夢見町の史
Let’s どんまい!
December 24
めさは明らかに何かを勘違いしている。
先日あった電話で、俺はいきなり冬の富士山制覇を持ちかけられた。
その誘い文句がまた腹が立つ。
「もしもしジン? めさだけど。あのさ、あのさ、登るとしたら、どの富士山がいい?」
どの?
「世界一標高の高いエベレストは8000メートル級。デカいと思うよな?」
え、ああ、まあ。
「ところが火星には1万2000メートルぐらいの山まであるだって」
何が言いたい。
「惑星レベルで見れば、富士山なんて小さいと思わない?」
あいにく俺は人間目線だ。
富士山はデカい。
「あっはっは! じゃあ近々、富士山の山頂からの景色でも見に行こうか!」
流すな、このクソガキ!
「正月休み、空けといて。じゃあ」
めさは一方的に登山の約束を取りつけると、満足して勝手に電話を切った。
あいつ、もしかして、とんでもない思い違いをしてないか?
よく「初日の出は富士山からよく見える」なんて聞くけど、奴はそれを山頂からの景色だと思っているんじゃないだろうか?
元旦には一般人たちが大勢、富士山頂まで行っているのだと思い込み、それならば自分たちも登山できるなんて考えているんじゃないだろうな。
凄くありそうだ。
富士山から初日の出を見るっていっても、それは山頂まで行かないぞ。
もっとずっと低いところからだぞ。
でもなあ、めさの奴、1度言い出したら大抵のことでは諦めない無駄に頑固なところがある。
さっきの電話も断らせないオーラがバリバリ出てたしな。
あんであいつ、男に対してだけ強引なんだ?
とにかく、めさを説得して登山を諦めさせるのはかなりの時間と労力がかかる。
仕方ない。
俺は俺で色々リサーチしてみるか。
物思いにふけりながら、俺は何気なしに自室のテレビを点けてみる。
驚いたことに、そこには丁度、冬の富士山頂を目指す一隊が放映されていた。
バラエティ番組の、これは予告編であるようだ。
思わず目を疑う。
シベリアを彷彿させる激しい猛吹雪の中、南極隊みたいなしっかりとした装備の皆さんが、明らかに死にそうでひーひー言っていらっしゃるではないか。
これを俺たちも体験しようというのか。
確信した。
めさは頭の弱い子だ。
一応、登山専門店にも足を運んだが、富士山に登りたい旨を告げると店員さんに笑われた。
めさのせいで。
ちなみに最初に紹介された商品はマイナス30度でも耐えられるといった物々しい靴だ。
その時点で富士山の偉大さが伺われる。
火星の巨峰も確かに凄いが、富士山だって充分に凄い。
めさの奴、なにが「グーグルアースだとあっと言う間に火口まで行けた」だ。
どうして生身で計算しない。
その後、ニュースで富士山を登っていて亡くなってしまった方の訃報も知ったし、これはしばらく、めさからの電話には出ないほうがいいだろう。
俺はしばらく風邪をひくことにする。
夏まで治らん。
そんな最中、見知らぬ番号から着信があって出ると、めさの同僚からだ。
「もしもしジン? あたしー! 今、めさに代わるね?」
なんて余計なことを!
「もしもし? ジン? なんで俺からの電話には出ないんだよ!」
死の進行に付き合わされたくないからだ!
「富士山に登るの中止って言いたいのに、伝わらないじゃんか」
え?
諦めたの?
お前にしては珍しくね?
「当ったり前じゃん! 俺、初日の出って誰もが山頂で見るんだと思っててさ、それで誰でも行けるって思ってたんだよ」
俺の予感、大当たりじゃねえか。
「なのに、色々調べたら氷系の最強呪文みたいなブリザードが登山者たちに牙を剥くだろ?」
ああ、凄いみたいだな。
「ジン、冬の登山を舐めるな」
なんでお前から言われなきゃいけねえんだよ!
お前が舐めるな、このクソガキ!
「火星にあるデカい山も諦めろ」
それは最初から目指してねえよ!
まずどうやって火星まで行くんだよ!
「夏になったらまた電話する」
結局富士山には行くのかよ!
なんでお前は問答無用で人を巻き込むんだ!
「おっと! 俺は仕事中だ」
俺もだよ!
このクソガキ!
「追って連絡する。ごきげんよう」
お前だけ樹海を目指せ!
ごきげんよう!
取り合えず、あのクソ高い登山靴を買わないでおいてよかった。