎだろ」
「涼って、好きな人できたら、ああなるの~?」
これは小夜子が訊いた。
「さあ」
「わっかんねえ」
和也が言うと同時に、大地も首を傾ける。
「もし恋だったら面白いよね」
由衣が、取りようによっては失礼なことを言い出した。
「だって涼ってさ、いつもツッコミ役で、クールぶってるじゃん?」
今まで発生したことがない恋愛の話題が新鮮なのだろう。
由衣こそが胸をときめかせているように見えた。
マスターがグラスを2つ持ってやって来る。
「そのクールぶったツッコミ役なら、今来たぞ」
4人が反射的に目を走らせる。
カウンターには幸の薄そうな雰囲気を纏った涼がいつの間にか座っていて、ちょうど溜め息をついているところだった。
頬杖をついた体勢が、なんだか思春期の乙女のようだ。
テーブルの上に飲み物を置いて、マスターがカウンターの内側まで戻り、涼の正面に立つ。
誰かがごくりと唾を呑んだ。
成り行きを見守らなければならないような、妙な緊張感が漂う。
「マスター」
涼が静かに顎を上げた。
続く言葉は、なかなか衝撃的だった。
「マスター、何か、何か……、胸の痛みを和らげる飲み物を下さい。……下さい」
どうして2回言ったのだろうか。
大地が紅茶を盛大に吹き出す。
和也のグラスを持った手はピタリと止まり、小夜子は口を半開きにさせて固まった。
由衣の瞳孔が開く。
全員が涼に見入った。
マスターがズボンのポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
ゆっくりと煙を吐いた。
「薬局に行け」
「この痛みは、薬じゃ癒せないんです。……癒せないんです」
無言のままでマスターはゆっくりと深く頷いた。
ウォッカのボトルを手に取り、ショットグラスに注いで涼の前に置く。
「未成年者に飲ませられない物だが、内緒にするなら私が奢ろう」
「いただきます」
高校生は制服姿のまま、グラスを一気に煽った。
涼たち5人が高校3年生になったばかりの4月。
この町にはまだ散り終えていない桜が目立っている。
赤ん坊が消えたのは、この翌日のことだ。
涼がうっとりとした目で、再び溜め息をついた。
続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/435/
3
「で、涼、どうだったよ~?」
和也が友人らの顔を見渡す。
アメリカンを意識した木造の内装と、マスターが煎れた特製コーヒーの良い香りが、今日も部活動の疲れを緩和させていた。
夕日が差し、照明を助けている。
大地は今朝の模様を思い返す。
「遺伝子について悩んでるみたいだった」
「違うよ」
由衣がちょいちょいと手を振った。
「一目惚れについて考えてたんだよ、涼は」
「全体的に様子がおかしかったんだけど」
小夜子が首を傾げる。
「古代のギリシャがどうとか言ってたから、歴史について悩んでたんじゃないの~?」
和也は相変わらずのんびりとした調子だ。
「あいつ、俺には本を読まねえと駄目だとか言ってたぜ~?」
「結局あいつ、何について悩んでんだ?」
大地のつぶやきに、誰もが「さあ」と不思議そうに首を捻る。
今日の客は大地たちだけだ。
一番奥のボックス席がいつもの場所で、そこに由衣と小夜子が先にいたのは確率の高い偶然だった。
ほんの十分ほど前、大地は和也と一緒にルーズボーイにやってきていた。
「やあ」
マスターはいつもと同じように手短な挨拶をし、「2人、もう来てるぞ」と咥え煙草を奥に向けた。
このバーには大地たち専用の特別裏メニューが存在していて、大地が「俺スペシャル」と頼めば餅がメインのチーズグラタンが出てくるし、和也が「俺スペシャル」と注文すればハチミツ入りのパフェが登場する。
ダブルとかトリプルなどと付け加えれば、これらは信じられないぐらい大盛りにされる。
大地と和也のオーダーは今日も、そんな俺スペシャルのトリプルだ。
「君たち、たまには裏メニュー以外の物も食べたらどうだ?」
煙が入ったのか、マスターは目を細める。
「あと、飲み物も頼んでくれ」
「んじゃあ、グレープフルーツジュースで」
と和也。
「俺、アイスミルクティお願いします。ってゆうか客に注文を促すマスターって、珍しいっすよね」
大地はつい顔を緩める。
「しかも、いつも咥え煙草で」
「君らに気ィ遣ってたら、疲れるからだ。普段はちゃんとしている」
マスターは小さく鼻を鳴らし、伝票を書いた。
そんな無礼さがフレンドリーに思えて、どこか嬉しく大地は感じる。
「ねえねえ、あのさ」
由衣が口を開いた。
「もしかして涼、好きな人できたんじゃない?」
一同の動きが、それでピタリと停止した。
「まさか」
最初に動いたのは大地だ。
「もしそうだとしたら、判りやす過ぎだろ」
「涼って、好きな人できたら、ああなるの~?」
これは小夜子が訊いた。
「さあ」
「わっかんねえ」
和也が言うと同時に、大地も首を傾ける。
「もし恋だったら面白いよね」
由衣が、取りようによっては失礼なことを言い出した。
「だって涼ってさ、いつもツッコミ役で、クールぶってるじゃん?」
今まで発生したことがない恋愛の話題が新鮮なのだろう。
由衣こそが胸をときめかせているように見えた。
マスターがグラスを2つ持ってやって来る。
「そのクールぶったツッコミ役なら、今来たぞ」
4人が反射的に目を走らせる。
カウンターには幸の薄そうな雰囲気を纏った涼がいつの間にか座っていて、ちょうど溜め息をついているところだった。
頬杖をついた体勢が、なんだか思春期の乙女のようだ。
テーブルの上に飲み物を置いて、マスターがカウンターの内側まで戻り、涼の正面に立つ。
誰かがごくりと唾を呑んだ。
成り行きを見守らなければならないような、妙な緊張感が漂う。
「マスター」
涼が静かに顎を上げた。
続く言葉は、なかなか衝撃的だった。
「マスター、何か、何か……、胸の痛みを和らげる飲み物を下さい。……下さい」
どうして2回言ったのだろうか。
大地が紅茶を盛大に吹き出す。
和也のグラスを持った手はピタリと止まり、小夜子は口を半開きにさせて固まった。
由衣の瞳孔が開く。
全員が涼に見入った。
マスターがズボンのポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
ゆっくりと煙を吐いた。
「薬局に行け」
「この痛みは、薬じゃ癒せないんです。……癒せないんです」
無言のままでマスターはゆっくりと深く頷いた。
ウォッカのボトルを手に取り、ショットグラスに注いで涼の前に置く。
「未成年者に飲ませられない物だが、内緒にするなら私が奢ろう」
「いただきます」
高校生は制服姿のまま、グラスを一気に煽った。
涼たち5人が高校3年生になったばかりの4月。
この町にはまだ散り終えていない桜が目立っている。
赤ん坊が消えたのは、この翌日のことだ。
涼がうっとりとした目で、再び溜め息をついた。
続く。
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