夢見町の史
Let’s どんまい!
April 20
仲間が推薦する、ある女優さんとお会いしてきた。
俺たちがやろうとしている舞台のヒロインにぴったりで、思わず目を奪われる。
N子と名乗ったその女優さんは、可愛いというより綺麗な容姿で線が細く、目に力のある美人さんだ。
まだ出演の了承を得たわけではないけれど、俺は是非ともN子さんに引き受けていただきたいと強く思った。
彼女を見れば、主演のかづき君も文句なしに納得してくれるであろう。
だが、問題がないわけではない。
どう見てもN子さんは、かづき君のドタイプなのである。
かづき君の野郎が、自分にとってめちゃめちゃ理想的な女性と共演だなんて、なんか腹が立つ。
俺はふと、楽しそうに笑うかづき君の顔を思い出していた。
「めささん、お茶が出てないよ? この家は、お客様にお茶も淹れへんの? ふ~ん」
「めささん、タバコ買ってきて」
「めささんのグラスがない? そこの軽量カップでええって。めささん、そういうのめっちゃ喜ぶ人やから大丈夫!」
いっそ、チワワと共演させてしまおうか。
しかし、俺たちチーム「りんく」は基本的に、他者に夢を与えたいと願っているのもまた事実だ。
だったら、仲間であるかづき君にも夢を見せてやるべきではなかろうか。
俺は腕を組み、思案に暮れる。
もしN子さんが引き受けてくれたとしたら、俺は舞台稽古の合間に、そっとかづき君に耳打ちすることになるだろう。
「かづき君、お疲れ。あのさあ、今日はなんか、N子さんがずっとかずき君のくちびるばっかり見てるんだよね。ありゃ完璧に惚れた女の目だよ。今夜あたり、食事にでも誘ってみたら?」
かづき君はおばかさんだから、きっと真に受けるに違いない。
ご両親でも見たことがないぐらいに満面の気持ち悪い笑みを全力で浮かべ、「そんなことないよ~う」とか言いつつスキップで無駄な移動を繰り返すに決まっている。
中2男子か、お前は。
そんな嬉しそうな彼の笑顔は、確実に俺の中に生理的嫌悪感を芽生えさせるであろう。
何より、N子さんが気の毒だ。
かづき君の目を盗み、N子さんをこっそり呼び出すか。
「N子さん、ちょっといいですか? 実は、かづき君のことなんですよ。いやあ、仲間のことをこんな風に言うのは嫌なんですけどね? 実は彼、その、なんていうか、女性に対して、すぐ恋をしてしまうというか。言葉を選ばずに言えば、ただの女好きってゆうか。それで彼、ほら、特に今日はいやらしいギラギラした目でN子さんを見てるじゃないですか。だから気をつけてほしいっていうか、ねえ? なるべく彼に心を開かないでいてほしいんです。ああ、いえいえ。何かありそうだったら、俺がすぐに邪魔しますから、そこは安心してください」
完璧だ。
それでまた、俺はかづき君のところに戻るわけだ。
「なあ、かづき君。見ろよ、N子さんのリップ。あれって、本気のときにしかつけない色なんだって。彼女、ぜってーかづき君に気があるよ。くっそー! 羨ましいぜ、この色男! やっぱ敵わねえなあ」
かづき君は、間違いなくスキップのレベルを上げるであろう。
お前はそうやって、使いもしない脚力を鍛え続けていろ。
大人の階段は登らせないがな。
さて、次はN子さんに、と。
「あの、N子さん。さっきの話なんですけどね? やっぱりかづき君、N子さんを狙っているみたいなんですよ。俺、実はさっき、かづき君に呼び出されてしまったんです。彼、もの凄い剣幕で俺に怒鳴ってきたんですよ。『N子さんとのキスシーンを入れねえとぶっ殺すぞ!』って。あれは獣の目でした。でも、あのシナリオにキスシーンとかって、有り得ないじゃないですか。そこはさすがにどうにか誤魔化したんですけど、彼、正直何を仕出かすか解りません。本当に気をつけて」
なんか、俺の嘘のせいでN子さんを怖がらせてしまうことが申し訳ない。
だから俺、全身全霊を持って、かづき君の魔の手からN子さんをお守りします!
さてさて、かづきくーん!
「いやあ、参ったよ、かづき君。さっきからN子さん、『かづきさんって、恋人いそうですよね』とか言ってさ、さり気なく色々と聞き出そうとしてくるんだよ。ほら見て。N子さん、照れてる感じじゃね? かづき君を見ないように意識してるべ? 女心だなあ。あれはね、自分の視線のせいで気持ちを悟られたくないんだよ。いいから稽古のあと、メシにでも誘ってみろって!」
はん!
お前は独り電気の消えた台所で体育座りしながら伸びたラーメンでも喰っていろ。
この、浮かれぽんちが!
りんくメンバーの才能は様々だが、共通する能力が「人に迷惑をかけること」だ。
主催者である俺にしても、そこは例外じゃねえ。
俺の底力を見せつけてくれる!
ふはははは!
あー。
N子さんがこんなの読んだら、出演してくれなくなってしまうかも知れん。
やっぱやめとこう。