夢見町の史
Let’s どんまい!
January 18
will【概要&目次】
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<そこはもう街ではなく・4>
見慣れた住宅街も、人の気配がまるでなくなってしまっただけで随分と印象を変えるものだと、大地は感嘆するかのように小さく白い息を吐いた。
足並みはやや早歩きで、涼も同じ歩調で歩みを進めている。
次に向かうは、和也の自宅だ。
「和也のやつ、いるかなあ」
涼に聞こえるよう、大地は風の音にかき消されぬように声を通す。
「そういえば涼」
「ん?」
「昨日、まだ街が普通の様子だったときさ、和也の奴、なんで佐竹先輩と飲んでたんだろうな?」
「う~ん、いや、わかんねえ」
「涼も大変だったよな。佐竹先輩、お前にも絡み出してさ」
「いや、それほど大変じゃなかったよ」
他愛のない雑談をしていても、大地の緊張はまだ解けていない。
小夜子の家から逃げ出してからというもの、呼吸はもう整っていたが、あの怪物のように巨大なロボットが追ってくるのではないかと想像すると、少しでも早く女友達の家から遠ざかりたかった。
先ほどの小夜子はやはり小夜子ではなく全くの別人なのだと大地は確信をしている。
友人の家に上がり込んだ際、靴を履いたままにしておいたという大地の判断は実に的確だった。
小夜子と同じ姿をした者と戦うことになったときも、靴は床との摩擦を大いに生じさせてくれ、滑って転倒するなどの事故を未然に防いでいたし、何よりも逃げ出す際、もし裸足だったら今頃は足元を寒風に晒し、移動を困難にさせていたことだろう。
小夜子の取っていた構えは本格的なもので、大地はどの程度手を緩めるか、それとも全力で攻撃をするかで内心困惑をしていた。
相手を思いやる余りに顔面への攻撃を控えるなどしていたら、下手をすればこちらが殺されかねない。
それほどまでに、小夜子の偽者が発する殺気は冷たいながらも意思の強さを表していた。
小夜子そっくりの女は武器を落とし、素手になっているとはいうものの、まるで油断ができない。
大地は人を殺傷することを意識し、腰を沈めて体勢を整える。
戦いの場である小夜子宅の居間にはテーブルやソファがあって動き回るには邪魔だったが、筋力はおそらく大地のほうが上だろう。
戦法は力ずくで問題がなさそうだ。
小夜子は庭へと通ずるガラス戸を背にして、冷静な目で大地を見つめ、攻撃体勢を取っている。
じり。
と、大地がわずかに間合いを詰めた。
するとあろうことか、小夜子はあっさりと構えを解き、まるで大地に庭を見せるかのように横にスッと動く。
瞬間、大地は信じられない物体を目にした。
ガラス戸が大きな音と共に破れ、巨大な鎧のような腕が大地に向かって迫ってきた。
偽者の彼女は、この腕をよけるために道を開けたのだろう。
その腕は日光を白く反射させながら、大地の胴体を握ろうと5本の指全てを大きく開きながら、こちらに向かって伸びてきた。
瞬時に背後に下がっていなかったら、間違いなく大地は掴まってしまっていたことだろう。
もしかすればそのまま締め付けられ、握り殺されていたかも知れない。
それほどまでに鉄の腕は大きい。
こんな手に電子レンジを持たせれば、まるで煙草の箱のように扱うだろう。
さっきまで大地がいた空間を、巨椀が掴む。
その際に発生した風圧からしても、かなりの馬力と「生かす気はない」ことを感じさせる。
腕は居間を滅茶苦茶にかき回し、大地のことを探り始めた。
ガラス戸はもはや完全に砕けており、窓枠の形も歪んでしまっている。
自動販売機の下に潜り込んでしまった小銭を探すかのように、腕の主が身をかがめて肩から居間へと侵入してきそうだ。
白いその巨体はどう見てもアニメなどに登場しそうな人型のロボットだったが、実際に目にするとこの機械は正義の味方などではなく、ただの兵器であると実感できる。
直立すれば電柱よりも高そうだ。
「涼!」
大地は迷わず玄関に続く廊下に体を向かわせる。
「逃げるぞ! 走れ!」
追って来られぬよう、なるべく細い路地を選び駆け回ったが、結局は背後から重量感のある足音が迫ってくるようなことはなかった。
「どうする? 大地」
「小夜子の家にはもう2度と近寄らん。和也ン家に行こうぜ」
その場から最も近い友人の家が和也の自宅だったことが目的地とした最大の理由だが、大地には他の思惑もあった。
彼がもしこの街から消えていなければ、学生時代に数々の不良を喧嘩で倒してきた和也の戦闘能力はかなりの期待ができる。
他の住人と同じく姿を消していたとしても、和也の家にある軽トラックを涼に運転してもらえる。
車のキーが見つからなかったとしても、和也の父親が所有している様々な工具だけはどうしても欲しいところだ。
大地は今、自分が持つ武器がいつ折れても不思議ではない木刀であることが不安で、もっと頼りになる武装をしたい心境だった。
今後、まだまだ未知の敵から襲われかねない。
まずは工具を手にし、それを用いて百貨店のシャッターを開けて武器や便利な雑貨を拝借する予定を、大地は頭の中に描いていた。
しかし、和也の家に着くと、大地は自分なりに考えていた段取りが狂ってしまったことを認めた。
「和也の奴も、やっぱりいないかあ」
「それどころじゃないぞ、涼」
「ん?」
「和也の車も、親父さんの工具もなくなってる」
<万能の銀は1つだけ・4>に続く。