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夢見町の史

Let’s どんまい!

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2009
April 04

 will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/

<万能の銀は1つだけ・2>

 自衛士たちに事情を説明し終える頃になると日は暮れかけていて、山脈の向こうに太陽が沈もうとしている。
 オレンジ色の空が男たちの影を長く伸ばしていた。

 レーテルは締めくくりの言葉を口にする。

「俺たちが踏み込んだときの状況はだいたいそんなもんです」

 自衛士の隊長は「なるほど」と手帳にペンを走らせた。

 ガルドはというと不機嫌そうに腕を組み、殺害現場となった一軒家を見上げている。
 一家が全滅していたことに憤慨しているのだろう。
 仁王立ちのまま動こうとしない。
 自衛士たちはそんなガルドの気迫めいた雰囲気に圧されているらしく、玄関の目の前という邪魔な場所に立っている剣士に注意することもせず、ただ彼を避けて通っている。

 2階までくまなく調べた結果、生きている者は誰もいなかったのだ。
 ガルドが殺気立つのも無理はないと、レーテルは思っていた。

 犠牲者は1階で果てていた女性も合わせて、計4名。
 中には老人や子供も含まれていて、無残なことに全員が撲殺されていた。
 全ての窓は内側から板を打ちつけられていて、鍵もかかっている。
 遺体のそばに凶器らしき物もなかった。
 2人の剣士が神経を研ぎ澄ませている最中に、犯人がこっそり脱出したとはとても考えられない。
 住人の誰かが犯人で、一家を殺害した後にどうにか工夫をして自決したという可能性も低かった。
 動機が不明だし、何よりも自分自身を殴り殺し、凶器を隠すという手段が難しい。
 そこまで手の込んだ心中をする必要も想像できない。
 これはやはり一連の連続殺人事件の1つと解釈すべき出来事なのであろう。

 ガルドの背中にたたずむ大剣は鞘に納まってはいるものの、金具が夕日を反射して、燃えているようにも見える。
 まるで彼の憤りを表しているかのようだ。
 いや、実際にガルドの怒りは相当に激しいものなのだろう。
 平静を装っているレーテルにしても穏やかな心境ではなく、なんともやるせない心持ちだ。

 レーテルは再度、自衛士の部隊長に声をかける。

「隊長殿、我々剣士2名が遺体の第一発見者である以上、俺たちにも多少なりとも容疑がかかるのではありませんか?」

 すると部隊長は動揺したのか、顎ヒゲを撫でる。

「いやまあ、どちらかというと、あなた方の無実を証明するためにも様々な観点から考えなくてはならんでしょうな」
「ということはこの後、さらに具体的な証言をするために俺とガルドは屯所に行かねばならんわけでしょう?」
「ええまあ、そうしてもらえると助かります」
「もちろん協力しますよ。俺たちの身の潔白を解ってもらうためにも。ただ――」

 レーテルは親友の背をチラリと見て、続ける。

「俺たちは今後、この事件についての調査を本格的に始めたいと考えています。一連の殺人事件のことも含めて、そちらで持っている情報を提供してもらえませんか?」

 すると部隊長は「よろしいでしょう」と首を縦に振った。

「こちらとしても人手は多いほうがいい。剣士が積極的に動いてくれるというのなら、それに越したことはありません。ただ形式上、こちらからの情報提供はあなた方の無実が証明されてからでも構いませんか?」

 レーテルは「もちろんです」と頷く。

 2人の剣士が屯所で取り調べを受け、晴れて解放されたのは翌日になってのことだった。

「あんまり気分のいいもんじゃねえな」

 自衛士隊の支部を背にして、ガルドは毒づく。

「あいつら、明らかに俺らのこと疑うような訊き方しやがって」
「まあ、そういうなよガルド」

 レーテルが相棒の肩に手を添え、たしなめた。

「あちらさんも仕事なんだ。それにこれで俺たちの信頼も取り戻せたんだ。良しとしておこう」

 街は相変わらずの様子で白く塗られた四角い建物が立ち並び、大通りには馬車が走り抜けている。
 様々な商店が展開し、そのどれもが「うちの品は金を出して手に入れるだけの価値がある」と主張していた。

「取り合えず、俺ァ帰るぜ」

 両手を精一杯に伸ばし、あくび交じりにガルドは言う。

「ガキと女房の顔が見てえし、風呂にも入りてえ。レーテル、オメーはどうすんだ?」
「俺はちょっと調べ物をしてから帰る」
「そうか」

 ガルドは「じゃあここらで解散しようや」と片手を挙げ、レーテルに背を向ける。

「明日また広場で落ち合おうぜ」
「ああ」

 ガルドの大きな背中を見送ると、レーテルは反対方向に歩き出す。

 図書館では掲示板に貼り出された過去の事件事故の記事が保管されている。
 レーテルはその中から謎の殺人事件についての紙面のみを抜き出し、片っ端から目を通していた。
 自分なりに事件の関連性や共通事項を見出すためだ。

 一通りの取調べで剣士2名の無実が証明された後、自衛士部隊長はレーテルとの約束を守り、判明している情報を全て教えてくれていたのである。

「まず何からお聞かせすればいいでしょう」
「あの一家撲殺事件では、凶器は出たのですか?」
「ええ。今回は珍しく出ましたね。どうやら亭主はそこそこ名の知れた画家で、いくつか賞も取っています。ダウイン絵画賞というのをご存知ですか?」
「いえ、俺は知らないですね」
「そうですか。凶器はですね、そのダウイン絵画賞のトロフィーです。クレア銀でできた重たいもので、これは暖炉の上に飾ってありました」

 レーテルはそれで、1階の暖炉に聖杯を模したトロフィーがあったことを思い出した。

「あのトロフィーですか。どうしてそれが凶器だと?」
「被害者の中に1人だけ、傷口に特徴があったんです」
「特徴?」
「ええ。遺体のどれもが頭部を中心に相当強い力で殴られていました。先ほど解剖結果が出たのですが、頭蓋骨が丸みを帯びた形で陥没しているんですね」

 レーテルは被害者の死の瞬間を想像し、思わず顔をしかめた。
 部隊長はそんな剣士の様子に気づかなかったのか、構わず手帳のページをめくる。

「でですね、1人だけ、その陥没の具合がおかしかったんです」
「おかしい、とは?」
「窪みの形が複雑だったんですよ。私もついさっき報告を受けたばかりなのですが、トロフィーの取っ手部分の形状と傷口が一致するそうです。あの家で最初に起きた殺人事件も撲殺だったので、もしかしたら同じ凶器かも知れませんな」
「あ、そうだった」

 レーテルは身を乗り出す。

「俺たちは元々、その最初の事件を調査するためにあの家に行ったんです。そちらの事件についても聞かせていただけませんか?」

 すると部隊長は「ええ、いいですよ」と手帳のページを遡る。

「最初の被害者は家の主人ですね。先ほどお話しした画家の男です」
「事件があったのはつい先週のことだったと記憶していますが」
「ええ、そうです。第一発見者は奥方で、遺体は朝、1階居間で発見されました。どうやら前の晩に殺害されていたようなんですな」

 隊長によると最初の被害者はアトリエから帰宅し、玄関に鍵をかけた後に何者かから後頭部を強く殴られ、死に至ったらしい。
 盗まれた物はなかったが家族に動機がなく、窓の鍵は開いていた。
 愉快犯による犯行との見方が強まっていた。
 残された家族は戸締りのつもりで内側から全ての窓を塞いでしまったのだろう。
 当時は凶器を特定できなかったとも、部隊長は言った。

「他殺であることは間違いないと見ているんですが」

 困惑したときに出る彼の癖なのだろう。
 部隊長は顎ヒゲをさすり、静かに手帳を閉じる。

「家族全員を詳しく調べてみても、これといった殺害の動機がなければ証拠もない。全く難儀していますよ。昨日の皆殺し事件のせいで、尚更です」

 珍しく凶器が特定されたことがせめてもの手がかりに繋がればいいのですが。
 とも部隊長は言っていた。

 昼下がりの図書館は利用者も少なく閑静だ。
 古びた紙と木の匂いがレーテルには妙に心地がよく、また静けさもあって作業がはかどる。

 レーテルは既にいくつかの記事を抜き出しており、改めてそれらを熟読していった。
 凶器が特定された事件だけに注目することにしたのだ。
 中には一連の事件に便乗しての犯行も混ざっているのかも知れないが、今は他にこれといった考えが浮かばない。

 最近になってルメリア各地で多発している事件のほとんどは調べてみると、やはり凶器が発見されていないものばかりだ。
 中には冤罪で罰せられた者がいてもおかしくないだろう。
 それほどまでに多くの事件は謎をはらんでいる。

 過去、掲示板に貼られていた記事の中から凶器が見つかった事件はたったの4件で、これには昨日レーテルたちが遭遇した事件は含まれてはいない。

 記事に目を通して、レーテルはつい「おや」と口に出す。
 これは偶然なのだろうか?

 ミアシスの富豪は自宅で、サーベルによって腹部を刺されていた。
 凶器はクレア銀でできた装飾用の剣だ。
 また、同じくミアシスでは路上で剣士の遺体が発見されている。
 こちらも斬殺で、凶器は剣士自身が所持していたクレア銀のダガーナイフだった。
 バイムルで見つかった遺体はいわゆる一流階級の婦人で、こちらは珍しく絞殺されている。
 クレア銀のペンダントが凶器と断定された。
 シノテで発見されたのは撲殺死体で、貿易商人が犠牲者だ。
 運搬中だった商品が凶器で、これもまたクレア銀でできた壷だった。

 レーテルたちが第一発見者として昨日直接関わった事件も、凶器はクレア銀製のトロフィー。
 凶器が断定されればそれはクレアで作られている物ばかりだ。
 これは何を示しているのだろうか。

 レーテルは元通り日付け順に記事を並び代えると、元の場所に戻す。
 長髪を後ろで束ねた剣士はそのまま、図書館の静寂を後にした。

 奇妙な胸騒ぎがする。
 相変わらず犯人像は浮かばないままだが、やはりどう考えてもルメリア全土で同じような殺人事件が頻繁に起こるのは異常だ。
 事件のだいたいは栄えた街を中心に発生しており、比較的裕福とされる住民が被害に遭ってはいるものの、金品の一切が奪われていないのだ。
 したがって組織的な犯行とも考えにくい。

 レーテルはふと不安に駆られる。
 数年前にミアシスで開催された剣術の大会を思い出したのだ。
 それはまさにルメリア最強の座を証明するための催しで規模が大きく、参加表明を出す剣士も大勢いた。
 そこでの決勝戦でレーテルは初めてガルドと戦うこととなったのである。
 コロシアムの中央で2名の剣士は闘気を爆発させた。
 速さでガルドを惑わせるも、彼の力強さと剣速と野生的な勘には叶わず、ついにレーテルは敗北を喫する。
 決着がついたことによって巻き起こる大歓声の中、跪いたレーテルに対し、ガルドは握手を差し出してきた。

「レーテルっつったな。強かったぜ」

 その手を握ると彼はレーテルを引っ張り上げて立たせ、労うように肩を抱く。

「10回やったら、俺ァ5回は負けるだろうな。今日はたまたま勝てて運が良かった」

 そんなとことはないと、レーテルが首を横に振ったのを覚えている。

 認めたくはないが、ガルドは強い。
 妙な清々しさと悔しさを混ぜ合わせたような複雑な気持ちは生涯忘れることはないだろう。

 優勝者であるガルドに贈られたのは特別製の大剣だ。
 それを手に、ガルドはレーテルを酒に誘った。

「敗者にこんなこと言うのは酷かも知れねえが、オメーと1杯やりてえ。付き合ってくれるかい」

 酒場を訪れると、既にガルドは優勝賞品を背負ってレム酒を煽っている。

 2人は決勝戦での闘いについて語り合い、住む町が同じであること知り、さらに酒を飲み交わす。

 そのときガルドはこうも言っていた。

「背中の剣は大きさといい形といい、野蛮な俺にはぴったりだ。だけどよ、もしオメーの腕がたいしたことなかったら、俺ァこの剣を壁飾りにしかしようと思わねえ。こいつァオメーから勝ち取った俺の誇りだ。オメーが強くて感謝してるぜ。俺は一生、この剣を大切にする。約束だ」

 それが言いたくてガルドは自分を誘ったのだろう。
 心地よく酔いながら、レーテルはそのように悟った。

 良き思い出はしかし、今は不安の種になっている。
 ガルドの大剣もまた、クレア銀でできているのだ。

 翌日になると、レーテルは心にさらに影を落としていた。
 いつもの広場に、ガルドが姿を見せなかったからだ。

<巨大な蜂の巣の中で・2>に続く。

拍手[10回]

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2009
April 01
 僕は嘘をつくことができない。
 嘘をつくと必ず自ら「嘘だけど」と口走ってしまって台無しになるし、軽い冗談を口にしてもやっぱり「嘘だけど」と周りの空気を白けさせてしまう。
 そんな僕だけど、1度だけ自白をせず、嘘をついたことがある。

 木造校舎のここ、職員室からは校庭が見渡せて、暖かな風が草木を揺らし、冬の終わりを告げていた。
 つい先ほど入学式を終え、僕はなんだか気が抜けてしまい、だらしなく椅子の背もたれによりかかる。

 この季節、卒業式や入学式で僕ら教員はなかなか忙しい。
 僕は息抜きに、机にあった卒業アルバムを手に取って、パラパラとページをめくる。
 といっても僕はいつでも片手が塞がっているから、その作業は普通よりは面倒だ。

 僕のすぐ隣にいる死神が、何気なしに開口する。

「それは何だ?」

 ああ、これ?
 と僕はエリーにアルバムを見せる。

「卒業アルバムだよ。こないだ卒業した僕の教え子たちの記念品」

 するとエリーは「私に見せても無駄だ」と、僕の隣に椅子を持ってきて、そこに腰かける。

「私には眼球がない。物の形や距離は感覚で解るが、視覚がない。色を見分けることは不可能だ」

 そうだった。
 エリーには物の形は解っても、本などに記載された文字や絵など、色の区別が全くできないんだった。
 思い出深い卒業アルバムも、彼女にとっては本の形をした紙の集合体に過ぎない。
 若い娘の姿に見えるけど、実は彼女の実態は動く白骨だからだ。

 軽く謝って、僕は再び校庭に目を向ける。

「ねえ、エリー」
「なんだ?」
「嘘ってゆうのも、悪くないと思わない?」
「思わんな。私が嘘を言う分には問題ないが、私自身はささいなことでも騙されたくない」

 びっくりするぐらいの正直さだ。

 僕が嘘を言えないのはこの死神のせいだったりする。
 エリーは無敵に近い能力を持っていて、それは瞬時に強力な暗示を人にかける、というもの。
 めちゃめちゃ強い催眠術みたいな感じだ。
 エリーはそれを使って、僕を世界一の正直者にしてしまっていた。
 出会い頭、いきなりだ。
 頼んでもいないのに、ホントいきなりだ。
 しかも勝手にやられた。

 加えて僕はうっかりエリーに触れてしまい、それ以降離すことができないでいる。
 手を離すとエリーに魂を食べられてしまうからだ。
 エリーは人の魂を食べる気を失くしているから僕や周りの人たちは無事でいるけど、今繋いでいるこの手を離した瞬間はそうともいえない。
 直に触れた皮膚が離れると、自動的に魂を食べるという作りになっているらしく、そればっかりはエリーの意思でどうにかできることじゃないそうだ。
 以降、いつでも女の子と手を繋いで過ごすといった、つくづく不思議な人生を僕は歩まされている。
 おかげで卒業アルバムをめくるのも一苦労だ。

「でもさ」

 僕はエリーに反論を試みる。

「去年のこと、覚えてる? あの日も入学式だった」
「ああ、あれか」

 エリーは僕と同じように背もたれによりかかる。

「お前は群れを成す生物特有の考え方をするからな」
「そりゃそうだよ。人間なんだもん」

 言って僕は少しだけ顔を上げ、天井の木目を見てから目を閉じて、1年前を思い出す。
 あの日も今日と同じで、職員室には僕らしかいなかった。

------------------------------

「ねえ、エリー、頼むよ」

 土下座する勢いで、僕はエリーに頭を下げている。

「ホントお願いします! 今日だけでいいんだ! 今日はね、年に1度しかない、嘘を言ってもいい日なんだよ」

 するとエリーは「知らんな」と鼻を鳴らす。

「人間同士で勝手に作った常識に興味はない」
「そこをなんとか!」

 両手が自由なら拝み倒しているところだ。

 今日だけでもいい。
 僕は自分にかけられた暗示を、どうしても解いてもらいたかった。
 そんな僕の腰の低さときたら、間違いなく「たった今めちゃくちゃ必死な人ランキング」の上位に位置されてるに違いない。

「ねえってば、お願い、エリー! 今日だけ! ううん、1回だけでもいいよ。嘘を言えるようにしてください。その嘘はエリーには絶対に向けないから」
「私には嘘をつかない?」
「もちろん! 約束するよ」
「知ったことか。お前が自ら『嘘だけど』と言わない以上、私にはお前の嘘を見抜く術がない。お前の気が変わって私を騙した場合、私は嫌だ」
「嫌だとか言って可愛いな、ちきしょう!」

 あとで知った話なんだけど、この「嫌だとか言って可愛いな、ちきしょう!」から先は、僕たちの会話が廊下にいた女性教員に聞かれていた。
 その先生の話によると、「さすがに入っていけず、ただおろおろするしかなかった」とのこと。
 とんでもない誤解をされていたのだった。
 こんなやり取りだったんだから、まあ無理もないだろう。

「ねえ、ホントお願い! 1回! 1回だけでいいんだってば」
「駄目だと言っている」
「そんなこと言わずに! もう僕の気持ちがはちきれそうなんだ!」
「はちきれればいいだろう」
「よくないよ! いいじゃん1回ぐらい! 減るもんじゃないし!」
「増える減るの問題ではない」
「ねーねー! たーのーむ~! これからはエリーのこと様付けで呼ぶし、なんなら踏みつけてくれたっていい」
「そんなことが私にとって得なのか?」
「お得ですよエリー様。だってエリー様はドSでいらっしゃる。ねーねー、おーねーがーい~! ホント1回で済ませます!」

 考えてみればこのとき、廊下から走り去る感じの足音が聞こえた気がする。

 僕はというと、どうしても言うことを聞いてもらえないことが理不尽に思えて、だんだん腹が立ってきていた。

「ああ、そうかいそうかい。こんなに頼んでも駄目なら、僕にだって考えがあるぞ!」
「へりくだったり強気になったり、お前は振られるときの男か」
「意外と人間の性質に詳しいな! いやそうじゃなくて、もし暗示を解除してくれないのなら、この手を離して僕はエリーの犠牲になるぞ! 嘘だけど。ああも~!」

 がっくりと、僕はうなだれる。
 エリーのことだから「そうか嘘なら問題ないな」みたいなことを言うんだとばかり思っていたのだ。
 でも違った。

「ふむ。お前の意思の固さは解った。1回でいいんだな?」

 僕の顔は「へ?」という形のまま凍りついている。

「解除、してくれるの? 嘘、言えるようにしてくれるの?」
「2度言わせるな」

 エリーは椅子からすっと立ち上がり、僕の手を引く。

「お前が今までにないぐらいしつこく頭を下げて私に頼むということは、そこまでして嘘を言う必要があるのだろう? どんな嘘を言い出す気なのか興味が湧いた」

 エリーは「立て、行くぞ」と僕を椅子から引っ張り上げる。

「お前の都合で構わん。解除のタイミングを言え。10分したら再び嘘を言えぬよう暗示をかけ直す。それでいいな?」

 僕はもう感激の余り、思わず「ありがとうございますエリー様」と解りやすく喜んだ。

 白くて大きい2階建ての建物。
 その前まで、僕はエリーを連れてくる。

「この中にね、騙したい人がいるんだ」
「ふむ。ここには何度か来たな」
「うん」

 ちょうどそのとき、白塗りの馬車が慌しく止まった。
 担架を持った隊員たちが降り、どやどやと建物に怪我人を運び込んでゆく。
 どうやら急患のようだ。

 迎えに出てきた医師に、隊員の1人が容態を説明している。

「大型馬車の暴走事故です! 怪我人は幼い女の子で、右腕が…!」

 なんだか大変なときに訪れてしまったみたいだ。
 知らぬ人とはいえ、僕は運び込まれた怪我人の無事を深くお祈りをしておいた。

 無事でありますようにと念を送りつつ、僕らも病院に足を踏み入れる。

「エリーも何度か一緒にお見舞いに来たでしょ? 僕の生徒がここで入院してる」

 その生徒はエイシャといって、駆けっこの早い、明るくて元気な男の子だ。
 いや、元気だった、というべきだろうか。
 彼は重い病を患ってしまい、今もこうして入院生活を送っている。
 クラスのみんなで寄せ書きを書いたり見舞いに行ったりでちょくちょく顔を見せてはいるものの、明らかにエイシャの笑顔は薄れていった。

 以前だったらふざけて「俺は不死身だベイベー」ぐらいのことを言う子だったのに、最近はどうも後ろ向きな発言が多い。
 どうやらエイシャは周りにいる大人たちの反応を見て、自分の病気の厄介さに気づいてしまったようだ。

 先日、とうとう彼のお母さんが学校にやってきた。

「エイシャは、持ってあと3ヶ月だそうです」

 元気いっぱいで豪快な大笑いを普段ならするお母さん。
 そんな彼女はこのとき、この世の不幸を全て味わったかのようにやつれ、沈み、青ざめていた。
 眠っていないのだろう。
 目の下にできたクマが濃い。
 とてもじゃないけど、その辛そうな様子を見ていられなかった。

 エイシャ本人もきっと、僕の想像を超える苦しみを毎日長く、深く味わっているのだろう。
 悲しさと絶望と寂しさと、体の痛みと、他にも色んな苦痛をきっと少年は感じ続けているのだろう。

 お母さんは、「本人には何も言ってません」と暗い目を伏せる。

「エイシャには何も知らせていませんが、自分の体のことです。もう気づいているようなんです。お医者さんが言うには、精神的苦痛がさらに命を縮めているとのことなんですが…」

 気づくと僕は「エイシャ君に希望を持ってもらえるよう、出来る限りのことをします」と一方的に約束を押し付けていた。
 自分でも何が解決なのか解らないけど、でも少しでもエイシャに笑ってほしい。

 同じ先生って呼ばれる職業だけど、僕はお医者さんじゃない。
 だから命を延ばしてあげることはできない。
 僕は教師だ。
 生徒にいい思い出を作ることも、僕の仕事なんじゃないだろうか。
 そう思ったんだ。

 エイシャの病室は2階の奥にある。
 僕はドアの前で立ち止まり、上着の内ポケットから懐中時計を取り出す。

 今から10分だ。
 嘘でも何でもいい。
 僕はエイシャを笑わせる。

「エリー、解除、頼むよ」

 エリーが「うむ」と頷き、僕の目を見た。
 ほぼ同時に、僕は病室のドアをノックをする。

「エイシャ、こんにちは! 今日はエリーと2人で来たよ」

 室内に足を踏み入れる。
 エイシャは呆然と起きていて窓の外を眺め、特に何かをしていたわけでもなかった様子だ。
 お母さんはと訊くと、エイシャの大好きな果物を買出しに行っているのだそうだ。
 どうやら入室タイミングは間違っていなかったらしい。

「エイシャ、ここいい?」

 答えを待たずに僕はベットの横にある椅子に腰かける。
 目一杯にんまりと笑って、僕はエイシャの目を見た。
 焦点の合っていない虚ろな目はこちらに向けられていないけど、僕は構わず続ける。

「エイシャ、今日は何の日か知ってる?」

 すると彼は「嘘をついてもいい日」とボソリとつぶやいた。

「そうそう。エイシャは今日、なんか嘘ついた?」
「…けないよ」
「ん?」
「つけないよ」
「なんで?」
「そんな気分にならない」
「そっかー。嘘がつけるって、素晴らしいことだぞ? 先生を見ろ。エリーのせいで冗談だって言えない」

 エイシャは相変わらず窓の外を見て、あまり反応を示さない。
 しばらく雑談を続けてみたものの、彼は心を閉ざしてしまっているようだ。

 僕は椅子から立ち上がる。

「エイシャ、お母さんから聞いたんだけど、自分はもう助からないなんて思ってるんだって?」

 相変わらず、少年は何も応えない。

 僕は自分の判断が当っているのか間違っているのか解らないけれど、もしかしたら残酷な嘘になるのかも知れないけど、でも、これしか思い浮かばない。

 お医者さんやお母さんだって患者に何も教えないんだから、まあいいじゃないか。
 と無理に自分に言い聞かせ、僕は大きく伸びをする。

「なんで生徒想いの僕がこんなに上機嫌でいられる? もしエイシャが死ぬんなら、僕は大慌てで笑ってなんかいられないよ」
「そんなの、演技だ」
「おいおい、僕が世界一の正直者だってこと、忘れたのかい? 言葉の最後に『嘘だけど』がないだろう?」
「今日は嘘をついてもいい日だから」
「ああ、そうだったね。じゃあせっかくだから今から嘘を言おう」

 少しだけ、僕は小さく深呼吸をする。

「エイシャはこのまま病気で死んじゃう。嘘だけど。ああ、やっぱり駄目か」

 少年の目が、今日初めて僕を捕らえた。

「もうすぐエイシャは元気になんて絶対にならない! 嘘だけど。くっそ。相変わらず言えないな。せっかく嘘をついてもいい日なのに」

 エイシャは黙って、落ち着きなく喋りまくる僕を見つめている。

「エイシャは一生退院しない! 嘘だけど。くそ! やはりか! ええい! エイシャはもう2度と廊下を走り回って僕に怒られたりなんかしない! 嘘だけど。ああもー!」

 サーカスのピエロのように、僕は1人でうるさく騒ぐ。

 エイシャは笑顔を取り戻さない。
 嘘だけど。
 エイシャはクラスのみんなと2度と一緒に遊べない。
 嘘だけど。
 エイシャはもう運動会に出られない。
 嘘だけど。

 思いつく限り、僕は「嘘だけど」を連発した。
 その様子が滑稽だったのだろう。
 ほんのわずかだけだけど、エイシャが鼻で笑ってくれた。
 僕は調子づく。

「エイシャは不死身だベイベー! お! やっと『嘘だけど』が出なかった! やったー! っと思ったら、嘘じゃなくて本当のことだからか。くそ。やっぱり僕には嘘が言えないよ」
「なるほどな」

 不意にエリーがつぶやく。
 次に放たれる彼女のとんでもない言葉に、僕は思わずぎょっとした。
 エリーがエイシャに体を向ける。

「おいお前、お前は死ぬぞ」

 心の中で僕は大絶叫だ。
 なに言い出すんだエリィーッ!
 この骨骨ロック!
 そっちの意味でも死神ですか!

 エイシャも僕と同じく、ゾッとしたような表情だ。
 エリーはお構いなしに、少年に冷ややかな目を向ける。

「お前がいつ死ぬか、私にはどうでもいいし解らない。ただな、生き物はいつか必ず死ぬのだ。いくら怖がっても喜んでも、死は生物に対し平等に訪れる」

 エリーは窓を顎で示す。

「外にいる連中を見てみろ。いつか自分が死ぬなんて当たり前のことを忘れて暮らす奴ばかりだ。それに比べればお前は死を感じているだけに、そんな輩よりもずっと優れている。死を理解したならせっかくだ。ついでに覚悟でも決めておけ。その覚悟は死ぬまで持っているといい」

 エリーは最後に、こう締めくくる。

「私の言葉、老いても忘れるなよ」

 また来るよと少年に告げ、僕らは病室を後にした。

 笑顔で手を振り、ゆっくりとドアを閉める。
 バタンという音と同時に緊張の糸が解けて、僕は大急ぎで洗面所を目指した。

 嘘を言いまくっていた最中、僕は泣き出したくてたまらなかった。
 無理矢理な笑顔を作ることが辛かった。
 でも、この目からあふれ返ろうとしている涙が、エイシャの前で出なくてよかった。
 笑顔が作れて、本当によかった。

「その慌てよう、消化器官でも壊したか?」

 エリーの問いに答えず、僕は洗面器の前でみっともなく号泣する。

 エイシャ、あと3ヶ月だけかも知れないけど、少しでもいいから笑って過ごしてくれ!
 先生もお前に負けないぐらい笑うから!
 だから最後まで笑顔でいてくれ!

-----------------------------

「そうか。あれから1年か」

 エリーは僕に釣られて、窓から校庭をぼんやりと眺めている。
 その校庭はかつて運動会のとき、エイシャが1等賞を勝ち取った思い出の場所だ。

「言い忘れていたことがある」

 エリーはその冷たい視線を僕に向けた。

「言い忘れたこと? 僕に?」
「うむ」
「どんなこと?」
「あの日は、嘘を言ってもいい日だったな」
「あ、うん、そうだね。もちろん今日もそうだけどさ」
「去年のあの日はな、私もお前に習い、嘘を言わせてもらった」
「へ? どんな?」
「あの少年の病室で、お前はどれだけ喋っていた?」
「いや、時計を見ながら話せないから解らないけど、10分より短いんじゃないの? そういうつもりで嘘を言ったつもりだし」
「お前は途中から涙をこらえるほどに感情が高ぶって、時間を気にする余裕などなかった」
「あ、そう? じゃあどれぐらい喋ってた?」
「私が暗示を解いてから、ゆうに20分間」
「え!? そんなに!? うっそ!」
「こんな日とはいえ、嘘じゃない。お前は嘘をつく前のくだらない雑談に時間を取り過ぎたんだ」
「え、でも、僕ちゃんと嘘言えたし!」
「私が嘘をついていたからな」
「え?」
「私はお前に10分間だけ嘘を許すと言ったが、あれは嘘なんだ。実際は1時間許可していた」
「そうだったの!? なんでだよ、もー!」
「余興のつもりだったんだがな」

 しかしちっとも面白くなかった。
 とエリーは言う。

 僕はなんだか気分がよくなって、さっきの質問をもう1回エリーにぶつける。

「ねえ、エリー。嘘ってゆうのも、悪くないと思わない?」
「お前は本当に群れを成す生物特有の考え方をする」

 窓から暖かい風が入ってきて、机の上にあった卒業アルバムのページをめくる。
 僕は「おっと」と咄嗟にアルバムを押さえると、偶然にもそこは我が教え子たちのページだ。

「いいんだよ、嘘も方便ってね」

 誇らしい子らの似顔絵やら寄せ書き。
 卒業生の一覧には恥ずかしながら、僕から1人1人に向けてのメッセージが添えられている。

「ほら見てエリー。いや、ごめん。見れないんだったね」

 僕はしみじみと、開かれたアルバムを膝の上に置いた。
 エリーには解らないことだけど、そこにはこう記されている。

「エイシャ、退院おめでとう! 君は不死身だベイベー! じいさんになっても、エリーの言葉を覚えていてね」

拍手[17回]

2009
March 13

 will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/


<そこはもう街ではなく・2>

 玄関先で大地は目を丸くする。
 来訪者は、よく知る人物だった。

「涼、なんだその恰好」

 緑色をしたハーフ丈のアーミーコートと、下も同じような色の丈夫そうなアーミーパンツを履き、毛皮の手袋はバールを握りしめている。
 悪友ともいえる昔馴染みの、涼だった。
 縁取りのしっかりとした赤い眼鏡とはまるで似合っていない恰好だけに、いつもの洒落っ気のある彼とはどこか雰囲気が違って見える。

「お前、戦争にでも行く気?」

 大地がそのような軽口を叩くのも無理はない。
 見方によっては大地を襲撃しに来た風に、見えなくもない。

 ところが涼の表情は真剣そのものだ。
「のん気なこと言ってる場合じゃねえぞ」とブーツを脱ぎ、大地の家に上がり込もうとしている。
 その作動から察するに、やはりこの街は異常事態の真っ只中にあるらしい。

 大地の部屋で、2人は毛布を肩からかけて座り込んだ。
 暖房器具が全く働かず、室内とはいえ冷え込みが著しい。

 マンションの4階が大地の自宅で、窓からは冬空公園の野球場とその奥にある数々の住宅が望める。
 静まり返った景色は生気を感じさせない。

「見ての通り、誰もいなくなっちまった」

 涼は窓から視線を外し、その細目を大地に向ける。

「でも自分が残ってるわけだから、他にも俺と同じような生き残りがいるかも知れないだろ? 色々探し回ってみようと思って、知り合いの家を当たることにしたんだよ。そしたら大地が残ってた」

 涼は「最初に訪ねたのがここで、自分にはツキがある」とも言った。

 大地は「俺はさっき起きたばっかだけど」と断りを入れてから、さきほど目撃した不気味な少女の話を語る。

「トラウマになるぐらい怖かった。俺の印象だと、あの子は街の住民じゃない」

 すると涼は「ちっちゃい女の子? ロボットじゃなくて?」と不思議そうな顔をした。
 大地も似たような表情を浮かべる。

「ロボットって? なにそれ?」
「まだ見てないのか?」

 すると涼は床のバールを持ち上げる。

「俺がこんな武装してるのも、ロボットが襲ってくるからなんだよ」
「そんなロボいるの!? マジかよ。宇宙人でも攻めてきたのかな」
「そうかもな。腰ぐらいの高さでクリーム色のロボットが、そこら辺うろちょろしてたよ。見つかると攻撃してくる」
「攻撃って、どんな?」
「いや、それほど強くなかったよ。俺、お前や和也と違って頭脳派だろ?」
「自分で言うなよ」
「奴ら単純に正面から突進してきて、殴りかかってくるだけだよ。武器があれば俺でも簡単に壊せる。中には刃物持ってる奴もいたけど、そこは逃げといた」
「ロボなのにビーム出さないのか。そいつらって、動きはぎこちない?」
「いや? スムーズだったよ。突進力もあったし、殴る手のスピードも速かったし」
「ロボットの足は? 2足歩行?」
「そういうやつもいたな。下半身がキャタピラの奴もいたけど」
「ふうん」

 大地は不審感を抱く。
 実際に自分の目でロボットを見て、観察する必要がありそうだ。

「取り合えず、ここ出ようか」

 大地は立ち上がり、修学旅行のときに買った木刀を引っ張り出した。
 毛布をベットに返し、涼も腰を上げる。

「そうだな。他の奴らの家にも行ってみよう」

 外の冷気はやはり激しく、大地は先ほどよりもさらに肌着を重ね、涼と肩を並べて歩いている。
 目指すは中学高校からの同級生、小夜子の家だ。
 親密な仲間の1人であることと家の近さから、2人は彼女の家を訪ねることにしていた。

 4車線の車道を走る車は一切なくて、大地たちは堂々と道路の中心を歩く。
 滅多にできない行動だけに、どこか清々しさを覚えた。

 歩道橋をくぐってしばらく行くと、商店街が姿を現す。
 24時間営業のショップは電気を消していて、それ以外の店舗はシャッターを下ろし、閉店を示していた。

「おい、あれ」
「ああ」

 2人がそれに気づいたのはほぼ同時だった。
 止まっている景色の中を動く物は目立つ。
 あれが涼の言っていたロボットなのだろう。
 白い物体が歩道を動いている。
 頭の位置は涼の言う通り、大人の腰ぐらいの高さにあって色はわずかに黄色がかった白だ。
 近づいてみるとロボットは人間のようなデザインだが3頭身ほどで、頭部前面にはレンズが1つ付いている。

 大地は涼に木刀を預けた。

「これ持ってて。でさ、涼のバール貸して。俺の木刀だと折れちゃうかも知んないから」
「え? ああ」

 バールを受け取ると、大地はロボットに向かって歩む。
 ロボットは2本の短い足を持っていて、まるで生き物のような滑らかさで歩いている。
 足の裏にゴムが付いているらしく、足音は聞こえてこない。

「あの、こんちは」

 大地は試しに声をかけ、機械の様子を探った。
 会話が可能かどうか検証したいのだ。

 ロボットのレンズが大地を発見したようで、白い体をこちらに向ける。
 瞬間、ロボットは躊躇する様子もなく、真っ直ぐ大地に突進してきた。
 その両腕が握っているものは、ナタのような刃物だ。

 大地を殺傷することが目的だと、この時点で理解に及ぶ。

 ゴルフのスイングのように、大地はバールを振り上げた。
 金属音が大きく響く。
 ロボットの片腕を上に弾き、その衝撃で体勢を崩させる。
 間髪入れず、大地はバールを今度は横に振った。
 さらに大きな衝撃音と共に、ロボットは吹っ飛び、靴屋のシャッターに体をぶつける。
 変形した中華包丁のような刃物は、1つは大地の足元に落ち、1つはまだロボットによって握り締められている。
 大地は残った刃物を持つ腕を目がけ、さらにバールを振るった。

 背後から涼の声がする。

「さすがだな」

 大地はロボットから目を離さずに「まあね」と返した。

 まだ動こうとしている敵らしきロボットをさらに屠り、その機能を完全に停止させる。

「なあ涼、今朝から不思議なことが多すぎるけど、さらに謎が増えたよ」

 バールを涼に返しながら、大地は続ける。

「動きから見てもこのロボ、絶対に高級品だ」
「ああ、そうだろうな。普通の人には買えなさそう」
「でしょ? でもこいつ、矛盾してね?」
「矛盾?」
「そう。だってさ、こいつ確実に人を攻撃するようにプログラムされてたじゃん。で、高性能。なのになんで、攻撃手段がめちゃめちゃ原始的なわけ?」
「ああ、言われてみればそうだな。なんでだろう」
「しかもさ、このサイズだろ? 元々人間を攻撃するために作られたんじゃない感じしない?」
「うん、それもそうだ」
「こいつらを操ってる奴がどっかにいるわけで、街から人を消したのも同じ奴っていうか、組織なんだろうけどさ」
「うん」
「その組織の規模がまるで解らない。このロボを見る限り、お手伝い用のロボットを利用したって感じじゃん? それを踏まえると、黒幕は凄い科学力を持ちながらも、兵力が少ない」
「あ、そうかそうか。そうすると今度は『その程度の団体がどうやって住人たちを消したんだ?』って話になるわけか」
「うん。しかもね? このロボと、俺が見た不気味な女の子との繋がりもさっぱり解らない。なんかSF映画に幽霊が出るみたいな違和感があるよ」
「う~ん」

 涼は腕を組み、考え事を始めた。
 大地は自分の木刀を受け取ると、「まあ行こうぜ」と友を促す。

「まだまだ情報が足りないんだろうね。色々じっくり調べて、キーが揃ってから組み立てよう」

 普段から対立している2軒のラーメン屋を通り過ぎてすぐの脇道を行くと、住宅街が展開する。
 小夜子の家まであと少しだ。

 大地は無意識につぶやく。

「探さなきゃなあ」
「ん? 何を?」

 涼が眉を少し吊り上げ、大地の顔を覗き込む。
 一瞬だけ呆然としていた大地は我に返り、「え? なにが?」と聞き返した。

「なにがじゃねえよ」と涼。

「お前が今言ったんじゃん」
「あ、ごめん。俺今、なんて言った?」
「探さなきゃって」
「そんなこと言ったんだ? わりぃ、ボーっとしてた。特に意味はない」
「ああそう」

 歩きながら、大地は他の謎が残っていたと思い直す。

 さっきから俺は一体何を探したがっているんだ?
 俺の中の別人格は、何を知っていて、何を考えているんだ?

<万能の銀は1つだけ・2>に続く。
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2009
March 06

 will【概要&目次】
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<巨大な蜂の巣の中で・1>

 私はメリアではありませんと、メリアは悲しげにうつむく。

 肩まで伸びた黒い髪。
 そしてそれをかき上げる仕草。
 わずかに青い瞳と悲しげな表情。
 どこを見ても彼女はメリアそのものだ。
 とてもじゃないが、彼女がロボットだなんて信じられない。

 メリアはそれでも「私を調べてください」と哀願の目を私に向け、わずかに震えている。

 ある不思議なニュースが報道されていることを私は思い返していた。
 事故や災害に巻き込まれて重症を負った者の中に、アンドロイドと思われる被害者が含まれていたというものだ。
 アンドロイドはすぐに爆発してしまったので目撃者は少ないが、オカルト誌や都市伝説を扱う番組は喜んで飛びついていた。
 事故現場で謎の爆発が起こるといった出来事も他にあって、やはり被害者の中にアンドロイドが含まれていたのではないかと関連づけられている。

 CTスキャンを立ち上げて、私はメリアに横になるよう指示を出した。
 メリアは既に患者用のローブに着替えていて、言われるがままに機材のベット上で仰向けになる。
 私はパネルを操作して、メリアが横たわるベットをスライドさせた。
 頭を先にして、メリアの体が徐々に機械へと飲み込まれてゆく。

 メリアが私の元を訪れたのは、つい先ほどのことだ。
 今日は夜勤で、私は緊急時のために院内で待機していた。
 時間にすれば深夜で、仮眠を取るべきかどうか考えを巡らせていると、携帯電話が着信を知らせる。
 当病院のナースで、私のフィアンセでもあるメリアからだ。

「もしもし? 珍しいね、メリア。こんな時間に」
「レミットさん」

 彼女はこのとき、私を呼び捨てにせずに敬称をつけていた。
 その声の暗さが、深刻な知らせを予感させる。

 私は電話を持ち直し、「何かあったのか?」と訊ねた。
 メリアは困惑しているのか歯切れが悪く、「どう説明したらいいのか」と言葉を選んでいる。

「落ち着いてメリア。結果から先に聞いていいかな? 何がどうしたんだい?」

 次の言葉は、私にとって非常に不可解なものだった。

「私はメリアではありません。本物のメリアさんはつい先ほど、死亡しました」

 発声の強弱のつけ方や発音は間違いなくメリア本人のものだっただけに、私は混乱をする。

「なに? 君はメリアじゃないのか?」
「はい」
「なら、誰なんだ?」
「メリアさんと同じ記憶をプログラムされたアンドロイドです」

 悪戯にしては様子が真剣すぎる。
 私はこのとき、彼女の身に重大な不幸が起きて思考が混線しているのだと判断をした。
 心の治療は私の専門分野ではないが、ここは医者ではなくフィアンセとして話を聞くべきだろう。

「君がアンドロイドだとして、どうして僕に電話を?」
「私に協力者が必要だからです」
「もちろんだ。君に頼ってもらえて嬉しいよ」
「今日は、まだ病院ですよね?」
「ああ、そうだ。明日の午前中にはマンションに戻れる」
「今からそちらを訪ねてもいいでしょうか?」
「今から!?」

 当直室のデジタル時計を見ると、時刻はやはり真夜中だ。
 それほどまでに緊急を要するとは思えず、かといって断れば彼女を傷つけかねない。
 私は迷った挙句、メリアの来訪を許可していた。

「ただメリア、ここに来てどうするつもりなんだ?」
「あなたを絶望させてしまうでしょう。私がアンドロイドだと解れば、それはメリアさんの死を認めることに繋がってしまいます」

 私は黙って聞き入る。

「それでも」

 彼女の言葉は決意が宿っているかのような強さがあった。

「私がメリアさんではなく、意思を持ったアンドロイドだということを理解してほしいのです。私がどうして作られたのかも」

 こうして私は今、病院の機材を無断で使用してメリアの身体をスキャンしている。
 私としては、彼女がロボットではないことを証明する気持ちでいた。
 自身がアンドロイドであるなどといった記憶が妄想であると、メリアに気づかせるためだ。
 しかし、思い知るのは私のほうだった。

 彼女の体内の情報はすぐにモニターに表示される。
 それを見た瞬間の驚きを、私はどう表現したら良いのかまるで解らない。
 表皮部分や骨格は極めて人間に近いのだが、彼女は明らかに人ではなかった。
 どう見ても人工物としか思えない塊だけで肉体のほとんどが構成されている。

「謝罪の言葉もありません」

 メリアが、いや、メリアと同じ容姿を持つアンドロイドが私の横で口を動かせている。

「私は、メリアさんを守ることができませんでした」

 呆然自失となっている私は、何も応えられずにいる。
 デスクに腰かけ、祈るかのように両手を組んで口に当てる。
 細かく震える膝を止める気力さえなかった。

 彼女は申し訳なさそうな表情のままコーヒーを淹れ、私の横にそっと置く。

「レミットさん、これから私がする話は、あなたにとって受け入れがたい内容です」

 意識がぼんやりしているからか、彼女の声は遠くから聞こえるかのようだ。

「私が知っていることを全てお話します。ただ私はあなたが混乱していることを知っているので、どこから説明するべきなのか」
「君がロボットだということは理解した」

 私は焦点の合わぬ目で宙を眺めたまま言う。

「私の婚約者は実は最初から人ではなかったのか?」
「いえ」
「なら君の言う通り、人間だったメリアは死んでしまったのか?」
「残念ながら」

 それ以上のことを、彼女は続けなかった。
 当直室に静寂が訪れる。

「私は、メリアさんと入れ替わるために作られました」

 彼女はその場で直立したまま、再び語り出す。

「私には、メリアさんと同じ記憶と性格が設定されています。仕草も声も彼女と同じものであるはずです」
「ああ、思わず君をメリアと呼んでしまいそうだよ」
「何故、私にそのような設定がなされているのか? それは私がここでナースの仕事を続けながら、患者を洗脳するためです」
「患者を洗脳?」
「はい。これから様々な要人たちが病気や怪我で、ここに入院することになるでしょう」
「どういうことだ?」
「ソドムという男に心当たりはありませんか?」

 唐突に出た男の名に、私は首を振る。

「いや」
「彼は脳研究の第一人者で、世界的にも有名でした。今から21年前に失踪しています。生きていれば、現在は68になっているでしょう」
「その男が、どうしたんだい」
「彼は失踪直前まで、人間の脳を極限まで覚醒させる研究に没頭していました。遺伝子操作や薬物投与などの動物実験を繰り返しながら」
「もしかしてソドムって、ソドム博士のことか?」

 片隅にあった記憶が蘇る。
 昔、テレビか何かで仮説が報道されていた。
 自分自身の脳を強化したために世間に絶望し、自決した博士の名が確かソドムだ。

「彼は死んではいません」

 アンドロイドは続ける。

「身を隠し、密かに計画を進めていました」
「計画?」
「はい。このままでは、この星は人類の住めない土地になってしまいます」

 環境汚染は深刻化しているから、最近では誰もがそう考えている。
 続きを促すと、彼女は「文明を無くすための計画を彼は実行しています」と悲しげな目を伏せた。

「文明を無くすだって?」
「そうです。自然を回復させるために」
「それは突飛すぎる発想じゃないか?」
「ソドムにはそれが可能なのです。彼が得た知恵は想像を絶しています」
「彼が得た知恵?」
「彼は、脳の性能を完璧に目覚めさせる術を作り上げてしまったのです。発表はされなかったのですが、ウイズダムという新薬です。彼はそれを自分に投与しました」
「つまりソドム博士は、簡単にいえば『頭が良くなった』ということか?」
「ええ。ソドムは潜伏し、21年間ずっと準備を進めてきました。文明の破壊と、一部の人間を飼育するためです」
「人間を飼育するとは?」
「限られた地域に人間を残し、増えすぎぬよう管理するという意味です」
「そこに残れない者は滅ぼすってわけか。はは。さすがに信じられないよ」

 私は立ち上がり、換気するために窓を開ける。
 深夜の都市は眠ることなく、ネオンや街灯やビルの明かりで、星々の光をかき消している。

「見たまえ。ここから見えるだけでも相当の数だ。これだけの人数を皆殺しなんて可能なのかい? 軍隊でも難しい」

 するとメリアは「中性子爆弾」とつぶやく。

「何爆弾だって?」
「衛星ビーム砲の連続暴発、ウイルスの蔓延、人為的な天変地異、人間同士による大暴動、コンピューターの反乱、これらが1度に、世界各地で発生します」
「おいおい」
「計算し尽くされた攻撃です。都心部のみを破壊し、自然の多い地域は無傷で済むでしょう。その後の生態系もソドムによって計算され、既に用意されています」
「ちょっと待ってくれないか」

 どこまでが真実であるのか、私は判断をするべきだ。
 このロボットが虚言を用いている可能性はあるし、メリアの死を直接確認したわけでもない。

「君の言葉を全て信じるには、僕にも用意が必要だ」
「ええ、そうですよね。私は、どうしたら良いでしょうか?」
「そうだな」

 私は腕を組み、部屋の中を行ったり来たりと往復を始める。

「メリアは既に死んだと言っていたね? 僕にとって最も受け入れるわけにはいかない情報だ。彼女の遺体は今、どこにある?」
「ありません」

 僕の足元を見つめるかのように、彼女が視線を下げる。

「私は起動時、本物のメリアさんを助けようと思いました。そこで彼女のマンションに急いだのですが」

 言い難そうに彼女は「間に合いませんでした」と漏らす。

「人に成り済ましたアンドロイドは私の他にもいるのです」

 そこで私は近年のニュースを再び思い出した。
 噂されているアンドロイドがつまり、私に名乗り出てきているのだ。

「君がここにいる以上、市民に紛れるアンドロイドの存在は認めなければならないな。続きを」
「はい。ソドムによって開発されたアンドロイドには個別にコードネームが設けられています。メリアさんを殺害したアンドロイドの名は、デリート。人体の細胞を分子分解する機能が備わっています」
「つまりメリアは殺されたあと、死体を塵に変えられてしまったと?」
「はい。正確には気体にまで分解されてしまいました」

 すると彼女は両手で顔を覆い、「間に合わなくってごめんなさい。私はデリートを止められませんでした」と声を震わせる。
 泣き方までメリアそのものだ。
 フィアンセと同じ姿をした彼女を抱きしめてやりたくなる。
 しかし、死体がないだけにメリアの死を納得するわけにはいかない。

「他にも疑問があるんだ」

 私は頭を撫でてやりたい衝動までも我慢し、問う。

「君は僕に正体を明かしたが、他のアンドロイドもそういった行動を取るものなのか? 何体のアンドロイドが世間に紛れているのか解らないが、全部が君のように名乗っていては派手なニュースになると思うんだが」
「それは私にも解りません。ただ私にはメリアさんと同じ意思が宿っています」

 メリアの意思。
 そういえば以前、彼女は夢を語っていた。

「レミット先生、私は人を助けたいです」

 あれは私との交際が始まる前のことだったか。
 医療に携わる者として当たり前の感情のはずが、彼女が言えばシンプルなだけに心に響く。

「そのためだったら、私は解体されても構いません」

 今度は回想の中のメリアではなく、目の前のメリアが発言をしていた。

 私は冷めかけたコーヒーに初めて口をつける。

「君の言うことを全てを信じるには時間や裏づけが必要だし、1度に色々聞いてしまったので僕が困惑しているのは確かだ」

 砂糖の数、ミルクの量。
 メリアが淹れるコーヒーと全く同じ味だ。
 私はカップを置く。

「君はしばらくメリアと名乗ったほうがよさそうだね。我々は近いうちに長期休暇を取ろう。僕にとっても見過ごせない」

 するとメリアは深く頭を下げる。

 私は窓を閉めるために、もう1度シティの夜景に近づいた。
 この光景が無になってしまうことなど、私には想像できない。

<そこはもう街ではなく・2>に続く。
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2009
March 04

 will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/

<万能の銀は1つだけ・1>

 石造りの坂道を上っていくほどに商店は身を潜め、代わりに住宅の割合が増してゆく。
 馬車同士がすれ違えるほどに広かった道幅が、今は少しづつ細まり始めていた。
 目指す酒場はこのような不便とも取れる区域でひっそりと夜が来るのを待っている。

 無骨な厚木の看板が右手に見え、そこには「友の剣亭」と見えた。
 この一風変わった名の酒場に、2大英雄の1人が僕を待ってくれているはずだ。
 気を引き締めて、僕は分厚い木のドアを引く。

「いらっしゃい」

 迎えてくれた店主は僕の予想と違い笑顔で、愛想が良い。
 筋肉質の大男が不機嫌そうに鼻を鳴らし、「やっと来たか坊主。待ちくたびれたぜ」ぐらいのことを言ってのけ、顎で席を示すといった光景を想像していただけに、この歓迎は意外だった。
 酒場の店主は大抵、横柄な態度であることが普通だからだ。

「お邪魔させていただきます」

 帽子を取って頭を下げると、緊張のせいあって自身の手が震えていることに気づく。
 しかしそれは当然のことだろう。
 1つの戦争を終わらせてしまった英雄を前に、平然としていられるほうがどうかしている。

「ジェイクです。先日の手紙、読んでいただけて光栄です。お逢いできたことはそれ以上に」

 自己紹介を済ませ、顔を上げる。
 改めて見渡すと、まだ営業時間前であるためなのだろう。
 ランプの灯火は最小限で、窓からはうっすらと太陽の光が差し込んできている。
 暖炉の炎もぼんやりとしていて、店内は薄暗い。
 入り口を入ってすぐ目につくのが正面のカウンターであり、その上には様々な酒瓶がラベルをこちらに向けて並んでいる。
 テーブル席は左手に1つ、右手に2つ。
 これらも店と同様に全て木製だ。
 壁にはイカリや舵輪といった船具や、古びたサーベルなどが飾られている。

 カウンターの右端には体格の良い大柄な男が1人で座り、早くも飲んでいるようだ。
 腰に剣を差しているところを見ると、男は剣士であるらしい。
 この店はやはり剣士にとっても聖地なのだろう。

「気楽に。堅苦しくしなくていい」

 カウンターの中から店主は言う。

「帽子とコートを掛けたら、適当に座っていてくれ。飲み物を出そう。何がいい?」

 剣士の男とは距離を置いて着席し、僕は恐縮をする。

「それでは、レム酒を」

 僕の前に酒を置くと、恐れ多いことに店主は自ら手を差し伸べる。

「レーテルだ。遠方からの友を歓迎するよ」

 慌ててズボンに右手をこすりつけ、僕は皮が厚い手と握手を交わした。

「15年前の話が聞きたいんだったな」

 その言葉に僕は固唾を飲み込むかのように深く頷く。

 史実を小説にし、発表したい旨は既に手紙で伝えてあった。
 返答がないことを懸念していたがしかし、レーテル氏は快く応じると返してくれたのである。

 15年前の戦争を終わらせた英雄を前に僕は自然と姿勢を正す。
 彼の言葉を控えるための筆記用具をカウンターの上に並べながら、チラリと横の剣士の様子を伺った。

「ああ」

 英雄が再び笑顔を見せる。

「こいつのことは気にしないでいい。ただの暇人だ」
「暇人はねえだろう」

 乱暴な言葉とは裏腹に、剣士の口調には親しみが込められている。

「俺のことも書いてもらえるかも知れねえと思ってな。稽古をやめて飲みに来たんだ」

 続けて若き剣士は僕に体を向ける。

「兄ちゃん、ジェイクっつったな。邪魔しねえから、俺のこたァ気にしねえでくれ」

 風貌に似合わず、気さくな調子だった。
 店主とのやり取りを見ても、彼はおそらく常連客なのだろう。

「さてと」

 レーテル氏が自分のグラスに酒を注ぎながら、眉の片方を吊り上げる。

「2大英雄なんて言われてるが、今じゃ歯牙ない酒場のおやじだ。昔は痩せてたんだがな」

 見れば確かに彼は太っていて、かつては名の知れた剣士であった面影がもう残っていない。
 そのことが平和な今を象徴しているような気がして、僕は改めて尊敬と畏怖の念を覚えた。

「緊張する気持ちが解らないわけじゃないが、他の酒場でもそうするよう、くつろいで飲んでたらいいや」

 氏が自分のグラスを片手に僕の前に来る。

「15年前のことはどこまで知っているんだい?」
「大雑把な知識しか持ち合わせていません」

 2大英雄の1人が今ここにいるレーテル氏であること。
 もう片方は故人で、やはり剣豪であったガルド氏。
 各地で同時に発生した殺人事件が例の戦争に発展してしまい、それをたったの2人で終わらせてしまったこと。
 要するに僕が持っている情報は一般人と変わりがない。

「それだけ知ってりゃ上等だ」

 英雄が白い歯を見せる。

「じゃあ順序よく、最初から細かく話すとするか」

 出されたレム酒に手をつけることも忘れ、僕は「お願いします」とその場で小さく頭を下げる。

「ありゃまだ俺の髪が多かったころの話だ。謎だらけの事件だと、当時は不思議に思ったもんだよ」

 酒を一口飲んで、氏は語り始める。

------------------------------

 闘技場で戦うことが剣士の主な仕事だ。
 人間同士の対決なら真剣は使わないし、対動物の試合は滅多にない。
 それでも普段からの帯刀を許されるには理由があった。

「久々に対戦以外の仕事になるかもな」

 レーテルが広場の掲示板を眺め、つぶやいている。

「殺しなんて年に1回あるかどうかだ。それが見てみろ。この件数は異常だぜ」

 看板のようにして立つそこには紙面が貼り付けられており、数々の物騒な事件の発生を民に知らせている。
 レーテルは無意識に腰の剣に手を添えていた。

 横に並ぶ剣士は腕を組み、武者震いのようにそわそわと体を揺らせている。

「俺ァやるぜ。剣士はみんなのヒーローで、正義の味方だからな」

 続けて男は広場の全体を振り返り、見渡した。

「見ろよレーテル。ガキどもが楽しそうに遊んでる。あそこのベンチで喋ってる男女は恋人同士だろうな。いつか結婚して、子供が産まれるかも知れねえ」

 言いながら男はレーテルの肩に手を添える。

「オメー、この光景が壊されたら嫌な気分にならねえか?」
「酔ってるのかお前は。すっかり丸くなっちまいやがって」

 するとガルドはカラカラと笑い、「正直言うとよ、自分のガキに恰好良いパパの姿を拝んでほしくてな」とレーテルの背を強く2度叩いた。

 数々の試練を乗り越えて剣士の称号を得た者には富と栄光が約束される代わりに、有事の際は自主的に労力を使うことが義務づけられている。
 事件性の強い出来事があれば、ときに自衛士らと手を組んで解決に望まねばならない。
 しかし、実際に行動に出る剣士はごく少数であるのが現状だ。
 武力行使の果てに冤罪であった場合の罰則が非常に厳しいものだし、無償で働かねばならないからだ。
 不動の剣士を取り締まる機関もなく、大抵の剣豪たちは事件を見て見ぬふりをするのが情けない通常となっている。

「まずは調査か。どこから行く?」

 レーテルが訊くと、相方は「近いとこからだろ」と掲示板に背を向けた。

 広場を後にし、街道を抜ける。
 厚手の皮で作られた肩当てと胸当てと腰の剣、そして2人の大柄な身体が周囲に存在感を明らかにしており、すれ違う度に通行人が視線を逸らす。
 まるで町民を威圧をしているかのようでレーテルは肩をすぼめるのだが、ガルドは気にしていないらしい。
 相変わらず胸を張って、歩幅を広く取っている。

「それにしても、おかしな事件だぜ。前代未聞じゃねえか?」

 ガルドの言う通りだった。
 ここバイムルの町でも今月に入って4度もの殺人事件が発生したらしい。
 被害者に関連はなく、有力な目撃情報もない。
 死因はまちまちだが、だいたいは撲殺か斬殺であるようだ。
 こうした出来事がこの町のみではなく、ルメリア全土で発生している。
 凶器は見つからない場合がほとんどで、たまに発見されることがあればそれは被害者の持ち物だ。
 自治体の対策としては、夜分に1人にならぬよう呼びかけるといった単純な手段しか取れないでいる。

 まだ日が高く、振り返ると町に続く道が緩やかにカーブしていた。
 2人の剣士は郊外に立てられた一軒家を前にしている。
 周囲は草原ばかりでたまに針葉樹が立ち、人気はない。

 なるほど、この立地条件なら犯行に及びやすい。
 レーテルは率直にそのような感想を持った。
 殺人事件の1つはこの家で発生していて、今日は現場検証と被害者の家族から話を聞くことが目的だ。

 家は大きめな丸太小屋といった印象で、窓は内側から打ち付けられて外部から覗けないように細工がされている。

 玄関に備え付けられた金具を2度打ち、来訪を知らせたのはレーテルだ。
 野蛮とも取れる勇ましい風貌のガルドが対面の相手では、先方が何かと緊張をするだろう。

 玄関が開く気配がないので、レーテルは再度ノックをしつつ大声を出す。

「どなたかおられませんか! こちら剣士のレーテルです! どなたかおられませんか!」

 すっと、レーテルの手が制される。
 ガルドが「しっ!」と唇に指を添え、ノックの手を止めていた。

「どうしたガルド?」
「気づかねえか?」

 ガルドは神妙な面持ちで言う。

「血の匂いだ」

 言うが早いかガルドはノブを掴み、鍵がかかっていることを確認するとスタスタと早足になって家の周りを1周し始める。
 野生の勘とも言うべきガルドの鋭い感覚には定評があり、レーテルは無言で後に続いた。

 窓は内側から板で塞がれ、密封されている。
 見上げると2階も同じようで、裏口の類もない。
 ガルドが小さく舌打ちをした。

「あんまり良くねえ感じだぜ」

 玄関に戻ると、今度はガルドがドアを叩く。
 その様は焦りのせいか乱暴だ。

「誰かいねえか! 剣士のガルドだ! 返事がねえならドアをぶち破る! 開けろ!」

 次にガルドは1歩下がると、渾身の力を込めるようにしてドアを蹴る。
 3度ほどで蝶番ごとドアが外れかけ、2人の剣士は板と化してしまった玄関を家からむしり取った。

「う」

 レーテルは思わず手で鼻を覆う。
 血の臭気が凄まじく充満している。
 それどころか、足元には女の死体が転がっているではないか。
 まさか惨劇に立ち会うとは予測していなかっただけに、レーテルの動揺は大きい。

 女はこちら、つまり玄関に頭を向けてうつ伏せになっていて、頭部から床に広がった血は既に固まってしまっている。
 元々はこれが水溜りのようになっていたことが容易に想像できた。

「真後ろから後頭部を殴られてるな」

 ガルドが片膝をつき、死体を観察している。

「ひでえことしやがる。この匂い、死体はこれだけじゃねえぞ」

 立ち上がるとガルドは暖炉脇の階段を上り、2階を目指す。

「待てガルド!」

 その叫びにガルドが歩を止めた。
 レーテルを振り返り「どうかしたのか?」と目で訊ねている。

「密室だ」

 レーテルは高まる動悸を抑え、平静を意識した。

「この家丸ごと、密室なんだ」
「それがどうした」
「お前は馬鹿か。犯人はどうやってここを出たんだ?」
「知らねえ」
「まだどこかに隠れて、脱出を図っているかも知れん」
「おお、そうか。オメー頭いいな」

 2人は玄関を中心に人が隠れられそうな場所を探す。
 そこは居間として使われているらしい空間で、服の収納タンスと暖炉ぐらいしか物陰はない。
 玄関から見て右手が台所になっていて、地下の食材保管庫は野菜と肉ばかりだ。
 トイレももちろん見たが、やはり何者もいない。

 視線を下げると絨毯はなく、木の床がむき出しになっている。
 不審な足跡はないようだが、花瓶や椅子、酒瓶などが倒れており、テーブルの位置も斜になっていて、争った形跡がそこここに見られる。

「じゃ、いよいよ2階だな」

 ガルドが先に立つ。
 死体を尻目にレーテルも続き、わずかに首を傾げた。
 不可解な疑問が多すぎる。

 もし2階にまで人がいなかったら、犯人は既にここから出たことになる。
 表に放り出されたドアだった物体を見ると、かんぬきが鍵としてかけられていたようだ。
 犯行後、犯人が外から細工を弄してこの錠をかけたのだろうか。
 明らかな他殺であるにもかかわらず密室を作り上げた理由は、少なくとも自殺に見せかけるためではない。

 各地で発生している事件と今回の件は別件なのかも知れないが、レーテルは言い知れぬ不安を感じ取っていた。

<巨大な蜂の巣の中で・1>に続く。

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プロフィール
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めさ
年齢:
48
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男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
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アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
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