夢見町の史
Let’s どんまい!
September 08
 全員、俺よりも干支が1周ほど若いことにショックを受けていた。
 駅に集合したのは10名ほどの若者たち。
「これで全員だよね? じゃあ行こう!」
 コテージはもう借りてある。
 これからみんなで、東京の外れで2泊3日だ。
「みんな聞いてー!」
 電車を待つ間、俺は最年長者として、若き友人らを集める。
「これから行くキャンプ村では川遊びもできるのね? それ以外にも色んな危険性ってあると思うんだ。だから誰も死なないでね」
 全員が注目してくれていることを感じつつ、俺は引き続き注意を呼びかける。
「こういう場合で誰か死ぬと、何故か1番年上が怒られるんだ。俺、叱られるのホント嫌だから、みんなマジで死なないでね」
 なんか最低な大人である。
 他にも反復横飛びをしながら、「浮かれて大はしゃぎするな」と大はしゃぎながら言っておいた。
 完璧だ。
 一同は、やってきた電車に乗り込む。
 寝泊りする施設はコテージだ。
 しかし場所がキャンプ村とのことなので、以降はこの小旅行を「キャンプ」と表記することにする。
 夜にはちゃんとキャンプファイヤーをやる予定だし、みんなも自然に「キャンプ」って言ってたから、誤った表記ではあるけれど、とにかくキャンプだ。
 このキャンプという特殊な環境の中では誰もがハイテンションになるといった、魔力にも似た不思議な力が脳に働きかける。
 女子にしても、もちろん例外ではない。
 俺は初日から、うら若き乙女の人々から何度も言われてしまうことになる。
「愛してる」
 いやマジでだ。
 本当に言われた。
 32年間生きてきて、こんなの初めてだ。
 20歳ちょいの女子から何度も何度も。
「愛してる」
 きゃっはーい。
 こんな飲み屋があったら絶対に儲かるよ!
 って感じだ。
 ラブコールは複数人から発せられた。
「好きだよ」
 耳元でささやかれもした。
 ありがとう夏の魔力。
 よくぞ今、生きて日記が書けるものだ。
 嬉しすぎて死んじゃうかと思った。
 コテージに到着して、しばらくは自由行動になる。
 バーベキューの準備をする者、持参のカードゲームに興じる者、川で遊ぶ者。
「あ、めささん! 丁度よかった!」
 ちょっとした荷物を取りにコテージに入ると、男女が輪になっていて、何やら盛り上がっている。
「どうしたの?」
「いいから、こっち! ここに座ってください!」
 言われるがまま円に入る。
 畳の上に腰を下ろすと、ゲームの説明が始まった。
「めささん、『愛してるゲーム』って知ってます?」
「所詮、恋愛はゲームさ」
「いえ、そういうんじゃなくて」
「ですよねー」
「ってゆうか、めささん、そういうキャラになれない人じゃないですか」
「はい。自分で自分のこと、よく解ってます。ホントすみませんでした」
 ゲームの概要はこうだ。
 まず円状に、男女交互に座る。
 自分の両隣にはつまり、必ず異性が座ることになる。
 続けてジャンケンなどをし、最初の者を決める。
 こうしてゲーム開始だ。
 最初の人は左右どちらでもいいので、隣の異性に対し、ちゃんと目を見て「愛してる」と言わねばならない。
 言われた側は「え?」と返すのだが、左右どちらの異性に振っても構わない。
「え?」と返された者は照れることなく、「愛してる」と目を見返すわけだが、やはり隣の異性であればどちらに言おうが自由だ。
 全員にまんべんなく順番に繋がることもあれば、同じ人同士が何度も「愛してる」「え?」と繰り返すことも有り得るわけだ。
 照れたり、目を見られなかったりしたら負け。
 ゲーム趣旨やルールを理解すると、俺は両手で顔を覆った。
「そんなこと恥ずかしくて言えない!」
 処女か俺は。
 必死の抵抗も空しく、強制的にゲームは始まった。
「愛してる」
「え?」
「愛してる」
「え?」
 イタリア人でもここまで言わないんじゃないだろうか。
 なんだか恥ずかしい応酬である。
 それにしても、みんな猛者だ。
 なんで照れずに言えるのだ。
 この場にいるだけで、どことなく気マズイ。
 やがて隣の女子が、綺麗な瞳で俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「愛してる」
 ついに俺の番が来た。
 瞬時に切り返す。
「恐れ入ります」
 これ以上ない完敗だった。
 もうホント無理。
 この手のゲームで、俺より弱い奴ァいねえ。
「めささんの負けー!」
「だって照れちゃうんだもん! しょうがないじゃん!」
 涙目になって訴えた。
 それでも負けは負けなので、次は俺が最初に「愛してる」を言わねばならない。
 でも、どっちの女子に?
 右も左も可愛いんですけど。
「それは自由です。どっちでもいいですよ」
「どっちでもいいだなんて、そんな軽い気持ちだったわけ!?」
「だって、そういうゲームなんですもん」
「ゲームですって!? つまり遊びだったのね!?」
「誤魔化しはいいから、めささん早く」
 楽しみにしていたキャンプで、なんでこんな目に。
 考えれば考えるほど解らなくなる。
 右の女子も左の女子もそれぞれ素敵だし、でもまだお互いよく知り合っていないのだ。
 歳の差だってあるし、まずは交換日記から始めるべきところであろう。
 それをあんた、どちらか片方に「愛してる」なんて大それたことを言わなくちゃいけないだなんて、そんな。
 迷いに迷う。
 やがて俺は男らしく腹を決め、両手で頭を抱えた。
「どっちか1人なんて、俺には選べないよう!」
 なに1人だけマジに考え込んでいるのだろうか。
 それでもどうにかして、俺はようやく重たかった口を開く。
「あ、愛してる」
「え?」
「なんで聞き返すのー!」
 秒速で負ける。
 俺は畳の上でジタバタと転がった。
「『え?』じゃないよー! ちゃんと聞こえたべ!? こういう言葉は何度も言えることじゃないじゃん! もー!」
 ちなみに俺は32歳だ。
キャンプファイヤーが実に良い具合だ。
薪をくべる毎に、俺は「出火原因はあなたです」などと、ずっとぶつぶつ言っていた。
星空の下、川の畔で炎を見ながら飲む酒は格別だった。
精神的に満たされる最高の贅沢のように感じる。
皆で談笑。
話のテーマは、「キャンプ中に異性から言われたい一言」で、これは俺から提案した。
俺は恋バナが大好きなのである。
例えば、なんか気になる女子と一緒に夜風に当たっているとする。
川辺でふと、女子が口を開くのだ。
「どうせ来年も、あんたと一緒なんだろうなあ」
そんなことが実際にあったら、俺は「ちょっと待ってて」とか言ってその場を離れ、川原でゴロゴロとのた打ち回るに違いない。
「めささん!」
男子からの呼びかけに、妄想中断。
何事かというと、「あの子が凄い」とのことだった。
「凄いって、何が?」
「やばいっすよ! めちゃめちゃ凄い『異性を落とす一言』を、あの子が言ったんです!」
「なんだってェ!? そいつァ大変じゃねえか! 聞かせてもらおうか!」
一見すると、おとなしそうな女の子。
彼女がそれを言い放ったらしい。
どうやら耳元でささやくことで効果を発揮する類の名文句であるようだ。
ところがその女子は非常に困惑している。
「もう恥ずかしいから言えませんよ~」
うっせえ!
恥らい具合も、なんか可愛いんだよ!
誤ったキレ方をしながら詰め寄った。
彼女の元には、すでにちょっとした列が出来上がっている。
どうやら、ささやいてもらうために、みんな順番待ちをしているらしい。
心の底から恥ずかしいようで、その女子はもじもじとしていたが、列は少しずつ消化されていった。
耳にした女子は「それいい!」とか「きゃー!」などと喜び、男子は次々と倒れ、ザコキャラのように悶絶している。
やがて俺の番。
大いに照れながら、女子は俺の耳に片手を添えて、顔を近づける。
可愛らしい声が、妙にズルかった。
「好きだよ」
「ひゃっほーう!」
危うく川に飛び込みそうになるところだった。
夏の思い出を、本当にありがとう。
なんか日中からずっと、俺はキュン死にしそうになっている。
夏のキャンプに、まさかこのような危険性があったとは予想外だ。
このままだと死人が出るぞ。
火の番ついでに、呆然と炎を眺めている時もそうだった。
キャンプファイヤーという企画は大好評かつ大成功で、誰もが口を揃える。
「火を見ていると、安心する」
「物が燃えているのって、なんか好き」
「全てを焼き尽くし、何もかも灰にしてくれる!」
聞きようによっては連続放火魔の独り言のようだが、俺も同感だった。
酒を片手に、無心で火に見入る。
ふとした瞬間、頬に冷たい感触が突然あって、驚いた。
反射的に振り返ると、それはグラスを当てられた感覚であることに気づく。
「なーに黄昏てんのっ!」
その声は、めちゃめちゃ低音で野太かった。
背後に立っていたのは男子だったからだ。
「な! なんだよ! お、お前かよ!」
状況、行動、セリフ、俺のリアクションまで理想通りだ。
ただ1つだけ残念なのは、どっちも男である点だ。
「そういうんじゃないんだよ、俺が求めていたのはさ~!」
再び頭を抱え、俺はその場でうずくまった。
「お若いの、決して下流に行ってはならん。あそこに足を踏み入れて帰ってきた者はおらん」編に続く。
 
  



 
 
 だっごやびゃー
だっごやびゃー



