夢見町の史
Let’s どんまい!
June 05
簡単そうに思われる楽器のみで複雑な演奏をしたらめちゃめちゃカッコイイのではないか。
そのような発想から俺はトライアングルを買った。
楽長である友人チーフは近日中にオカリナを購入する予定だ。
他にもマラカス、カスタネット、ピアニカ、ソプラノリコーダーなどなど、メンバーは着実に集まってきている。
非常に良いガタイのSさんはカスタネット担当で、彼は熱くこう語る。
「仮に俺たちが有名になったとするじゃないですか。そんなときに世界的に有名なギタリストとかがメンバーに入りたいなんて言って、それをチーフさんが認めたら、俺、辞めます!」
カッコイイ楽器に用はない。
Sさんは拳を握っていた。
どこのギタリストも加入を希望していないのに。
そんな真剣な俺たちにとって、最も重要なパートが犬笛である。
吹けば特殊な周波数の音を発し、その絶妙な音階は犬に聞こえても決して人間には聞こえない。
どんなに頑張って吹いても、犬笛の音色は人の耳に入らないのだ。
犬笛の担当者はキーマンであるから、楽長とは別にリーダー的存在でなくては勤まらない。
演奏中のテンションの高さはもちろんのこと、メンバーたちを引っ張っていけるような人物でなくてはならないのだ。
例えば練習中。
皆の息が合い、なかなか良い演奏をしていても、犬笛の人は「やめ!」と中断させなくてはならない。
「お前ら、全然音出てねーよ!」
何1つ奏でてない男が真面目な顔して皆を叱る。
「音楽っていうのはさ、音を楽しむためのものだろ!? 少しは音を感じて楽しめよ!」
言ってることは正しいのだが、犬笛の音を感じ取れるのは犬だけだ。
そのような真面目なんだかふざけているんだか解らないような人物に心当たりがなく、楽団結成は先送りにされていた。
しかし先日、思わず「この人がいたか!」と叫ばざるを得ない友人がすぐそばにいたことに気がつくことになる。
顔が怖いと俺に散々書かれ、そのおかげで会ったこともない人からもすっかり「怖い顔」とイメージされてしまっている男友達、まっこいさんだ。
彼はもの凄い形相で、チーフと俺とで飲んでいる。
「犬笛?」
グラスを持つまっこいさんの手がピタリと止まった。
「それを、俺が?」
うん、そう。
まっこいさんなら最適。
演奏中はめちゃめちゃノリノリで動き回ってね。
「聞こえないじゃん」
聞こえたら意味ないじゃん。
「聞こえちゃ意味ないって、どんな楽団なんだ」
とにかく犬笛がいなきゃ始まらないんだよ。
いつかメンバーの誰かがストレス溜めちゃって「もうこんな恥ずかしい楽器できない!」なんて辞めようとするとするじゃん?
そしたら俺はこう怒鳴るよ。
恥ずかしいだと!?
バカヤロウ!
本当に恥ずかしいのは、まっこいさんだぞ!
「なんだその役割! だいたい犬笛ってどこで売ってんの?」
ペットショップ。
「ああそう」
みんなヤマハとかで買ってんのに、まっこいさんだけペットショップ。
そうそう。
友達が言ってたんだけど、犬笛ってスゲー高いらしいよ?
「え、そうなの? いくら?」
700円。
「だったら買うわ」
犬笛、決定しちゃいました。