忍者ブログ

夢見町の史

Let’s どんまい!

  • « 2024.04.
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »
2024
April 25
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2010
March 31
 will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/



<万能の銀は1つだけ・4>

 2人の剣士を乗せた船が潮騒を掻き分けて離島を目指している。
 向かう先は神殿で、レーテルとガルドはそこの神官に用があった。

 彼らが自衛士たちの元を訪れたのは昨日のことだ。
 今まで起きた謎の殺人事件の凶器が全てクレア銀である可能性や、ルキア少年が目撃した「クレアの短剣が独りでに動いて母を攻撃した」という供述を、レーテルとガルドは必死になって説明していた。
 自衛士の隊長が苦笑を交えて言う。

「今までそのような報告を受けていませんのでね、いきなりは一連の事件とクレア銀とを結びつけて考えることは難しいですな」

 その言葉にガルドが「俺の息子の証言だぞ!」と椅子から激しく立ち上がろうとするのを、レーテルは片手で制す。
 そのままの姿勢で、レーテルは自衛士隊長を穏やかに見つめた。

「もちろん、今すぐに信じろと言われても難しいでしょう。なので裏づけを取ってもらえませんか? 謎になっている連続殺人事件で、凶器が残っているケースがあるでしょう? それらが全てクレア銀であるのかどうか」

 隊長はガルドの気迫に圧されながらも、「いいでしょう」と歯を見せた。

 船上では風を頬に受け、レーテルは物思いにふけっている。
 ガルドはというと船酔いで、船室で横になったままだ。
 意外なことに、ガルドは船に弱い。

「ルキアは船に乗ると大はしゃぎなんだが、俺ァ昔から船が苦手なんだよ。神殿にはオメーだけで行ってこねえか?」

 大柄な剣士は出発前にそのようなことをレーテルにぼやいていた。

 神殿への用事はレーテルだけでも充分に事足りるものだが、神官の告げる内容によってはガルドをその場で納得させなくてはならない。
 今後の行動をどうするべきかを神官に相談することが目的だからだ。

 レーテルは連続殺人事件の凶器が全てクレア銀製品なのではないかと考えている。
 何者かは解らないが、広範囲に広がっている団体がクレア銀の持ち主を探し出し、対象人物からクレア銀を奪い、そのまま殺害したと考えるのが妥当だろう。
 しかしガルドの仮説は非常に乱暴で、「理屈は解らねえがクレア銀が勝手に動く」と息子の目撃談を一身に受け止めてしまっているのだ。
 そのような破天荒な力説をされては、昨日の自衛士隊長もさぞかし対応に困ったに違いない。

「まあ落ち着けよガルド」

 屯所を出てしばらく後、レーテルは相棒をたしなめにかかった。

「クレアの短剣が勝手に動いたって証言は、恐怖で混乱したルキアの見間違いや白昼夢の可能性だってあるだろう?」
「ンなわきゃねえ」

 ガルドは憤然と鼻を鳴らす。

「混乱するぐれえの恐怖ってんなら、それこそ短剣が勝手に襲いかかってきたぐらいでねえと説明つかねえだろうが」
「まあ、そう決めつけるなよ」
「これァ決めつけじゃねえ。俺はルキアを信じてるんだ」

 ガルドはそう胸を張った。
 レーテルはその様を見て、何故だか微笑ましさのような感情を覚える。
 彼の言葉を「女房が命懸けで守った男の言葉を信じているだけだ」と変換できたからだ。
 ガルドはおそらく、妻を失った悲しみに沈みそうになることを避けるために、全身全霊を込めて事件に取り組もうとしているのだろう。

 レーテルが親友の背を2度、軽く叩く。

「俺もだガルド。俺もルキアが嘘を言ってるなんて少しも思ってない。ただな? クレア銀が勝手に動くのなら、動き出す原因と理由があるだろう?」
「ああ。まあ、そうだろうな」
「魔術師みたいな何者かに操られて動くのか、超常現象のような力が働いているのかは解らんが、クレア銀が事件に何らかの関わりがあるってことは、俺も思う。だから1つ1つ調べていこう」
「調べるって、何をだ?」
「クレア銀がどれだけ事件に関わっているのか、関わっているのなら、それは何故か」
「どうやって調べんだ?」
「お前も少しは考えろよ」

 そこで2人は悩んだ末に、神官に助言を請うことにしたのである。
 信仰心のないガルドは「神頼みかよ」と不服そうだったが、神官や巫女は代々に渡って人を導くことが宿命とされているし、何より今の神官は頭脳明晰だ。
 レーテルはきっと良い指導をしてくれると密かに期待していた。

 船の進む方向に目をやると、遥か前方にうっすらと天空山脈が望め、その手前には神殿島がもう近くに見える。
 レーテルは船酔いで唸っているであろう友を起こすため、船室へと向かう。

「なるほど、お話は解りました」

 神官は安らぎを与えるかのような微笑みを浮かべているが、ガルドの妻が亡くなったとの悪報を知ったせいかどこか表情に影がある。
 神官である彼は過去に酷い難産のために妻を失っているので、その辛さが解るのだろうとレーテルは察しをつけた。

 久しぶりに訪れた神殿は相変わらず閑静で、人が少ないせいで広く感じる。
 均等の間隔で立ち並ぶ円柱の柱や壁に描かれた絵画、そして静寂がレーテルを神聖な気持ちにさせる要因となっていた。
 祭壇には優しげな日の光が降り注いでいて、今から天使が降臨しても不思議ではないといった雰囲気をかもし出している。

 特別な行事でもない限り普段なら滅多に人が訪ねてくることなどないのに、神官の男はきちんと礼服を着込んでいて、髭の手入れもされているようだった。
 おそらく彼は毎日のように、このような正装を心掛けているのだろう。

「実は今日、ガルドと一緒に来ているんですが」

 レーテルは神官に対し、申し訳なさそうに眉をひそめる。

「奴は船酔いが酷く、表で休んでいます」
「そうですか」

 神官は「無礼だとは思わないので気にしないでください」と言わんばかりに笑み、髭を少しさすった。

 その時、視界の狭間で何かが動くように見えてレーテルは反射的に視線を投げる。
 祭壇を正面に見て右手には神官の生活空間へと続く扉があり、これが開いたのだ。
 神官の娘が、そこには立っていた。

「お父様、お客様ですか?」

 まだ幼いこの娘はレーテルの記憶によるとまだ3歳のはずだったが彼女はどこか大人びており、しっかりとした言葉を使った。

「いらっしゃいませ」

 彼女も父親と同様、正式な白色の装束を纏っている。
 輝かしい銀髪と、ルメリアでは他に類の無い真っ赤な瞳が神秘的で美しい。

 神官は娘の登場に驚くでもなく、ただ穏やかに告げた。

「レビア、今は大切な話をしているから、まだお部屋で遊んでおいで」
「私もこの剣士の方に告げたいことがあって伺いました」

 この言葉にレーテルはますます幼児にはない知性を感じる。
 レビアの母親の魂がそっくりそのまま娘に乗り移ってしまったのかと連想してしまうほどだ。
 今は亡き神官の妻、つまり先代の巫女は出産を終えたことで天に召されているから、レーテルはふとそのような想像を浮かべてしまっていた。

 歩み寄ってくる娘に、レーテルは視線を合わせるようにしゃがむ。

「僕に告げたいこと?」
「はい」

 娘の持つ鮮やかな赤い瞳は真っ直ぐにレーテルを捉えている。
 そのままレビアは、レーテルと父親とを同時に驚かせるようなことを口にした。

「あなたのご友人の剣は大丈夫です。しかし、それ以外のクレア銀は全て破壊せねばなりません」

<巨大な蜂の巣の中で・4>に続く。

拍手[6回]

PR
2010
January 18

 will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/



<そこはもう街ではなく・4>

 見慣れた住宅街も、人の気配がまるでなくなってしまっただけで随分と印象を変えるものだと、大地は感嘆するかのように小さく白い息を吐いた。
 足並みはやや早歩きで、涼も同じ歩調で歩みを進めている。
 次に向かうは、和也の自宅だ。

「和也のやつ、いるかなあ」

 涼に聞こえるよう、大地は風の音にかき消されぬように声を通す。

「そういえば涼」
「ん?」
「昨日、まだ街が普通の様子だったときさ、和也の奴、なんで佐竹先輩と飲んでたんだろうな?」
「う~ん、いや、わかんねえ」
「涼も大変だったよな。佐竹先輩、お前にも絡み出してさ」
「いや、それほど大変じゃなかったよ」

 他愛のない雑談をしていても、大地の緊張はまだ解けていない。
 小夜子の家から逃げ出してからというもの、呼吸はもう整っていたが、あの怪物のように巨大なロボットが追ってくるのではないかと想像すると、少しでも早く女友達の家から遠ざかりたかった。

 先ほどの小夜子はやはり小夜子ではなく全くの別人なのだと大地は確信をしている。
 友人の家に上がり込んだ際、靴を履いたままにしておいたという大地の判断は実に的確だった。
 小夜子と同じ姿をした者と戦うことになったときも、靴は床との摩擦を大いに生じさせてくれ、滑って転倒するなどの事故を未然に防いでいたし、何よりも逃げ出す際、もし裸足だったら今頃は足元を寒風に晒し、移動を困難にさせていたことだろう。

 小夜子の取っていた構えは本格的なもので、大地はどの程度手を緩めるか、それとも全力で攻撃をするかで内心困惑をしていた。
 相手を思いやる余りに顔面への攻撃を控えるなどしていたら、下手をすればこちらが殺されかねない。
 それほどまでに、小夜子の偽者が発する殺気は冷たいながらも意思の強さを表していた。

 小夜子そっくりの女は武器を落とし、素手になっているとはいうものの、まるで油断ができない。
 大地は人を殺傷することを意識し、腰を沈めて体勢を整える。

 戦いの場である小夜子宅の居間にはテーブルやソファがあって動き回るには邪魔だったが、筋力はおそらく大地のほうが上だろう。
 戦法は力ずくで問題がなさそうだ。
 小夜子は庭へと通ずるガラス戸を背にして、冷静な目で大地を見つめ、攻撃体勢を取っている。

 じり。
 と、大地がわずかに間合いを詰めた。
 するとあろうことか、小夜子はあっさりと構えを解き、まるで大地に庭を見せるかのように横にスッと動く。

 瞬間、大地は信じられない物体を目にした。

 ガラス戸が大きな音と共に破れ、巨大な鎧のような腕が大地に向かって迫ってきた。
 偽者の彼女は、この腕をよけるために道を開けたのだろう。

 その腕は日光を白く反射させながら、大地の胴体を握ろうと5本の指全てを大きく開きながら、こちらに向かって伸びてきた。
 瞬時に背後に下がっていなかったら、間違いなく大地は掴まってしまっていたことだろう。
 もしかすればそのまま締め付けられ、握り殺されていたかも知れない。

 それほどまでに鉄の腕は大きい。
 こんな手に電子レンジを持たせれば、まるで煙草の箱のように扱うだろう。

 さっきまで大地がいた空間を、巨椀が掴む。
 その際に発生した風圧からしても、かなりの馬力と「生かす気はない」ことを感じさせる。

 腕は居間を滅茶苦茶にかき回し、大地のことを探り始めた。
 ガラス戸はもはや完全に砕けており、窓枠の形も歪んでしまっている。
 自動販売機の下に潜り込んでしまった小銭を探すかのように、腕の主が身をかがめて肩から居間へと侵入してきそうだ。
 白いその巨体はどう見てもアニメなどに登場しそうな人型のロボットだったが、実際に目にするとこの機械は正義の味方などではなく、ただの兵器であると実感できる。
 直立すれば電柱よりも高そうだ。

「涼!」

 大地は迷わず玄関に続く廊下に体を向かわせる。

「逃げるぞ! 走れ!」

 追って来られぬよう、なるべく細い路地を選び駆け回ったが、結局は背後から重量感のある足音が迫ってくるようなことはなかった。

「どうする? 大地」
「小夜子の家にはもう2度と近寄らん。和也ン家に行こうぜ」

 その場から最も近い友人の家が和也の自宅だったことが目的地とした最大の理由だが、大地には他の思惑もあった。
 彼がもしこの街から消えていなければ、学生時代に数々の不良を喧嘩で倒してきた和也の戦闘能力はかなりの期待ができる。
 他の住人と同じく姿を消していたとしても、和也の家にある軽トラックを涼に運転してもらえる。
 車のキーが見つからなかったとしても、和也の父親が所有している様々な工具だけはどうしても欲しいところだ。

 大地は今、自分が持つ武器がいつ折れても不思議ではない木刀であることが不安で、もっと頼りになる武装をしたい心境だった。
 今後、まだまだ未知の敵から襲われかねない。
 まずは工具を手にし、それを用いて百貨店のシャッターを開けて武器や便利な雑貨を拝借する予定を、大地は頭の中に描いていた。

 しかし、和也の家に着くと、大地は自分なりに考えていた段取りが狂ってしまったことを認めた。

「和也の奴も、やっぱりいないかあ」
「それどころじゃないぞ、涼」
「ん?」
「和也の車も、親父さんの工具もなくなってる」

<万能の銀は1つだけ・4>に続く。

拍手[16回]

2009
November 04

 will【概要&目次】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1092490898&owner_id=1137065


<巨大な蜂の巣の中で・3>

 差し当たって私の目を引いているニュースといえば、某国が密かに行っているとされる衛星光学兵器の開発と実験。
 自国防衛のためという名目だが、世界中どこにでも高密度のレーザーを発射できる兵器の必要性には疑問の声が上がっている。
 国家としての体制が幼い印象の独裁政策が主流である国がこの開発を行っているだけに、世界からの注目は決して楽観的なものではない。

 極地の氷が溶けたことで氷柱に閉じ込められていた太古のウイルスが現代に蘇ったというニュースも見過ごせない知らせだろう。
 近年の温暖化が原因で氷から解放されてしまったという。
 早くも人に感染しており、風邪のような症状から始まってやがては死に至る。
 厄介なことにこのウイルスは空気感染をし、有効な治療法も今は見つかっていない。
 初期症状が風邪とほぼ変わらないので、発症しても高をくくって油断する者も多いだろう。
 私が所属する病棟にも数人が既に隔離されている。

 さらに、進化したと思われるインフルエンザも脅威の1つだ。
 従来の治療薬が全く効かない上、こちらの感染力も凄まじい。
 私の住まうシティのような都心部では予防が散々に呼びかけられているし、院内では消毒と殺菌服の着用が徹底されている。

 アンドロイドの話を信じるとすれば、これら重大ニュースのいくつか、または全ての原因がソドム博士の仕業ということになるのだろう。

 私が他に知りたがっていた「対象本人に気づかれることなく任意の人物の体重を密かに量る方法」は、有効で実行可能なものは浮かんではいなかった。

 私の常識では、ロボットといえば2種類がある。
 1つは私を訪ねてきたアンドロイドのように物質として存在している物。
 用途は様々で、固体によって仕様が変えられていることも多いし、見た目も様々だ。
 私が勤務している病院でも数種のロボットが医師やナース、患者のサポートを行っている。

 企業の規模がある程度発展していれば、だいたいの場合はこういった物質的なロボットを労働力として導入している。
 個人の所有物としてオーナーの日常を支えるロボットもあるにはあるが、こちらは一部の上流階級のみに許されたことで、一般的には浸透していない。

 一方、ウェブ上にのみ存在する電脳ロボットは物質的なボディを有しておらず、パソコンを扱う者であれば誰でも1体は有している。
 これは人工秘書だとか電脳秘書と呼ばれており、実に高度な人工知能をプログラムされている。
 昨今であれば「秘書」と一言でいえばだいたいはこの人工秘書のことを指し示す。

 この秘書が何をしてくれるのかといえば、インターネット上で出来ることのほとんどをオーナーの代わりに、パソコンの電源を入れていなくともやってくれるのである。
 簡単なメールの配信や返信はもちろんのこと、こちらが望む情報の収集やスケジュール管理など。
 オーナーによってはオンラインゲーム内で作業をさせたり、ポイントサイトの広告をクリックさせたり、ネットオークションの取り引きを任せるといった用途もあるようだ。

 ウェブ上に存在するロボットなのでパソコン本体にインストールする必要もなく、月額も高くはない。
 月額を抑えたいのであればランクの低い、つまり人工知能の精度が低い秘書のアカウントを発注すればいいのだが、私はオーナーとの音声による会話が可能である秘書を気に入っていて、これをバージョンアップさせながら長年に渡って愛用している。
 キーボード操作で秘書に命令をするのではなく、パソコンのヘッドフォン、もしくは携帯電話に喋ることで指示するということは、それだけ細部に渡ってこちらの要求を伝えることができるので、非常に便利だ。

 長らく使っているおかげで秘書は私のことを学習しているから、今ではたった一言でも私の言いたいことがどういった内容であるのかを理解し、それに添って行動してくれている。

 今、私が秘書に頼んでいるアクションは、いわば情報収集だ。

「では引き続き、収集を頼むよ」

 私が言うと、耳に当てていた携帯電話から女性の声が返答をする。

「かしこまりました。行方不明になったソドム博士の行方に関する情報、世界を脅かす可能性が少しでもあるニュース、相手に悟られずに他人の体重を計量する方法、引き続き探ります。他に何かございますか?」
「いや、そうだな。ではもう1つ情報収集を頼む」
「かしこまりました。どのような情報をお望みですか?」

 そこで私は「科学的に人体を完全に消滅させる方法」と言いそうになり、慌てて口を閉ざす。

「いや、なんでもない」

 殺人などの犯罪に関わる情報を収集しようとした場合、ネットポリスが不審者として私をマークする可能性がある。

 私は秘書に礼を言い、電話を切った。

 労働力に特化した物質的なロボットと、知能に特化した電脳上のロボット。
 どちらも目覚しい進化を遂げ、どちらも人類にとって欠かせない存在にまで昇華している。
 実際、凄まじい性能だ。

 しかし、先日私の元を訪れたアンドロイドはハードもソフトも格段に現代科学の上を行っている。

 おかげで私は、まだ婚約者の死を実感していない。
 せめて、婚約者の遺体さえ消えずに残ってさえいれば、私は悲しむことができただろう。
 せめてあのアンドロイドがメリアと同じ姿さえしていなければ、このような錯覚を起こすこともないのだろう。

 私はたまに、あのアンドロイドを抱きしめてしまいそうになる。
 メリアと呼びそうになってしまう。
 相手はただの鉄の塊であるというのに――。

 私の携帯電話が音を立てた。
 発信者はメリアとあるが、これがアンドロイドであることは頭では理解している。

 通話ボタンを押し、私は携帯電話を耳に当てた。

「休暇中、すみません」

 やはりメリアの声だった。

「構わないよ。君は今日、勤務だったね? いいのかい?」
「はい、休憩時間です」

 続けて彼女は、私を驚かせるに充分な報告をした。

「私以外のアンドロイドは、やはり私の、いえ。メリアさんの身近にいました」
「なんだって? 誰だい?」
「ナースの、ジルです」
「どうしてそう確信した?」
「向こうから接触がありました。詳しくお話ししますので、勤務が終わったらレミットさんのご自宅に伺ってもよろしいでしょうか?」

 私は了承の意を示し、通話を終えた。

 アンドロイドと人間を見分ける方法はなく、疑わしき者の体重を密かに量るしかないと思っていたのだが、展開はどうやら私が思っていたより早そうだ。

 私はガウンを羽織って、自室のブラインドを開ける。
 外は、雨だった。

<そこはもう街ではなく・4>に続く。

拍手[2回]

2009
October 24

 たまに人間でもいるでしょう?
 前世の記憶を持ったまま産まれてくる人が。
 あれはね、僕ら天使のうっかりミスなんだ。
 たまにそうじゃない場合もあるけどね。

 本来ならきちんと前世の記憶を消してから転生させてあげないといけないの。
 そういった記憶の管理をちゃんとしておかないと、その人は生まれながらに複数の人生経験を持っちゃってるわけだから、脳に負担がかかっちゃうんだね。
 よほど強い脳でないと、とてもじゃないけど前世と現世、2人分の思い出には混乱しちゃう。
 周囲の人間とのコミュニケーションにも不備が出てきちゃう場合も多いしね。

 そんなわけで僕ら天使は基本的に、やって来た魂から前世と天界の記憶を一時的に消してあげて、それで生まれ変わってもらってるわけ。
 魂だけの存在だったら脳とか関係ないからいくらでも覚えてもらってて構わないんだけどね。
 でも肉体を得る場合、つまり生まれ変わるときね。
 そのときは前世の記憶って脳にとって邪魔になっちゃう。

 前世の記憶が残ってる人っていうのはだから、僕らが記憶を消し忘れられちゃった場合がほとんどなんだ。
 ホントごめんなさいみたいな気持ち。

 とはいっても僕は天使のお仕事に戻ってかれこれ5000年になるけども、まだそういった失敗をしたことがない。
 だって僕、魂の生まれ変わり先を決めることが担当なのであって、下界に送り出す係じゃないんだもん。
 失敗のしようがないよ。

 今日もここ天界には続々と魂たちが昇ってきている。
 動物も植物も微生物も、死んじゃった全ての魂は一旦僕らのところに来る仕組みになっているんだ。
 彼らは生前の過ごし方によって死後の行き先が定められる。
 人間が自分たちで作った掟とは異なる法がここにはあって、その尺度が基準になってるのね。
 要するに天使目線で善悪を測って、よろしくない魂はそれなりのペナルティが課せられて、逆にいい感じの魂は次に生まれ変わるとき、さらに上種の生物になれるってわけ。
 その良し悪しを判断して罰や恩恵を与えるのが今の僕の仕事なんだ。

 僕はぷかぷか浮かぶ雲の上で大きく伸びをした。
 雲の上には僕の他にデスクや椅子も乗っていて、仕事に必要なちょっとした機器も搭載されている。
 僕はキーボードをカタカタ打って、雲ごと移動をした。

「あらロウちゃん。今日はこれから?」

 宙を通りすがった同僚からの挨拶に僕は応える。

「うん、これからー!」
「頑張ってね」
「ありがとー!」

 僕が天使に戻って5000年ぐらいっていったけど、その間に下界は目まぐるしい変化を遂げた。
 特に目を見張るのは人間の進歩具合だ。
 5000年前とは比べ物にならないぐらい科学を発展させている。
 都市や街には超巨大な建物がバンバン建ってるし、全世界に回線を繋いでいつでも情報交換が可能になっている。
 なんと自力でロケットまで作って月にまで到着する始末だ。
 自然界としてはアンバランスな状態だから心配なんだけど、とにかく人類は繁栄した。

 でも、そのせいでここに来る魂の割合も変わっちゃった。
 昔から人以外の魂のほうが多くここに来てたけど、今じゃもっともっと動植物の来界比率が高まっている。
 自然と人間が調和していないことがいつか大きな災害に結びつきそうで不安だなあ。

「おや?」

 僕はモニターを見て首を傾げた。
 今日最初に面接をする魂の情報がそこには映し出されている。

 僕は今まで、おそらく人間が認識している動植物全てと面接をしてきたと思う。
 なんだけど、これから会う魂は例外みたいだ。
 モニターにはこうあった。

「特殊生物・死神。生前固有氏名・エリー」

 特殊生物っていうのはすなわち動物でも植物でもない生き物ってことだからどんな魂が来るのかと思っていたんだけど、僕の目の前にはどう見ても人間の若い女の子が立っている。
 とはいえ天界においての魂は自分の姿を自分の思い通りに変えられるんだけどね。
 でもなんで若い娘の姿をしているんだろう。

「初めまして。わたくし、天使のロウと申します。下界での生活、お疲れ様でございました」

 僕はお決まりの挨拶を口にする。

「エリー様の前回の人生を参考にさせていただき、今後の流れを決定いたします。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「今後の流れ、とは?」

 死神は冷ややかな口調で、表情を一切変えていなかった。

「はい」

 彼女の無表情さと反比例するかのように、僕はにっこりと微笑む。

「生まれ変わるかどうか、ですとか、どれぐらいの時期までここ天界で暮らせるか、ですとか、また生まれ変わる際は何に転生するか。そういった事柄を決定させていただきます」
「そうか。私の希望は通るのか?」
「はい。ご希望が叶うかどうかはエリー様の生前の行動によって決められます。だいたいの魂は生物として正しく生きられておりますので、大それたご希望でない限り、ほぼ応じられるかと思います」

 つまりね、僕のお仕事はそんなに大変じゃないんだ。
 野生の動植物なんてまず間違いなく正しく生活してるもん。
 肉食動物は狩りをしてお肉を食べるし、草食動物は草を食べる。
 植物だって光合成をして、酸素を増やしてる。
 間違った生き方をするのは人間ぐらいなものなんだね。
 だからだいたいの魂は天界で楽しく過ごして、再び下界に下りていく。
 ほとんどの魂は簡単な質疑応答だけでここを無罪のまま通過してもらってるんだ。

「そうか」

 死神は冷静な視線に少し影を落とした。

「では私の希望は叶わないかも知れないな」
「と、申しますと?」
「私は一生の大部分、死神として間違った暮らしをしてきた」

 なにそれ?
 モニターをチラ見すると、嘘ランプは点灯してない。
 つまりこの魂は嘘を言っていないってわけだ。
 どういうことだ?

「死神として間違った暮らしといいますと、どういうことでございますか?」

 訊くと彼女は軽く溜め息をついた。

「私は人間の魂を捕食する生き物だ」
「魂を!?」

 そんな生き物、聞いたことないよ。

 僕は少々お待ちくださいって言って、キーボードを素早くカタカタ打った。
 やがてデータベースに回線が繋がって、モニターに死神の生態が詳しく表示される。

 なんじゃこりゃ?
 魂のみを捕食する生き物?
 そんなのいたんだ?

 表示された情報によると、どうやら彼女は魂喰いらしい。
 人間が再び人間に生まれ変わらないよう、魂を食べる設計になっているみたいだ。
 増えすぎた人間を邪魔に思った地球が、人間の遺骨に命を吹き込むことによって誕生した生き物が死神だって書いてある。
 その遺骨が生きていた頃の性質が、死神の性格に反映されるんだって。
 残酷などっかの女王の骨に魂が吹き込まれて彼女になっているらしいから、それでこの死神はどこか冷酷な印象を覚えさせるんだろう。

「しかし私はある時期から人間の魂を食すことをやめた」

 僕がモニターを読み終えると同時に死神は開口していた。
 どうやら彼女なりに喋り出すタイミングを計っていたらしい。

「私はある男をあえて捕食しなかった。そいつが死んだあとも、誰の魂も食していない。私の死因は自分の意思による餓死だ」

 どういうこと?
 自殺したってこと?
 だとしたら残念ながら彼女の希望は叶わない。
 増えすぎたら集団自決するようプログラムされた鼠とかって確かにいるけども、そうじゃない生き物が自殺しちゃってた場合は特別な理由がない限り、魂を分解して別の魂になってもらうことになっている。

「詳しい話を伺っても構いませんでしょうか?」

 僕は慎重に問う。

「男性を捕食しなかった理由は何故でございますか?」

 小鹿に乳をあげるライオンとか、そういう魂はたまにいる。
 でもそれはお腹いっぱいで余裕があったからなんだ。
 空腹を我慢して目の前の食事に手を出さないでいる魂なんて普通はないよ。
 なんで命懸けの我慢をしたのか僕としては訊かないわけにはいかない。

「その質問の答えを正しく理解させるには死神についての知識が必要だ。私がどうやって魂を捕食するか、お前は知っているのか?」

 死神からの質問に、僕は「いえ」と応える。
 すると彼女は長い話を始めた。
 相手に直接触って、離れることで自動的に魂を食べてしまうこと。
 自分に名前を付けた男が自分を助けるために自分に触れてしまったこと。
 その男からは名前以外に大事なものを貰えそうだと直感したこと。
 男と離れずに生活をするに至って、やがて自然と食欲が失せていったこと。

「死神という生物としては間違っているだろう?」

 話の最後に彼女はこう言う。

「もしあの世があるのなら、生まれ変わりもあり得る。男の魂を喰ったら奴は生まれ変わることもできないからな。それで私は生涯手を離さなかった。奴が死んだあとも念のため、土の中で抱き合ったまま離れなかった」

 彼女は涼しげに言うけど、それはとんでもないことだ。
 知的生物が5000年間も土の中でじっとしていたなんて信じられない。
 しかもその理由が念のため?
 男の人が死んだあとだったらいつでも離れていいだろうに。

「ここを天界と言っていたな?」

 死神の声に僕はハッとする。

「え、あ、はい、そうでございます」
「では奴は5000年前、ここに来たわけだ。奴はしっかり転生できたのか?」
「はい、そのはずでございます」
「そうか。ならいい。私個人の最低限の目的は果たされているということだ。あとはお前の好きにしろ」
「は。好きに、と申しますと?」
「私の希望は通らないのだろう? 生まれ変わることもできないと解れば何もすることがない。好きにしろ」
「エリー様は、生まれ変わりを希望されているのですか?」
「うむ。できれば人間がいい」
「それは何故?」
「なかなか苦労して奴を生かしたからな。奴の魂が無事と解った以上、おそらくまた人間に転生しているであろう奴と再会をしたい。前世の苦労に見合った何かしらを貰わんと気が済まん」
「さようでございますか」

 さて、困ったぞ。
 どうしたもんだろ。

 僕は「少々お待ちくださいませ」って伝えて、キーボードを再び操作する。

 データベースの情報によると、この死神って生き物は地球が勝手に作っちゃった困った生物だ。
 この時点で魂を浄化する必要がある。
 でも彼女の場合、死神としての生き様に逆らっているから、浄化の必要なし?
 ちなみに浄化っていうのは初期化と一緒で、一切の記憶を消去するってことね。
 あ、でもアレだ。
 やっぱり死神としての生き方をしてないのは罪なわけで、結局はペナルティが必要になるかな?
 この魂、なんか上から目線なとこあるけど、僕個人の判断としては悪いことはしてないんだけどなあ。
 ホントどうしよ。

 僕はつい、獲物の魂を守るために土の中で抱き合ったまま手を離さなかった彼女のことを想像してみた。
 浮かび上がったイメージは、互いに向かい合った骨と骨――。

「エリー様の具体的なご希望を伺ってもよろしいでしょうか?」

 気づけば僕は彼女に質問を加えていた。

 この魂は頭の回転が速いみたいだ。
 死神はすぐに詳しい望みを口にする。

「奴はこの5000年の間、幾度となく転生を重ねただろう。まずは奴が今どこにいるのかを知りたい。天界にいるというのならここにいたいし、下界にいるのなら今すぐにでも生まれ変わりたい。奴と同じ生物にな。そのときは前世の記憶を持ったまま転生するのが望ましい」
「前世のご記憶を? それはまたどうして」
「奴を探し出すという本来の目的を忘れてしまっては意味がない。奴の特徴も覚えておきたいしな」
「その男性の特徴、でございますか?」
「うむ。さすがに5000年も経っているから奴もそうとう変わってしまっているだろう。私が持っている情報が役に立つ可能性は低い。だがそれでもゼロではないからな。奴を発見することにわずかでも繋がるなら記憶だけは持ち続けたい」
「その方と再会を果たされたら、どうなさるおつもりですか?」
「さあな。また手でも繋ぐか」

 ただ手を繋ぐためだけに生まれ変わって、数ある生物の中から一人を探し出す?
 ただでさえ5000年間も土の中で空腹に耐えるなんて死ぬような想いまでしておいて、またさらに苦労を重ねる気?
 なんなんだ、この魂は。
 ここまで再会の意思が強いだなんて。

「別室をご用意いたします」

 僕は死神に待機してもらうことにした。

「そちらでもう少々お待ちください。お調べしたいこともございますし、エリー様の行き先を決めるには稀有な状況すぎて簡単には決められません」

 すると死神は「そうか」とだけつぶやいた。

「さあて」

 僕は腕まくりをしてモニターに向かい合う。
 まずは死神の相方さんのことを調べなくちゃ。

 彼女の記憶から相手男性の情報を引き出して、その魂を検索する。
 5000年前に教師だった彼はタイミング良く、もうすぐ人間の男として生まれ変わる予定みたいだ。

「ただなあ」

 僕は困ってしまって頭をかく。
 人間や僕の価値観からすれば死神の取った行動は心温まるものがある。
 でも彼女は生物としては間違っちゃっているのだ。
 文字通り手が届いているのに餌を食べないで餓死ってのは問題がある。

 僕は携帯電話を取り出して独り言を言った。

「こりゃ僕だけじゃ決められないや」

 電話をかけると、僕のアドバイザーはすぐに出る。

「もしもし? どうしたロウ君」
「クラちゃんに相談があってね」
「ほう」
「元裁判官としての意見を聞きたいんだ」
「また昔のことを」
「いいからいいから。とにかく困ってるの僕」

 だいたいの説明をすると、クラちゃんは「確かに特異な例だな」と驚いたみたいだ。

「ねえクラちゃん。どうしたらいい? クラちゃんだったらどんな判決を出す?」
「そうだな。あくまで私個人の意見だが、やはり法は法だ。その魂は罰せねばなるまい」

 クラちゃんは続けて手短にアイデアを出してくれた。
 それを聞いて僕は大助かりだ。
 さすがクラちゃん。
 彼の判断は理に叶っているように僕には感じられた。

「確かにクラちゃんの言う通り! 僕ら天使が罪を見逃したら駄目だもんね! 目が覚めたよ! ありがとクラちゃん!」

 ちょっとテンション高めのお礼を言って僕は電話を切る。

 お次の電話の相手は、魂を案内する係に就いている天使だ。

「もしもし? あのね? あとで特殊生物だった魂を迎えにきてほしいの。でさ、ちょっとお願いがあってさ。事情を話すから協力してよ」

 僕は自分の雲を動かして、離れに浮かぶ小さな雲に隣接させた。
 そこには死神がちょこんと座っている。

「エリー様、お待たせいたしました。エリー様の今後が先ほど決定いたしました」
「そうか」

 相変わらず冷たい目で、彼女は僕を見つめる。

「私はどうなる?」

 僕は言いにくそうに顔をしかめた。

「はい。エリー様は生前、捕食できるはずの食料に自らの意思で手を出していませんでした。これは明らかに食べ物を粗末になさっておいでです。何よりまず食事というのはご自身の保身とは別に、生態系を守るといった意味合いもございます。エリー様がお取りになられた行動はこの生態系のバランスを崩すことにも繋がってしまうのです」
「単刀直入に言え。私はどうなるのだ?」
「はい。率直に申し上げます。エリー様に課せられる罰は一つ二つではございません。本来の魂ならばここ天界でしばらくおくつろぎいただくのですが、エリー様の場合はすぐまた下界へと戻っていただきます」
「構わん。私は生まれ変わるのか?」
「はい、転生していただきます。ただですね、前世よりワンランク下等な生き物として生活していただくことになります」
「ほう。死神のワンランク下の生き物とは?」
「少々お待ちください。今お調べいたします。えっと、死神、死神。あ、ございました。死神は食物連鎖では人間の上位に位置しておりますね。したがって死神より一つ下の生き物、人間になっていただきます」
「私が人間に?」
「はい、心苦しいのですが人間として下界を生きていただきます。今からすぐに」
「そうか。質問したいのだが」
「はい?」
「5000年前に私が生かした人間の男は、今どこにいる?」
「申し訳ございません」

 僕は深々と頭を下げる。

「個人情報になりますので、そういったことは、わたくしの口からは申し上げられないのです」

 すると死神は少し肩を落として小さく息を吐いた。

「では、次の人生で奴に逢える確証はないわけか」

 と、そのとき馬車が到着する。
 案内係の天使がやってきた。

「おう、ロウ。この魂でいいのか? 転生させんのはよ」
「あ、そう。こちらの方。お願いね、ロウェイ兄ちゃん」

 天使にしてはガラが悪いロウェイ兄ちゃんは、無遠慮に死神をじろじろと眺め回す。

「こいつが特殊生物か。俺ァ初めて見るぜ」
「こら。そんなに図々しくしないの。失礼でしょ」
「だって珍しいんだもんよ。なんでも地上で餌の男を助けちまったんだって? 変わってんな」
「いいから早く案内してあげてってば」
「俺も気になっちまってよ、その人間の男がどうなったか調べてみたんだけどよ」

 聞き耳を立てるかのように、死神は動きをピタリと止めた。
 そんな彼女の様子をまるで無視してロウェイ兄ちゃんは続ける。

「どうやらそいつ、もうすぐ人間に生まれ変わるみてーだな」

 それを耳にした死神は反射的に顔を上げて、驚いたような顔をした。
 急に明るくなった彼女の表情を見なかったことにし、僕はロウェイ兄ちゃんを叱る。

「あー! そういうこと魂の前で言っちゃ駄目でしょー!? 無神経にもほどがあるよ!」
「やべ! うっかりしちまった! すまねえ」

 呆然とする死神に気づかれないよう、僕はロウェイ兄ちゃんに短くウインクをした。
 兄ちゃんも同じようにニカっと笑って、僕にウインクを返してくれる。

「エリー様、失礼いたしました」

 僕は再び死神に頭を下げた。

「では、あとは彼の案内に従っていただき、生まれ変わってくださいませ。楽しい人生になりますよう、お祈りしております」

 死神はどこか微笑んでいるように見えた。

「生まれ変わったら、私はここでのことも忘れてしまうのか?」
「はい。そればかりは例外なくご記憶を一時的に閉じさせていただいております。下界での人生を終え、再びこちらにいらっしゃったときは思い出すことが可能ではありますが」
「そうか」

 彼女が髪を耳にかける。

「お前、名をロウといったな? 覚えておくぞ」
「ありがとうございます」

 今度は謝るためじゃないお辞儀をする。

「行ってらっしゃいませ」

 死神が馬車に乗り込み、やがて出発する。
 それ見えなくなるまで、僕は腰の角度を九十度に保っておいた。

「さてと」

 魂を下界に送り出す係の天使にも指示を出しておかなくちゃ。

 僕はぴょんと雲に飛び乗って電話を手にする。

「もしもし? ママ? あのさ、今からそっちに特殊生物だった魂が生まれ変わりにいくんだ。で、ママにお願いがあるんだよ。その魂、ちょっと前世で問題があるのね? だからペナルティとして前世の記憶を残したまま転生させちゃってほしいの」

 たまに人間でもいるでしょう?
 前世の記憶を持ったまま産まれてくる人が。
 あれはね、僕ら天使のうっかりミスなんだ。
 たまにそうじゃない場合もあるけどね。

------------------------------

 参照リンク。

 永遠の抱擁が始まる
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/17/

 続・永遠の抱擁が始まる
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/186/

 番外編・エリーシリーズ
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/157/
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/218/

拍手[12回]

2009
August 15
「まろは否定の精。この世の全てを否定するために生まれてきた」
「そうか。お前はこの世の全てを否定するために生まれてきたのか」
「違う」

拍手[3回]

[3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13]
プロフィール
HN:
めさ
年齢:
48
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
 ニコニコ動画などに色んな動画を上げてるぜ。

 基本的に、日記のコメントやメールのお返事はできぬ。
 ざまを見よ!
 本当にごめんなさい。
 それでもいいのならコチラをクリックするとメールが送れるぜい。

 当ブログはリンクフリーだ。
 必要なものがあったら遠慮なく気軽に、どこにでも貼ってやって人類を堕落させるといい。
リンク1

Powered by Ninja.blog * TemplateDesign by TMP


Hit

Yicha.jp急上昇キーワード[?]

忍者ブログ[PR]