夢見町の史
Let’s どんまい!
December 21
カウンター席には、Y氏が先に着席していた。
「お、Yさん、こんばんは」
「ども」
手短に挨拶を済ませ、俺もカウンターの空席に腰を下ろす。
最近は忙しかったり貧乏だったりで、すっかり馴染みのアメリカンバーから遠のいてしまっていた。
だから、イージーバレルでゆったりと飲むのは久しぶりのことだ。
もうすぐクリスマスだというのに、サンタやツリーのが飾られていないところが、いかにもこのお店らしい。
「めさ君、これ」
前触れなく、Y氏は俺に小さな包みを差し出してきた。
「え!? 何々!?」
突然のプレゼントに、俺は嬉しそうに困って慌てふためく。
「なんでなんで!? これ何!? 今日って俺、誕生日でしたっけ!? きゃー!」
お前の誕生日は来月である。
「あ! じゃあもしかして、クリスマスプレゼント!? イエスッ!」
キラキラした目で、俺はY氏を直視した。
彼は煙草の煙を吐いて、そしてフッと笑う。
「違う。昔めさ君から貸してもらった本」
文庫本を返すのに、わざわざ紛らわしい梱包を施していたY氏。
これはこれでサプライズである。
ところが俺には、Y氏に本を貸した記憶なんてない。
「俺、Yさんに本なんて貸しましたっけ?」
訊ねながら、せかせかと中身を取り出した。
すると、5年ぐらい前に無理矢理Y氏に貸しつけた推理小説が出現。
瞬時に全ての合点がいく。
謎は解けた。
俺は彼に頼まれてもいないのに本を貸していた。
すっかり忘れてた。
「よく覚えてましたね、この本のこと。貸した俺が忘れてた」
「部屋の掃除をしてたらね、たまたま出てきたんだ」
つまり、5年で返ってきたのは早かったということなのかも知れない。
「ちぇ。クリスマスプレゼントなのかと思ったのに」
唇をとんがらせていると、すかさずマスターがフォローを入れてくれる。
「めさ君、ちゃんと本の中身をチェックした? Yさん気を利かせて、1万円ぐらい入れてくれてるかもよ?」
なんだってェ!?
仕舞った文庫本を再び取り出し、パラパラとページをめくる。
俺の心の中では既に、福沢諭吉が10人ぐらいで大爆笑していた。
「なんだよう、Yさぁん。凝ったことするなあ。ニクイ!」
気味が悪いぐらいの満面の笑みだ。
しかし、ない。
10人どころか、福沢さんなど1人もいない。
眼光鋭く、俺はYさんを見た。
「どういうことです?」
こんな酷い仕打ちは初めてだ。
ショックの色が隠せない。
「Yさん、何か入れ忘れてますね」
「え!? 何も忘れてないよ!」
「やだ。入ってないもん。もう1度貸します」
Y氏に強引に本を押し付け、俺は「次こそちゃんと入れといてね!」と強く念を押した。
Y氏、何も悪いことしてないのに。