夢見町の史
Let’s どんまい!
October 11
「ふぁーははははは! 超楽し」
我ながら、オフ会の準備をしている主催者の独り言とは思えない。
どうして若干悪だくみしている小学生みたいになっているのだろうか。
いや、実際に悪だくみをしているのだから仕方ない。
10月7日に開くオフ会には、特色がいくつかある。
日曜の昼から開催し、ノンアルコール。
読者様が未成年者様であってもお招きできる体制だ。
恋愛バラエティみたいな感じで「恋しちゃってもOKよ」といった、秋なのに春めいたコンセプト。
主催者は司会に徹しなきゃ駄目だし、名乗りを上げちゃったら立場的になんかズルいから、自分だけは我慢して見守ることに徹しなくてはならない。
残念極まりないことである。
誰も見ていないところで、めっちゃ歯ぎしりをした。
嫌なプレゼントの交換といった、「地獄の刑ですか?」的なイベントも開催する予定だ。
これの参加を希望する者には各自、「自分だったら絶対に持って帰りたくない嫌な物体」を持参していただき、みんなで取り替えっこをして、みんなで困ろうといった催しである。
得する人がどこにもいない。
「がはははは!」
鬼のお頭もびっくりな大笑い。
31にもなって、俺はなんて大人げがないのだろう。
ホントに手加減なしだ。
壮絶に嫌がられるに違いない土産を、めっちゃ満ち足りた顔して用意しちゃっている。
こんなの貰うぐらいなら、軽い放射能を浴びたほうがマシである。
嫌プレゼント交換の希望者が1人もいなかったら、どうしようコレ。
持って帰るのは本気で嫌だ。
誰か助けて。
これを受け取った人に嫌われるのも嫌だ。
心なしか憂鬱になりつつも、当日を迎える。
いつものように、会場はイージーバレルだ。
ほぼ徹夜状態で、マスターが昼にも店を開けてくれた。
アメリカンバーとはいえ、今日は未成年者様も大勢いらっしゃるのでソフトドリンクしか出ない。
およそ30名の参加者様には、あらかじめ俺が作っておいた名札を手渡してある。
自己紹介の割愛にもなるし、何かと便利だからだ。
「皆さん、最初に渡しておいた名札、胸に付けてー!」
俺が名札に関する説明を始めたのは、乾杯の前だったか後だったか。
「みんな今、めっちゃ綺麗な字で書かれた名札を付けてますね?」
実際はめっちゃ綺麗な象形文字といったところだ。
「そこには皆さんの名前と、カッコで年齢が記載されています。ただ成人している女性には配慮したので、そこだけは実年齢ではなくて、カッコ大人って書いておいた」
例外としては、
めさ(23)
無理のあるサバ読み。
参加表明のメールに「永遠の17歳です」と書いてあった女性参加者様には、
まゆ♪(大人)(永遠の17歳)
結局年齢不詳みたいな感じにしておいた。
「さらに、赤い名札の方がいらっしゃるでしょ?」
何名かの名札は、淵が赤いペンによってなぞられている。
「その赤い名札の人が、恋愛フリーの人だー! だから赤い名札の人たちはこっちのテーブルに来て。で、仲良くなるがいい」
いきなりの席替え。
恋愛なしチームと、恋愛ありチームに分かれる。
「夕方ぐらいになったら、みんなで公園に行きます。そこで告白タイムだー。ふはは。男子は恋人になってだの友達になってだの、仲良くなりたい人に告るのだ。女子はそれに対して、照れながら『ごめんなさい』と言え」
なんでだ。
「冗談冗談。女子はOKだったらメアドを教えてあげるが良いですよ。いい? じゃあみんな、ギラギラした目で異性を見て」
俺は一体何をプロデュースしたいのだ。
「男子も女子も、最初が肝心ですよー。最初だけ優しいんだけど、後で正体を知ってがっかりしてねー」
人生相談のテレビにでも出させる気だろうか。
「お! そこ! ちゃんと取り皿に料理を取ってあげるなんて、ポイント高い! 他のみんなも、もっといい人ぶって! コツは下心を隠す!」
さっきから言わんでいい一言が多すぎる。
「それから俺、今ね? 熱あるからー!」
今それを言って何になる。
体調管理ぐらいしっかりやれ。
「よーし! いい感じだぞー!(俺の熱が) おっと! もうちょっと男女入り混じって座ってもらおうか」
合コンだってそこまで分かりやすい気合いの入れ方をしない。
「じゃあ準備が整ったところで、みんな喋って」
もう無茶苦茶である。
いきなり知らない異性の隣に座らせられた挙句、主催者から数々の無理難題を押しつけられた恋愛フリーチーム。
彼らは、「何を喋ればいいんだ」などといった不安げな表情で固まっている。
なあに、時間が解決してくれるさ。
さわやかな笑顔で丸投げした。
俺は色んなところをうろちょろし、好き勝手に挨拶回りみたいなことをする。
「めささん、女装しないんですかー?」
「しませんよう」
「あ、めささん。今回、女装は?」
「しないってばー」
「メイクします? めささん」
「しないしない」
「女装して、めささーん」
「しないっつーの!」
「めささん、女…」
「うっせえ!」
みんな俺を何だと思っているのだろうか。
嫌な土産交換では、さすがに皆さん、凝った物を用意しておいでだ。
交換はくじ引きによって行なわれた。
見たこともない作家が書いた地味な小説。
しかも下巻だけ。
両方のレンズと、耳に架ける棒が1本取れているメガネ。
もはやメガネじゃない。
他にもまだまだハイセンスな駄目商品が目白押しだった。
俺が受け取ったのは、自転車のサドル。
ところがこのサドル、どこかシャープなデザインである。
「ねえねえ、このサドルって、普通のチャリのやつじゃなくて、なんか凝ったチャリのサドルだよね?」
「うん、そうだよー」
「やっぱり? 高かったんじゃない? いくらした?」
「そんなに高くないよー。5000円ぐらい」
高えよ。
サドル2つの値段と、俺のチャリ本体の値段が一致してるじゃねえかよ。
家に帰ったらサドルを交換しておこう。
それで俺のチャリの価格は1.5倍だ。
そう心に決めた。
俺からのプレゼントを受け取る羽目に陥ったのは、とある女子高生の参加者様だ。
店の隅からでっかい塊を取り出し、渡す。
「はい、どうぞ」
「え!? これ、何ですか?」
「何に見える?」
ルームエアコンだった。
ただのエアコンじゃない。
電気屋さんで陳列するための、偽のエアコンなのである。
中身が無い。
室外機が無いどころか、中身の機械すら入っていない。
「世界一、地球に優しいエアコンさ!」
満面の笑みで説明をしたら、うら若き乙女はうつむいて、完璧に無言になった。
ふふ。
困ってる困ってる。
そして俺は、やはり嫌われたか。
俺まで無言になった。
マジックペンでみんなで寄せ書きみたいにして、さらに捨てられない感じにしようと思っていたけれど、やっぱやめとこう。
「めささん! いいからメイク!」
何故かキレられたので、俺は反射的に謝る。
お化粧するぞ、いいから座れ。
そういう意味らしい。
また化粧されることになってしまった。
右のギャルと左のギャルの人が、左右から同時に俺の顔に手を伸ばす。
ごりごりごりごり。
なんかアイラインを引く音が凄くないか?
骨伝導?
お名前は伏せるけども、右のギャルの人が超怖い。
明らかに手が震えているのだ。
1杯やる前だからだろうか。
マナーモードみたいに震えてる。
「めささん目を開けて。うひゃあ、手が震える! 怖い! 怖い!」
禁句のオンパレード。
俺の眼球の運命やいかに。
最初に触れられたときに「熱ッ!」と叫ばれたが、ストーブほどの熱は出ていない。
「危なっかしい! ちょっと貸して! 私がやる!」
見かねて、メイク担当者が増えた。
「ここからは大丈夫だから! もう1回あたしにやらせて!」
あの女が帰ってきた。
地獄の底から帰ってきた。
次の犠牲者は誰だ。
また俺だ。
悪魔の化粧、顔面の魔方陣――。
カミングスーン。
あなたは、この恐怖に耐えられるか…。
「ひゃあ駄目だ手が震える怖い~!」
怖いのは俺のほうだ。
「これでもあたし、看護士学校に通ってるんですよー」
衝撃の告白じゃないか。
「人に注射するのが苦手で…」
言われなくても解る。
「めささん、入院します?」
君が入院して震えをどうにかしてください!
そんなこんなで、またしても俺はお化粧されてしまった。
小奇麗な自分がやたら気持ち悪い。
この後、公園まで歩かなきゃいけないのに。
まだ明るいのに、そして地元なのに。
どうか知ってる人に会いませんように!
後半に続く。